幕間

消えた記憶

「いいか、桜……。何を見ても、何を聞いても、何を感じても、何も言うな」

 記憶の中の父はそう言った。

「どうして……?」

「どうしてもだ。絶対だ。約束してくれるな?」

 父は有無を言わせない顔でそう話す。

 まだ幼い桜は、うなずくしかなかった。

「何で言っちゃいけないんだろう……」

 桜はそれが不思議でならなかった。


 ある日、学校から帰ると両親の様子がおかしいことに気が付いた。

「お父さん……?どうしたの?お母さんも……僕、何かした?」

 桜はそう尋ねる。だが、両親は自分の顔を見ることなく口を開いた。

「桜、父さんとの約束を守れなかったのか?」

 父はそう言うと、鋭い眼光を彼に向ける。一瞬、体を怯ませる桜。

「ごめんなさい……でも僕、どうしても助けてあげたくて……」

「自分のその力で誰かを助けることなんてできるのか?本当にそう思ってるのか?」

「え……でも、お礼言ってもらえるし……助かったって喜んでくれるよ」

「その力はね、化け物の力なのよ。あなたのおばあちゃんもあった。なんでこんな化け物の力が私の子に……」

 母は崩れ落ちる。

「お母さん……ごめんなさい……でも僕……」

 母は耳を塞ぎ、息子の声に耳を傾けようとしない。

「僕……部屋に行ってるね……」

 父は母の肩を抱き、背をさする。

 部屋に戻った桜は深いため息をついた。

「僕は怪我することを教えただけなのに……なんで……」

 今日の昼休み、友人に「今日ケガするよ。車にぶつかるかもしれないから気を付けて」と桜は言ってしまった。それを脅しだと取った友人は、担任に話し、保護者である両親に連絡が来たということだった。

「怪我したら可哀想だから話しただけなのに……」

 桜もまた、頭を抱えていた。



「本当にいいんですね……?この子の力は……」

「いいんです!何年も何年も悩んで……これが、この子のためになるんです!だから……早く消してください……」

 両親は桜を一人の霊能者の元へ連れてきていた。 

 目の前には巫女装束を身に纏う一人の女性。その傍らには同じく、かんなぎ姿の男性も控えている。

「もう少しだけ、お話させてくださいませんか?」

 女性はそう口を開いた。

「話してどうなるんです!?話したら息子のこの化け物の力は消さないとでも!?」

「ご依頼ですから、きちんと対応はさせていただきます。ですが、なぜ消したいのか理由を教えて頂きたいんです」

 彼女はそう言った。

「……いらないんですよ……こんな化け物の力なんて。私の母もありましたが、この力のせいで家族が壊れた。それを息子が持っているなんて……家族を壊されるんじゃないかって毎日びくびくして生活するの、もう疲れたんですよ……」

 母親がそう口にするのを、巫女も巫も悲し気に見つめる。

「話したんですから、ちゃんと消してください。この力も、ここへ連れてきた記憶もちゃんと。じゃないと、ここに来た意味も話した理由も、意味がありませんから」

 巫女は頷き、父親に抱かれる桜に歩み寄る。

「それでは始めさせていただきます……」

 彼女はそっと桜の額に手を当てる。  

 目を閉じ、彼の意識と繋がる。

「……っ!」

 桜の意識は強かった。彼の記憶を垣間見る巫女。家族の記憶は悲しいものばかりで、学校での生活が唯一の息抜きと言った感じだった。彼の感情に押しつぶされそうになるのを感じ、巫女は力を強める。

 だが、桜のその力は強大で巫女の力でさえ反発してしまっていた。何より驚いたのが、ことだ。

 寝ているとばかり思っていた少年は、寝たふりをしていた。 

 驚いてその手を額から離そうとしたとき「離さないで。消して、僕の力……」と彼が意識の中で語り掛けてきたのだ。

 「本当にいいの?この力はいずれ……」「いらない。お母さんに嫌われるくらいならこんなのいらないよ」と語り掛けてくる少年。

 巫女は、力を強め桜の能力を消していく。それと同時に彼の記憶でさえ操作した。

「ありがとう、おねえちゃん……」

 桜の意識は遠くなり、今度は本当に眠った。

「これで、この子の力は消えました。本人も……力を感じることはないでしょう……。ここに来たことの記憶も消してあります。ただし、一つだけ覚えておいてください。この子が持って生まれた力が強大なものなら、私たちがいくら消してもそれは、何かがきっかけとなり自然と復活してしまう……。今は完全に消えていますが……戻る可能性の方が大きいかと……」

 巫女は申し訳なさそうに伝える。

 それを聞いた両親は、眠る桜を抱きながらそっと彼に視線を落とした。

「戻らないように……私たちが見張っています……」

 母親はそう呟いた。


 それからは、桜の記憶も力も戻ることなく、を送っていた。

「お母さん聞いて!今日、サッカーしてね、僕ちゃんとゴールしたんだ!僕のチームに一点入ったんだよ!」

「凄いじゃない!桜はお父さんに似て運動神経良いもんね!」

 やっと親子の普通の会話が出来ることに、母は喜びを感じている。

 父はそれが気にかかりながらも、この生活を守るためにと気にしないようにしていた。

「桜、あとで父さんとサッカーするか!」

「ほんと!?やりたい!公園行こう!」

 今まで、何年も憧れた普通の生活を手に入れた家族。


 だが、たった一度の事故がきっかけで桜の力が戻ることに、まだ誰も気付いていなかった―――。

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