Episode3
「社長~、なんで車なんですか……。どうせなら新幹線で行きたかったですよ~」
後部座席に乗る緋翠は、窓の外を見ながらそう
「あのね、私たちは調査で来てるんだよ。それに、新幹線で現地に行ったとして、もし何かあったら私たちはどう対処する?周りの目がある中で、どう動く?自分たちの車なら、何かあっても乗っているのは我々だけだ。誰に気兼ねすることなく……ね?」
赤夜が言うのも分かる。
自分たちは世間からは冷ややかな目で見られてきた存在だ。霊能力なんて馬鹿げた力を持っている我々は、なるべく人の目があるところではそれは使えない。もし、誰かに見られてしまったら……さらに生きづらくなる。
「緋翠さん、旅館に着いたら遊びません?」
「え、何して遊ぶ!?UNO?トランプ?カルタ?」
「なんでカード系なんですか……」
「僕、その三つしか持ってきてないからさ~」
あるんだ……。持ってきたんだ……。桜は顔をひきつらせた。
「もうすぐ和歌山に入るよ。二人とも、気を引き締めてね。ここから先、どうなってるか分かんないよ」
赤夜のその声には、ただならぬ緊張感が漂っていた。
和歌山に入ってすぐ、空気が変わった。
「今の気付きました?」
「うん……変わったね」
「ああ、確かに変わったな……なんかあったのかもしれない」
彼らが乗る車は進んでいく。
進むにつれ、体にかかる重さが増していく。桜は今にも押しつぶされそうな感覚を身に感じていた。
「あの……体がすっごい重いんです……これってなんですか……?」
「この地に張られる結界……かな。でも、それも破られてる。何かが起きたんだ……」
緋翠はそう説明した。
その瞬間、桜は体を押さえ顔を
「桜くん!?」
「無理です……体中が重いし、痛いし……なんか……」
桜は意識を失くした―――。
「桜くん!?ちょ……桜くん!社長っ!」
「声を掛け続けろ!とりあえず安全なところに車を停める!」
緋翠は声を掛け続ける。だが、反応はなかった。
「桜!分かるか!?桜!」
赤夜の声にすら反応しない。
「……視てみるか」
赤夜は桜の額に手を当て、そっと目を閉じた。
「……“潜”」
そう口にすると、彼は桜の意識下に潜り込んだ。
そこから数分後、赤夜は額に汗を滲ませ、肩で息をしながら戻った。
「社長!桜くんは……」
「狐だ……。桜はこの地の狐に取り込まれた……連れてくるべきじゃなかった。桜はやっぱり、私たちよりもうんと力が強い。まさか、狐に反応するとは……彼を取り込んだ狐は一体どこに……」
赤夜は車から降りて周りを見渡した。だが、“狐”の姿はどこにもなかった。
「社長?」
「探すか……狐を……」
「え……?」
「中橋さんが見せてくれた写真を覚えてるかい?あの旅館の、桜が指さしたところに
何かがあるはずだ」
桜を後部座席に移動させた二人は、車を運転し【紀州温泉旅館・みやび】へと急いだ。
日が沈み、町は夜の景色を見せる。
「我々には好都合だね」
「ええ。夜は視えやすいですから」
「ですが、この旅館近くにあぜ道なんてないですよね……」
「確かにないね……。でも中橋さんは確かにあぜ道だと言っていた。だとすると……我々の勘が当たっているかもしれないね。確認してみようか」
車から降り、桜を車内に残してロックを掛け、二人は懐中電灯すら持たず旅館の裏手へと向かう。
「この旅館は一〇〇年続く老舗らしいね。色々憑いていてもおかしくはなさそうだ」
「いいヤツはいますけど、悪いヤツは感じませんよ?」
「我々は狐を感じることは出来るのだろうか……」
「言われてみれば……」
緋翠が旅館の裏手に足を踏み入れた瞬間、体をこわばらせ、自らの両腕をつかんだ。
「……社長、ここに強力な結界が……でも……」
「うん、破られてるね。この辺りに何か手掛かりになりそうなものは……」
赤夜は地面すれすれまで顔を近づけ、痕跡を探す。しかし、特に異変などは見られなかった。
「社長、この辺りの狐ってあの稲荷神ですよね?」
「うん。そうだけど……それがどうかした?」
「
