第三章

Episode1

「だから、絶対に誘拐なんですって!」

 インビジブルに女性の声が響いた。

「なぜ誘拐だと思うんですか?」

 買い出し中の桜、赤夜に代わり緋翠が一人で対応していた。

 どうやら“表の依頼”のようだ。

「その子の元彼が誘拐したに決まってる!消えたその子の名前、有里って言うんだけど、有里が別れ話を出してからストーカーまがいなことしてたんですよ!?急にいなくなるなんて誘拐されたしか思えませんっ!」

「だからって、誘拐とは限らないんじゃ……」

「調査してくれないんですか!?お願いですから、調査に付き合ってくださいって!」

「いや……僕だけの一存じゃ……」

「付き合ってくれないと困るんですっ!」

 買い出しから帰宅した桜と赤夜は、女性に詰め寄られる緋翠をじっと見ていた。

「派手な告白ならほかでやってくれないかな?」

「社長、違いますって!依頼だそうなんですが、彼女曰く“友人が誘拐された”って」

 緋翠がそう言うと、赤夜は彼と共に裏口へと向かった。

「依頼は表なのか?」

「一応は表かと。ですが、急にいなくなって連絡もつかないって言うんです。それが客観的なものなら裏なんでしょうけど、主観的な感情が入っているようなので表とも……」

 彼らが話している間、室内では買い出しの材料を冷蔵庫に入れている桜をじっと見ている女性。

「なんでじっと見るんです?」

 その視線に気づいた桜は、彼女に声をかけた。

「え?」

「じっと見ているでしょう?どうしてです?」

「見られてるの分かってたの?」

「ええ。視線をずっと感じてましたから。何か用ですか?」

 彼女は立ち上がり、桜に歩み寄る。

「イケメン……って言われません?」

「言われないですよ」

「こんなかっこいいのに!?」

「それも言われたことはないです」

「彼女は?」

「いませんよ」

「好きな人は?」

「それもいません」

「付き合いたいって思わないの?」

「思いません」

 その時、裏口の扉が開き緋翠と赤夜が戻ってきた。それに驚いたのか、彼女は驚き桜の腕に触れる。

「……っ!」

 静電気に触れたように痛んだ……。思わず体が彼女を避ける。

「桜、どうかした?」

「痛みが来た気が……」

 二人は何も感じていない。ということは、本当にただの静電気なのか……?

「いや、俺の勘違いかもしれません」

 もしこれが“裏”の依頼なら、二人にも何かは感じるはず。自分だけにしか感じていないのなら……と桜は考えた。

 そんな彼の様子を横目に、赤夜は自らの名を女性に名乗った。

 依頼を受けることにしたようだ。

「お話をお聞かせ願いますか?とりあえず、こちらにお座りになっていただいて……何かお飲み物をご用意させていただきますね」

 緋翠は冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出すと、人数分をグラスに注ぐ。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 女性が口をつけたのを確認し、それぞれもグラスに手を伸ばした。

「申し遅れました。私は、当探偵社インビジブルの赤夜と申します。こちらは緋翠、こちらは月詠です。本日のご依頼についてなのですが……、お名前とご年齢、職業、依頼内容を教えて頂いても構わないですか?」

 いつものように、彼が進めていく。

 女性はつぐんでいた口をそっと開いた―――。

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