Episode5

「あの……連絡があったから来たのですが……狐憑きは祓えますか?」

 彼女、中橋美穂はそう言う。その隣では夫である中橋雅史まさふみが不安そうな表情で立っていた。息子の直人も不思議そうな顔で立っている。

「中橋さん、とりあえずこちらへ。ご主人もどうぞ。……碧、いい?」

 赤夜は二人をソファーに案内すると、緋翠に声を掛けた。

「直斗くん、こっちにおいで。僕と遊ぼう」

 緋翠は直斗を連れてリビングへと歩いていく。

「あ、あの息子を……」

「大丈夫です。でも、彼には聞かせたくない話だってある。だから、連れて行ってもらったんですよ。じゃあ、始めましょうか」

 赤夜はそう声を掛けると、自分の隣に桜を座らせ、口を開いた。

「今回の“狐憑き”ですが、原因は直斗くんがこけてしまった、にありました」

「じゃあ……やっぱりあの祠が……」

 中橋は肩を落とす。

「ええ。それが狐憑きの原因でした。あそこでこけてしまったことが、狐憑きとなり得る原因となったようです。ですが、あれの持ち主である狐……白狐と言うのですが、白狐は“怒っていない”と言ってました。どうやら許してくれるそうですよ」

「そうなんですか!?祠を壊したのは怒ってないんですね!?じゃあ、どうして息子は……」

「中橋さん、我々は依頼があれば一度お話を聞いて、必ず一度は捜査を行います。必要があれば現地調査も。その際には、どんなことが誰に起きているのか、思い当たることがあるのかどうかをお尋ねするんです。ですから、言い方はきつくなってしまうのですが……嘘偽りなく、正直にお話していただかないと困るんです。捜査には危険がつきものです。最悪の場合、こちらにふりかかることもあるんです。事前に知っていれば対処できることも、嘘をつかれては対処できかねます。中橋さん、直斗くんがこけた場所は“あぜ道”だと言いましたよね?そのあぜ道はどこのですか?」

 赤夜がそう尋ねる。

 美穂は唇を噛み、震える口をそっと開く。

「旅館裏の……あぜ道です……申し訳ありません……」

「なぜ嘘を……?」

「あれを壊したから、息子は呪われたんだと思ったんです。……調べたら、あれは祠で狐のものだって書いてありましたから……狐憑きに遭ったんだと思い込んでしまって……」

 美穂はそう説明した。

「みなさんは、嘘とかも分かってしまうんですか……?」

 恐る恐るそう尋ねる美穂。

「あなたが説明する話の中に、不審な点がいくつもあった。うちに来る依頼者の多くは、自分が霊障にあたっていることにすら気付かない人が多い。霊障を何とかしてほしいと依頼してくることもある。けれどあなたは、初めから狐憑きだと断言していた。そして、こけてからおかしくなったと原因も分かっていた。それだけではありません……あなたは、我々が祠のことなど一言も話していないのに、それを知っていた。あなたは全てを知っていて、我々に依頼してきたんです。嘘が分かったと言うよりも、あなたの言動に違和感を感じたから分かったという方が正しいです」

 桜がそう話した。

「私……気付かないうちにぼろぼろと出ていたんですね……。嘘なんて言わずに、初めから全部話せばよかった……本当に申し訳ありません……」

 美穂は涙ながらに話した。

 そんな彼女の背中を、雅史がさする。

「あの……祠が原因じゃないなら、息子のあの言動は……」

「中橋さん、直斗くんがこけたときに頭をぶつけたりしてませんか?白狐曰く、直斗くんは狐憑きじゃない。怪我しただけだと教えてくれたんです。思い当たる節はありませんか?」

 桜がそう尋ねると、二人は当時の出来事を思い出しているのか顔をしかめている。

「頭……ぶつけていたかもしれません……」

 雅史はそうこぼす。

「だったら早い方がいい。今すぐ病院に連れていくべきです」

「彼に起きているのは霊障ではない。外傷によるもののはず。桜の言う通り、今すぐ病院へ」

 赤夜はそう促した。

「そんな……狐憑きだとばかり……頭を怪我してるかもって思わなかった……どうしよう……」

 美穂は半ばパニックになる。

「知り合いがやっている病院があります。そこなら事情を話せばすぐ視てくれるはず。連絡しますから、連れて行ってあげてください」

 赤夜は席を立ち、電話を手に話し始めた。

 その数分後、「ここへ行ってください。事情は説明してありますから」と紙を手渡す。

 二人は息子を連れて、インビジブルを後にした。

「こういうパターンもあるんですね……」

「我々の裏の仕事は、本当に何が起こるか分からないからね。気は抜けないし、身の危険もあるし、大変な仕事だよね」

「そう言えば、美穂さんの嘘に最初に気づいていたのって緋翠さんですよね?ほら、社長と目を合わせて何か喋ってませんでした?」

 桜がそう言うと、「気付いてたの?」と緋翠。

「ええ。というか、見てましたから」

「君って本当に不思議な子だね」

 赤夜は桜の肩に手をぽんと置いた。



 その日の夜、インビジブルには中橋雅史から一本の連絡があった。 

 桜たちが指摘したように、直斗がこけた際に頭を打ち、脳内出血をしていたこと。それが、脳を圧迫し狐憑きのような症状が出ていたと。

 幸い、出血は既に止まっており簡単な手術で何とかなると説明を受けたことなど、全ての経過を教えてくれた。

「ありがとうございました……」

 雅史は、震える声で彼らに礼を言った。

「我々が直斗くんの怪我に気づけたのは、白狐のおかげです。ある意味……狐憑きだったのかもしれませんね」

 赤夜はそう返した。

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