Episode5

「あ、おはようございます!」

 エプロンを身に着け、キッチンに立つ桜。

「朝食の担当、僕だったのにごめんね」

「いえ!料理は好きなんで。それより、ですか……?」

「うん。社長から新たに送られてきてね、資料を集めてるけど……なかなかね」

 緋翠はそう言いながら、まだ眠気の残る頭を振った。

「もし良かったら、俺に事件の詳細とか教えてくれません?何か気づくことがあるかもしれないし」

 桜がそう言うと、彼は不思議そうに聞き返す。

「あれ……桜くんはこの事件の詳細知らないっけ……?」

「あ、はい。その事件って俺が来る前のですよね?だから、その事件の調査をしているのは知ってるんですけど、どういうのかは……」

「そっか!桜くんって、インビジブルうちに来てまだ一週間程だっけ。なんか……随分一緒にいる感じしてるんだけど」

 彼はそう言うと、事件の資料を手に再びリビングへ戻ってきた。

「朝食食べながらで申し訳ないけど、助けてくれる?」

 緋翠は食パンを手に、資料をめくり始めた。

「依頼者は、磯田祐輔いそだゆうすけさん、三十二歳の男性ね。仕事帰りに誰かにつけられてる気配を感じて、振り返ったけど誰もいないっていうのが七日間続いたらしい。ある日、残業して遅くなったとき、自宅に戻ったら冷蔵庫やら食器棚やらが開いているのを発見。家の中をくまなく探したけど人や動物はいなくて警察に相談。でも、事件性はなくて指紋も本人以外なかった」

「ストーカーですか?」

「ううん。これね……霊障なんだ」

 桜は目を丸くさせる。

「こういうのも霊障になるんですか?」

「もちろん。霊絡みっていうのは既に確認済みなんだ。社長と二人で彼の自宅に伺って

「霊絡みってことは、幽霊がいるってこと……ですよね」

「それが、いなかったんだよ。いたら祓えば何とかなったかもしれない。でも、いないから……祓うことも出来ずに現状維持で、今も霊障が続いてるんだ。だから、社長が彼の自宅に出張として滞在してるんだよ。……難しい問題さ……」

「扉が開いたりとか、そういうのってポルターガイストじゃないんですか?」

 桜は不思議に思っていたことを口にする。

「確かにその可能性もあるかもしれない。でも、が反応したってことは霊で間違いないんだよね……」 

 緋翠はそう言うと自らの腹部に手を当てた。

 ……一体どういう意味だ。そこに何が……。

 そう思った矢先、「そのままの意味だよ」と返される。

「え……?」

「僕はね、霊が存在していればすぐに分かるんだ。ここが反応するから……。だから、ここにいる。インビジブルにいる僕や社長、もちろん君も、普通の……今の世界からすれば異質な存在なんだよ」

 緋翠は時々、寂しそうな、悲しげな顔を見せる。今もそうだ。眉は下がり、目は心做しか虚ろだ。

「緋翠さん……その……」

 桜が言葉に詰まっていると、緋翠は小首を傾げ口を開いた。

「ここにはね、があるんだ。僕らが異質な存在であるという証拠が……」

 彼は静かに立つと、そっとシャツを捲り、左下腹部を露わにする。

「あ……」

 そこにあったのは確かにだった。

 それは、子どもの手のひらほどの大きさの痣。

「これって……」

「気持ち悪い見た目してるでしょ……これがあるから、僕は学校のプールも修学旅行のお風呂も、友達との夏の遊びも……何もしてこなかった。これがあるってバレたとき……仲間は離れていったよ……。こんな異質なの……気持ち悪いもんね。離れたくもなる……」

 彼は自嘲気味に言うと、シャツを戻し、席に座った。

「あ、あの……そう言うのって、社長にもあるんですか……?もしかして俺にも……」

「社長はね、足の裏にある。これと似たようなのが、左足にね。桜くんは……見えるところにないってことは、隠れてるところか……そもそもシルシがないのか、だけど……。今まで気づいてないんなら、元々ないのかもね」

 そう言われ、なんだか複雑な気持ちになってしまう桜。

「桜くん、事件の話に戻ろっか。ごめんね、急に変なもの見せちゃって」

 緋翠は資料を彼に見せる。

「磯田さんの自宅に存在してるのは霊で間違いない。だから、何とかしないといけないんだけど、霊が視えないからどうすることも出来ない。何が原因で霊障に悩まされているのか、祓うにはどうすべきなのか……。なんか、思いつくこととかない?」

 懇願の目で桜を見つめる緋翠。

 桜はずっと資料を見ていた。

「部屋の写真とかって撮ってありますよね?」

「……どうして?」

「いや、なんとなくそう思って……ごめんなさい、変なこと……」

「撮ってるよ。各部屋を色々なアングルで撮った写真、五十枚」

 緋翠は自室に戻り、ファイルを持ってきた。

「これがリビング兼キッチン。こっちが寝室、こっちがトイレで、ここが洗面室兼浴室と脱衣所……で、こっちが……」

 桜は一枚の写真に釘付けだった。

「これ……」

「それは玄関の。それがどうかした?」

 桜はお札の貼られた玄関の写真を手に、緋翠に頼む。

「ここに連れて行ってくれませんか?」

 彼は緋翠に頼んだ。

「だったら、社長の許可がいる。出張は全部、社長が管理してるんだ。連絡、してみるね」

 緋翠はスマホを手に、社長に電話した。

 すると、電話の向こうから何やら悲鳴が聞こえてきた。

「社長っ!?どうかしたんですか!?」

『私じゃないっ!磯田さんの声だ!この現象、彼の……』

 電話は切れた。

「何が……」

「行きましょう!助けないと!」

 桜は事務所を飛び出した。

「ったく!一人で行っても住所なんか知らないのに!何か起きても覚えてなきゃ対処もできないのに!あの子、猪突猛進だな……もうっ!」

 愚痴をこぼしながら、緋翠もまた彼の後を追うように事務所を飛び出した。

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