緋翠は両手で石の塊を持ち上げ、それを赤夜に見せた。
「その特徴ある石は祠の欠片……。そしてあぜ道……なるほど。まさか、それが原因で?」
彼が手に持つ石の塊、それは旅館の裏手に佇んでいたであろう祠の欠片だった。
なぜ壊れたのか……頭を悩ませる。
「桜に聞けたらな……」
赤夜がそう呟いた。
「社長……今なんて……」
「いや、桜に聞けたらって言ったんだ。それが……」
自分の目の前に立つ緋翠が、前へ指を指し、震えている。
「碧?どう……」
「し……社長……うい……浮いてますっ!桜が……あれ……」
彼の手は、赤夜の目線を超え、やがて天を指した。
それにつられて指の先を見る。赤夜までもが言葉を失った。
暗闇に浮かぶ、狐火。そして、体を浮かせる桜の姿がそこにあった。
「狐火……まさか本当に狐が……」
〈我が姿が視えているのだな。お前たちは何者だ?〉
狐火から声が聞こえたかと思えば、それは白い狐へと姿を変えた。
「なるほど……狐火の正体は、稲荷神の変化。そなたは間違いなく稲荷神だな?」
〈そうだとしたら?〉
「桜を……その青年をどうしたんだ?」
〈青年はこちら側にいるだけだ。青年は、ただの人間ではないな。異能使いでもない。この青年は……ツクヨミか?〉
〈この青年は不思議な匂いがする。懐かしいような、知っているような匂いだ……〉
「桜を元に戻してくれないか」
赤夜は交渉した。だが、白狐は首を振る。
〈青年は我が手にあり〉
「なに……?なぜ、返してもらえないのか。なぜ、元に戻してはもらえないのか……教えてくれ」
〈相手に物を頼むような言い方でないのが気にくわないが……ここは我が引こう。何せ我らは、全国に二万の社をもつ稲荷神だからな〉
白狐はそう言うと、桜をそっと地面に立たせた。
〈この青年は力が強い。壊れた結界から出る“
「“禍”?それは……」
〈これだから人間は……。一般的に、人間の言葉を借りるなら“喜ばしくない事柄”や“災難”といえよう。だが、我らの言葉で言うならばそれは……“災い”“死”“悪霊”を意味する。いいか人間、この青年を生かしておるのは我だぞ〉
白狐は小さな手を招き、桜に近づけと合図する。言われるがままに桜の胸に手を当てた赤夜。その目は見開かれ、手を震わせながら引いた。
「……鼓動が……ない」
〈だから言ったであろう。青年を生かすには我が力が必要だと〉
白狐は桜の額に息を吹きかけた。
〈そなたとこの青年は、不思議な縁があるようだな……。まあ、良い。たまには人間に手を貸してやろう。今はきっと“狐の手も借りたい”だろうから〉
白狐は消えた。
その瞬間、「ぷはっ……!はぁはぁ……」と桜が息をする。
「桜!」
「桜くん!」
緋翠が駆け寄り、倒れる寸前の彼の体を支えた。
「俺……」
「狐さんが助けてくれたんだよ」
「稲荷神……ですよね?ここに祠は……」
桜は辺りを見回す。その目は薄い金色に光っていた。
「ツクヨミの力……」
緋翠はそう呟く。
「あ、祠はあそこだったんだ……ちょうど、俺が狐を視たのと同じ場所ですよ」
ふらつく体を何とか動かし、彼は祠の場所へと歩く。
その体をそっと支えた赤夜は、「祠がどうかしたのかい?」と尋ねた。
「最近起こってるこの辺りの地震。あれって、この祠が壊れたことが原因だと白狐が言ってました。それに、直斗くんのことも教えてくれたんです」
「直斗くん……?中橋直人くんだね?彼のことっていうのは?」
「直斗くん、こけたのはあぜ道だと母親が言ってましたが、それは違うと白狐が」
桜がそう言う。
「それに関しては僕も同意だよ。彼女は嘘をついていた」
緋翠が言う。
「知ってたんですか?」
「いや、嘘が分かっただけさ。彼女は嘘をついた、それはどうしてか……。おそらく、直斗くんがこけた際に祠を壊してしまったから。だから、息子がおかしくなったのは祟られたことによる狐憑きだと、そう思い込んだんだ」
緋翠はそう説明した。
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