第二章

Episode1

「どこに隠してるか分かる?」

 緋翠がそう言うと、部屋を見渡す桜。

「ええ、これは簡単ですよ」

 そう言うと、迷いなく戸棚へと歩いていく。

 彼は引き出しをさっとみると、「ここですね」と開けた。

「これが緋翠さんの失くしもの、ですよね?」

 そう言って見せたそれは、“失”と書かれたスポンジだった。

「やっぱり、こんなのでも見つけられるのか……」

「そりゃ、緋翠さんが正確に教えてくれたからですよ。黄色いスポンジで、形は丸い、中央に“失”って書いてる。そこまで教えてくれたら、探す手間もかかりません」

 失せもの探しから、桜が持つ力のコントロールを行うことにした三人。

 だが、コントロールするどころか隠しているものを簡単に見つけてしまう桜。訓練にすらならなかった。

「君のその探す力、何とかならないの?」

「何とかなるなら苦労しませんって。言われたものが置かれた場所、光って見えるんですから仕方ないでしょ……」

「光るってことは、それもツクヨミか~。月って一番厄介なんだよ~」

 緋翠はぶつぶつと文句を垂れていた。

「それより、次の失せものは?」

「靴下、色は黄色、模様はストライプ」

 緋翠が言ったそれを、桜は反芻する。

 部屋を見渡し、「あ……」とリビングに置かれたテレビ裏に向かう。

〈……です。震源地は和歌山県南部、最大震度四を観測しています。繰り返します……〉

 テレビは先ほど起きた地震情報を流していた。桜はそれを気にする素振りを見せず、テレビを軽く傾ける。

「黄色、ストライプの靴下。見つけちゃいました」

 靴下を手に、いたずらに笑う桜。

「もうっ!失せもの探し終わり!それにしても、最近あの辺りで地震が増えたね……。先週だって震度四の地震が起きたのに……」

 緋翠はやや強引に話を逸らし、テレビの前に突っ立った。

「もしかして拗ねた……?話逸らされた……」

 インビジブルには、今日も平和な時間が流れている―――。



 ちょうど昼食を摂り終え、休憩していた桜、緋翠、赤夜の三人。

 そこへ一本の電話が鳴り響いた。

「はい、探偵事務所インビジブル、赤夜と申します。はい……」

 電話を受けながらメモを執る赤夜。彼の両隣にそれぞれ桜と緋翠が立っていた。

 数分後、電話を切った赤夜は「今から依頼人が来る」と一言だけ告げる。

「それってどっちですか?」

「まだ分からないね……表だろうとは思うけど、会って初めて裏だと分かる。今回はそのパターンのようだ」

 表なら、探偵業としての依頼。裏なら、霊を扱うことになる。

「とりあえずは、依頼人が来てからだ。桜は、依頼人がここへ来た時の手順をまだ知らないね?」

「はい……」

「手順を教えておくから、きちんと覚えて、対処できるようにしておきなさい」

 赤夜はそう言うと、桜をソファーに座らせた。

「いつも我々が出入りするあの扉、桜が初めて触ったとき、何か感じたよね?」

「ええ、静電気みたいなものが……」

「そう。それが術を掛けてある証拠なんだ。力がある者は、ドアノブに触れたときに手に違和感を感じる程度だ。君のように痛みとして感じるのは……相当、力が強い者か……霊障にあたっている者かのどっちかなんだ。ちなみに、霊障かどうかは、あのドアノブに触れたら分かる」

 赤夜は説明を続けた。

「霊障に中っている人間が、あれに触れると、術が反応して部屋の電気が点滅するんだ。人間に憑いているモノが電気系統に反応して、この電気が点滅する。だから、電気をよく確認することが大切だ。それと、桜……もし、今から来る依頼人が“裏”だったら、場合によっては君を関わらせるのは控えようと思ってる。そこは分かってほしいんだ」

 彼がそう言うと、桜は「どうしてですか……俺が、普通の……」と言葉を詰まらせる。

「そうじゃない。ただ、この間のように君に負担が掛かってしまうことが気がかりなだけだよ」

 赤夜がそう言うが、「俺は大丈夫ですから、普通に参加させてくださいよ。俺だって、この力と生きていかなければならないんですから。コントロールする訓練にもなりますし」と譲らなかった。

「……そうか。分かった。ただ、最終的な判断は私が下すからね。それだけは覚えておいてほしい」

 彼はそこまで話すと、「そろそろ依頼人が来る頃だ。桜、あの階段に防犯カメラら取り付けてある。モニターはここだ。覚えておくようにね」と防犯カメラと繋がっているモニターの位置を教えた。

 ちょうど、階段を上り始めた女性がいる。

 モニターをしっかり確認し、ドアノブに触れる瞬間を見逃さないように三人はそれに釘付けになっていた。

 女性が手を伸ばす。

 ドアノブを掴んだ瞬間、リビングの電気がちかちかと、点滅した。

「あの依頼人は霊障でここに来る。今のがそれだ。いいね?覚悟するんだよ」

 赤夜はその扉が開くのを待った。

「……あ、あの……ここがその……」

「初めまして。ええ、ここが探偵事務所インビジブルです」

「あ、初めまして……あ、あの電話した……中橋です」

「お待ちしておりました。さっそくで申し訳ないですが、依頼内容をお聴きしてもよろしいでしょうか」

 赤夜に促され、女性はソファーに座った。

 すかさず、緋翠は飲み物を手に戻ってくる。それを合図に、三人は女性の目の前にあるソファーへと腰かけた。

「依頼書の作成も同時に行わせていただきますので、詳細が必要になってきます。お聴きしてもよろしいですか?」

「……はい」

「ご協力感謝いたします。では、まず……お名前とご年齢、ご職業をお聴きしても?」

中橋美穂なかはしみほです。年齢は三十三歳で専業主婦です」

 女性あらため、中橋は言った。

「専業主婦ということは、ご結婚は……」

「してます。子どもが、七歳の息子がいます。今日はその……息子のことで依頼に……そう言うのを調べたら、ここが出てきて……」

「分かりました。では、依頼内容をお聴きします。息子さんに関する依頼と言うことですが、その内容を教えてくれますか?」

 中橋は口を結んだあと、静かに話始めた。

「息子が……狐憑きにあったようなんです……」

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