Episode2

 狐憑き、それは迷信だとされている現象の一つ。

 狐の霊が人に取り憑いて異常な状態を引き起こすことを指す。

「中橋さん、失礼ですが……中橋さんは狐憑きとはどのようなものか、ご存じですか?」

 赤夜は尋ねた。

「ええ、調べましたから。狐が人に憑依して、自分が狐になったような言動をするんですよね?落とすには松葉いぶしや油揚げをお供えするといいってネットに……。もしかして違うんですか?やっぱりネットだから信憑性しんぴょうせいに欠けますよね……」

「いえ、あながち間違いではありません。ただ、狐に憑かれると言っても悪いことばかりではないんですよ。狐憑き自体は平安時代から見られている現象の一つですし、呪術を用いて狐落としも行われてきました。ただ、憑き物だと思われていたものが実際は病気だったこともあるんです」

「……病気……?」

「ええ。脳の病気の可能性も否めないんです。なので、なぜ息子さんが狐憑きに遭ったと思われたのか、教えて頂きたいんです。どんなことでも構いません。気になることや気付いたこと、話すべきか悩んでいることも全部教えて頂きたいんです」

 彼にそう言われた中橋は、「……分かりました……でも、バカにしたりとか……しないですよね?」と彼らを不安そうに見つめる。

「我々は、世の中ではおかしいと、そんなものなどないと言われているものを生業としていますから。バカになど、絶対にしません。安心してください」

 赤夜のその一言で安心したのか、彼女はを話し始めた。

「ちょうど先週、和歌山県に家族旅行に行ったんです。朝から遊んで、旅館で夕食を食べて、夜に旅館周りを散歩していたら、息子が……直斗なおとがこけてしまって……。そこからなんですっ!あの子がおかしくなったのはっ!」

「旅行へはご家族で?」

「はい、私と主人と直斗の三人で。ずっと行きたいって言っていた和歌山に……誕生日前だし、いい機会だよねって。でも、こんなことになるなら旅行なんて行かなかったらよかった……」

「中橋さん、息子さん……直斗君がこけたのはどこだったか覚えてらっしゃいますか?例えば、砂浜とか、崖とか、アバウトで構わないですから」

「どこって……」

 中橋はしばらく考えると、何かを思い出したのか、突然はっとした。

「あぜ道……こけたのはあぜ道でした!でも、そこがなにか……」

 赤夜は隣に座る緋翠に目を向ける。彼は、静かにうなずいた。が二人の間にはあった。

「中橋さん、非常に失礼かもしれないのですが……お泊りになった旅館を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

「え……旅館ですか?」

「はい。現地調査に行きたいと思いまして。差し支えなければ……で構わないのですが」

「息子を元に戻してくださるのなら何でも!えっと……私たちが泊まった旅館はここでした」

 彼女はそう言うと、スマホを取り出し、一枚の写真を赤夜ら三人に見せた。

 スマホに保存されている家族写真。楽しそうな家族写真のバックには、年季のある木製看板に【紀州温泉旅館・みやび】と書かれている。

「素敵なところに泊まられたんですね。それに、とても楽しそうだ……」

 その写真を見つめる桜。それに気づいた緋翠が声を掛けた。

「桜くん?何か気になることでも?」

「あ、いや……狐がこっちを見てるから……」

 彼がそう言うと、再び写真に視線を移す赤夜と緋翠。そんな彼らにつられて、中橋もまた覗き込んだ。

「狐はいないけど……桜くんには視えるんだね?」

「え、いない!?いやだってここに……」

 桜が指さしたところには、何も写っていない。

「こっち見てるけど……」

 自分にしか視えていないは、確かにカメラを見ている。

「中橋さん、我々がここに行って現地調査をおこなってきます。そして、本当に狐の仕業なら、それ相応の対応をさせていただきますので、それでよろしいでしょうか?」

 赤夜がそう尋ねると、彼女は少しほっとしたのか「よろしくお願いします!」と頭を下げた。

 息子を想う母の気持ちが溢れ、やがて念となり、緋翠に刺さる。

「う……」

 その異変にいち早く気付いた赤夜は「では、また連絡をさせていただきます」と彼女を帰らせた。



「碧、大丈夫か?」

 中橋が帰ったあと、緋翠はソファーに倒れこむように横になっていた。

「彼女の気持ちが強すぎて……あそこまで強いの久しぶりだった……」

「そうか。少し休んだら荷造りしようか。さっそく和歌山に向かうよ」

 二人に声を掛けた赤夜は自室へと向かい、荷造りを始めた。

「緋翠さん、大丈夫ですか……?俺、まだよく分かってないんですけど……それも緋翠さんの力なんですか?」

 桜は恐る恐るながら話す。

「これは……力もあるけど、どっちかと言うと体質的なものかもしれないな~。小さいときからだから、不思議に思うことはなかったけど。これが、自分にしかないものだって知ったときは驚いたよ。みんなあると思ってたから。僕にしかないものだから、周りはあんなに疎んでたんだって納得したよ」

 彼は自虐手に笑った。

 聞いてはいけないことを聞いたのかもしれない。

 思い出したくないことを思い出させてしまったのかもしれない。

「すみません……俺……」

「”俺、聞いてはいけないことを聞いてしまって。傷つけたなら謝ります“って?いいよ。これくらいで傷ついたりしない。僕だって大人なんだから、何とも思わないよ。それより、早く荷造りしなきゃね。社長のことだからもう終わっちゃうよ」

 今まさに、桜が口にしようとしたその言葉。それを、緋翠はさらっと口にした。

 もしかしたら……考えが読めるのかも。もしそうなら……と、彼は“緋翠さん、振り返ってくれませんか?”と強く念じた。

「僕で遊ばないでよ~。僕はね、念じられたら分かっちゃう力なの。あ、楽しいこと、嬉しいこと、あと……エロいことなら考えていいけど、暗くなったり悲しくなるようなことはあまり僕の近くで考えないでね。移っちゃうから」 

 彼はそう言って笑った。

 やはり、彼は人の思考を感じ取ることが出来るのだ。

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