Episode3
「インビジブル……?」
「ええ。意味は……」
「不可視、気付かれない、目では見えないもの、人の手には……届かないくらいの深い場所……」
桜の目の前に立つその男性は、軽く拍手をした。
「さすが、頭がいいね。その通りだよ、そう言う意味だ。そうすれば、表向きにも裏にも通ずるものがあるからね。普通の探偵時には“依頼対象者に気付かれない”ように行動する。そして、裏である“目では見えない、人の手には届かないもの”を対象とした仕事……。ね?ぴったりだと思わないかい?」
彼はそう言った。
「月詠桜くん、申し遅れました。
彼はそう自らを名乗った。
「あの……赤夜さん……いや、社長さん……」
「君が呼びやすい方でいいから」
「社長さん、俺のこと……教えてくれませんか?さっき、翡翠さんが……話そうとしていたこと。あれ、全部。そうじゃないと俺……ここにはいられないです。何も知らないのに、何の役にも立てません……だから……」
赤夜は「みんな名前で呼んでくれない……呼びにくいんだ……」と消えそうな声で落ち込んだ。
「あ、あの……」
「それを知ったら君は、自分の運命だけじゃなくてご両親をも恨んでしまうかもしれないよ?それでもいいの?」
「……どちらにしても、もう……両親はいませんから。社長、お願いします……教えてください」
桜は頭を下げる。
緋翠は、部屋に入らずに立ち止まり、二人の様子を
「……分かった。私としては不本意だが……本人がそう言うのなら、伝える義務はある。碧、部屋に入っていないんだろう?だったらこっちに来なさい」
振り返ることをせず、赤夜はそう声を掛けた。
彼はそれに従うように、黙って二人の元へ歩いてきた。
「どこから話そうか……」
「……社長が知ってる俺のこと全部です。それの一番最初から話してください。全部聞く覚悟はありますから」
桜の目を見た赤夜は、優しく微笑みながらうなずいた。
そして、固く結んでいた唇を軽く舐めると、一呼吸を置いて話し始める―――。
*
「君に関することを全て話すのなら、少し長くなるけど“国生み”から話した方が分かりやすいかもしれないね」
「“国生み”って……?」
「この国の歴史はね、世界がまだ誕生していない、神ですら存在していなかったところから始まってるんだ。それが、日本神話。今の世界は“神が住む天界”“人間が住む地上”“死者が住む冥界”の三つに分かれているが、この時は何も存在せず混沌としていた。そして長い時間をかけ、天と地が分かれたときに一人の神が産まれた。それが、アメノミナカヌシノカミという最高神。そしてその後、タカミムスビノカミが産まれ、カムムスビノカミ、ウマシアシカビヒコヂノカミ、アメノトコタチノカミと言う神が誕生し、姿を隠した。この五人が“
赤夜は小難しい話を続けた。
桜の隣に住む碧は、すでに目を閉じている。
「あの……社長、その話と俺とどう関係が……」
「ちょっと長すぎるか。じゃあ、少し削って話すことにしようか。……そんなこんなで、イザナギとイザナミは契りを交わし、たくさんの島を生んだ。そうしてできたのが、今の日本列島だと言われている。それと同時に、神も産まれてね。でも、イザナミは死んでしまう。彼女を愛していたイザナギは黄泉の国へ向かうが、既に彼女はその世界の住人となっていた。醜い姿を愛する者に見られてしまったイザナミは彼を殺そうとするんだが、間一髪でイザナギは黄泉の国から脱出したんだ。そして、彼は黄泉の国から戻って禊を行った。服を脱ぐたびに神が産まれ、川に入って体を清めるたびに神が産まれ……。そしてここからが本題だ。イザナギが最後に左目を清めると、アマテラスオオミカミが産まれた。右目を清めるとツクヨミノミコトが。鼻を清めるとスサノオノミコトが産まれたんだよ。この三人が、強大な力を持つ神、三貴神だ」
彼がそこまで話すと、「さっき……緋翠さんが話そうとしたのって……」と口を開いた。
桜が何を言いたいのか悟った赤夜は言った。「そうだ。その三貴神の一人、ツクヨミの力を……君が受け継いでいるんだよ」と。
目を見開き、口までも閉じられないでいる桜。
「意味が……いったいどういう……」
「桜、君のその力はね、天から受け継いだ力なんだ。唯一無二なんだよ。探し物が光って見えるのも、この世のものではないソレが視えるのも、君の力が……ツクヨミから受け継いだものだからだ。彼は、夜を治める神だ。夜はね、この世のものではない者たちも歩くことが出来る。もちろん、昼にだって存在はしている。君のその目は……そう言う者たちを視ることが出来るんだ」
彼にそう言われるが、桜は納得がいかなかった。
「じゃあ、それと俺とどう関係が……俺はどうして家族に捨てられたんだ!?力のせいだってことだよな!?だったらこんな力……今すぐ消してくれよっ!」
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