Episode4
「緋翠さん、嘘が分かったって言うのは……」
「あ……まだ話してなかったっけ?」
緋翠は少し困ったように笑った。
まただ……彼は時々、困ったように笑う。桜は「話したくないのなら話さなくて大丈夫です」と声を掛けるが、緋翠は「ううん。話すよ。その方が何かと安心だしね」と口を開く。
「昔から人の考えが分かるってことは話したよね?念じられたら分かるとも話したはず。この力は体質的なものもあるけど、どうやら生まれつきあったみたいなんだ。だから、相手が何を考えているかは意識して相手を視れば分かってしまうし、強い念なら、それも感じてしまう。中橋さんが話しているとき、彼女の話の中に“嘘”があるのが分かった。彼女は“旅館裏のあぜ道”で息子がこけたと言った。けれど、ここを見てみなよ」
緋翠はそう言った。
「なるほど……」
彼が言いたいことが分かったのか、桜は辺りを見回すと頷いた。
「この近くにあぜ道はない。“旅館裏のあぜ道”を見つけるには、ここまで来るしかないってことですね。そして、白狐が言ったように、直斗くんはここでこけてしまった。そしてその祠を壊してしまった。そう言うことですね」
桜がそう言うと、緋翠は頷き「桜くんの言う通りだよ。ただ、それが分かったからと言って解決にはならないんだよね」と腕を組む。
「物事には必ず決まりがある。事故や事件、霊障だって例外じゃない。誰に起きたのか、何が起きているのか、なぜそうなったのか、解決するにはどうすべきなのかを考える必要がある。今の段階だと、直斗くんに“狐憑きという霊障が起きた”しか判明していない。なぜ、起きてしまったのか……祠を壊してしまっただけでそうなるとは私は到底思えないが……」
赤夜がそう言うと、「それに関しては俺が聞いてきました」と黙っていた桜が口を開く。
「俺の中にいた白狐が言ってたんです。“祠を壊したから我が怒ったとあの家族は思っているようだが、そうではないのだ”って。“狐憑きだなんて失敬な”と怒ってはいましたけど」
「白狐と話していたのか?」
「話したというか、意識の中に潜り込んできたんで分かったというか。どっちにしろ、白狐は壊されたことを怒っていたんではないんですよ」
彼は続けた。
「直斗くんと話をすることってできます?白狐は彼を気にかけている様子でしたから、きっと何かあると思うんです」
桜にそう言われ、「よし。一度、現状の報告もかねて中橋さん親子に来てもらおうか」と返した。
*
インビジブルに帰るまでの数時間、車内で桜は眠っていた。
相当な体力を消耗したのか、後部座席をフラット状態にさせると、いつの間にか眠っていたのだ。
「桜の力は……怖いな」
赤夜のその言葉を皮切りに、緋翠もまた「ええ」と口にした。
「桜くんのこの力は、僕や社長とは比べ物になりません。ましてや体に稲荷神を取り込むなんて並大抵じゃないですよ。彼は……あの力の使いようによっては神みたいな存在ですけど、一歩間違えると……」
「悪魔になる……だよな。出来るだけ目を離さないようにしておこう。この力を使う桜に何が起こるか分からない。彼自身が、あの力によって身を滅ぼさないように私たちが傍にいなくては……。それでなくても三貴神の力はとてつもなく強いからね……」
バックミラー越しに、後部座席で眠る桜を見る赤夜。
緋翠は「そう言えば、白狐が言っていた桜くんと社長の不思議な縁って……昔の例の件ですか?」と尋ねた。
赤夜は「そうだ」と答える。
「桜は覚えていないようだがな……」
彼は笑った。
「桜くんと社長って、昔に会っていたんですよね?それが今はこうして働いている。世界は案外狭いものですね……」
「こうして会うのは偶然なんかじゃなく、必然だったってことだけだよ。縁があれば、誰とでも会うことが出来る」
彼らはインビジブルへと急いだ。
*
「桜、起きられそうか?」
赤夜がそう声を掛ける。
「え……ここ、事務所……すみません!俺、めっちゃ寝てましたね……」
「仕方ないさ。命を落としかけたんだ。それに、神を降ろせば強力な力を持ってしても体力は相当削られる。それよりも、今の体調はどうだ?」
「特に変わりはありません」
赤夜は、ほっと胸をなでおろした。
「桜、中橋さん一家が来られる。一緒に対応出来そうか?」
赤夜にそう言われ、彼はしばらく考えた後「もちろんです」と返事した。
「なら、今すぐ用意してくるんだ。とりあえず顔を洗って着替えておいで。これ、渡しておくから」
赤夜はそう言うと、何やら箱を手渡した。
「これは……?」
「スーツだよ。君にも渡しておかないとって思って、作ってきたんだ。合うと良いんだけど」
なぜスーツなのかと不思議に思ったが、渡されたものは着るしかない。
桜は洗面室に向かい、言われたように顔を洗った。
「……怖いくらいにぴったりなんだけど……しかも三つ揃えって……」
赤夜から手渡されたスーツは三つ揃えのもの。桜に似合う、ライトグレーで揃えられていた。
「何か、妙にしっくりくるんだけど……」
ジャケットの裾を正してみたり、背後を気にしたりと鏡を見ている桜。
「桜くん、用意できた?」
洗面室のドアがノックされ、静かに開く。
入ってきたのは緋翠だった。
「緋翠さんもスーツなんですか?」
「うちは、きちんとした場ではスーツなんだよ。急いでいる場合は仕方ないけど、時間に余裕があるときはいつもこうなんだ。……似合ってるね、その色。さすが社長の見立ては凄いよ」
「でも、磯田の時はスーツなんて着ませんでしたよ……?」
「あれは、緊急だったから。磯田の時は、まだ調査中だった。でも社長からの連絡で慌てて合流したからね。着ている時間的余裕なんてなかったでしょ?」
彼にそう言われ、納得した桜。
「緋翠さんはダークグリーンですか?」
「そう!これ気に入ってる色なんだよ!僕らしい色で落ち着いた感じのが欲しいって言ったら、これを揃えてくれたんだ。ちなみに社長はブラウンなんだよ」
緋翠はまるで子供のようにそう言った。
「じゃあ、行こうか。社長が待ってるよ」
彼に連れられ、リビングへと急ぐ。
「桜、良く似合ってる。やっぱりその色にして正解だったね。はい、これ付けておきな」
「カフスボタン……?」
「碧にはエメラルド、私にはルビー、桜にはインカローズ。それぞれに合う宝石を入れたものだ。まあ、願掛けみたいなものだから」
彼は桜の両腕につけてやると、「おまじないしてるからね」とまるで子供に言うように、両肩に手を置いた。
「さあ、そろそろ来るよ」
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