子供の成長は早いよねって話

番外編 不知火という少女

いつも姉の姿を見て育ってきた

もう大学を卒業して家を出てしまった姉は結婚して、子どももできている

自分が生まれるには遅すぎた。甘えられる時期はもう、何年も前に終わってしまった



不知火しらぬい、どうかしたのか?」



とある家の前で座っていると、家主が声をかけてくれた

この男性はいつも、『私』を気にかけてくれる

お姉さん…楓さんも、よく遊んでくれてた

でもこの男の人は、楓さんの…お父さん。私から見たら相当おじさんだ



夜斗よるとさん…。親と喧嘩して…」


「またか。いつまで経ってもガキのままだな」



髪をワシャワシャしてくるのは、昔からの癖だ…って言ってた

この人のお嫁さん…弥生さんも、昔よくやられた…って



「何を喧嘩したんだ?」


「…帰宅が遅い、って」


「門限か。そういえば、楓に門限つけた記憶がないな。大抵6時には帰ってきたし」



家に上げてくれて、ホットミルクを私の前においた夜斗さんは、目の前の席に座った

今私が座ってるこの椅子は、楓さんが座ってたところ

そんなところ、奪えるわけがない。お母さんのお友達の娘さんの席に、私なんかが…



「門限破ったって、何してたんだ?」


「文化祭の打ち上げ…。クラスのみんなで焼肉食べに行こうって話になって、金曜日の夜から朝にかけて…」


「そら心配するわな。あの人ももう歳だ、いざというときに不知火を助けられるかはわからんぞ」


「それは…」



まだ中学3年生の秋。高校は決まっていても、私は世界を知らなすぎる

夜斗さんやお母さん、楓さんが言うように

怖い男の人に襲われるかもしれない。それはわかってるけど



「ま、こんな話は今したところで理解半分だろうしな。親になればわかる。その頃には、俺は死んでるかもしれねぇけど」


「…夜斗さんまだ40でしょ。私の子どもと遊んでもらわなきゃ困るんだけど」


「うぐ…もう、48か…。時の流れは早いな…」



とか言いつつ衰えを感じさせないのがこの人だから、あえて気にしないでおく

少し前に、教え子が教育実習にきたって子供みたいに喜んでたし



「またきたのね、不知火」


美奈みな…」


「一応私の父なのだけれど」



クスッと笑う大人びた女の子が私に声をかけてきた

クラスメイトで、夜斗さんの娘…。それがこの美奈っていう頭脳明晰運動抜群な人気者

私とは真逆の、陽キャ



「…美奈にはわかんないよ」


「わからないわよ、話を聞かなきゃね。父様、書斎借りるわよ」


「好きに使え。寝室には入れるなよ」


「入れないわよ、あんなゴム部屋」


「どこで覚えたその言葉」



ゴム部屋ってなんだろ…

美奈に連れられて入ったのは、もっと小さいときにも入ったことがある書斎

昔は何書いてあるかわかんなかったけど、今は読めるけど専門書ばかりでよくわかんない



「座りなさい。聞いてあげるわ」


「…実は、ね」



全部話した。門限のことも、喧嘩したことも全部

美奈は呆れたようにため息をつく



「反抗期なのね。私にはまだ来ないのかしら」


「…こないんじゃない?ファザコンだしマザコンだから」


「言い方に悪意あるわね…でも実際そうよ。シスコンでもあるわ!」


「そんな自信持たれても…。それに、私からしたらシスコンは意味わかんない。歳離れてるから、何考えてるかもわかんないのに」


「バカねぇ…それが面白いのよ。12も離れれば言葉のセンスも話題もズレるわ。けど、だからこそ面白いって感じることもあるのよ?」


「例えばなに?」


「そうねぇ…。例えば、当時の流行りの曲とかかしら。こんなのがあるわ」



空中に出てきた画面を操作して音楽を流す美奈

この曲は知らない…。この声、機械…?



「昔流行ったボーカロイドっていう、合成音声で作られた曲よ。今の合成音声は普通の人と変わらない喋りをするけど、当時は作る人次第で味が出たの。だから上手い人は人に近く、下手な人は抑揚のない機械音声なんて馬鹿にされてたらしいわ」


「…そうなんだ」


「こういうのを知れるのは、歳の離れた同性の兄弟がいる私達の特権ね」



達観してるませた小娘、なんて裏で言われるけどそれなりにちゃんと知識があって、伝えることができる

それができるから、美奈のことは好きになれなかった

今は友達として好きだけど…



「不知火はたしか、陽炎さんとあまり話さないのよね?」


「まあ…話すことないから。お母さんとも、週に何回かしか話さないよ」


「ふーん…。私は母様とは毎日話すわ。お姉ちゃんとは週に一回くらい?」


「…何が言いたいの?」


「話すたびに喧嘩しちゃうなら、とことん喧嘩してから父様に泣きつきなさいよ。女は度胸よ」


「…胸ないくせに(小声)」


「な・に・か・言ったかしら?」


「ごめんなさい」



だって事実だもん

楓さんは抱きつくと反発あるのに、美奈は明らかに痛いもん

私ですらうつ伏せで寝ると苦しいのに…



「全く…。わかったら謝って議論してきたらどうかしら。あの人そういうの好きでしょ?」


「負けるけどね…」


「負けから学びなさい。そしたら成長できるわよ」


「胸は成長しないけど(小声)」


「聞こえてるわよ!!」



ちょっと気分がスッキリした

だから、今日はもうおしまい。お母さんと仲直りして、ハンバーグを食べたいから






私は日記を閉じて笑った

あの頃はまだ幼かったなぁ



「不知火。もう始まるらしいわよ」


「あれ?あっ!?もうこんな時間!?」


「走ったら転ぶわよ〜。私より先に結婚ってどういうことなのよ」


「相手いるじゃん、美奈にも」


「貴女の旦那さんの弟ね。ま、これで私と貴女は義理の姉妹。それも貴女が姉よ」


「そうだね」



私は今、ウエディングドレスを着ている

旦那になる人は、夜斗さんの後輩のお孫さん

私のほうが1つだけ歳が下で、美奈の旦那さんは美奈のほうが1つ上



「不知火、ここにいたんだね」


透流とおる、わざわざここにきてくれたの?」


「まぁそうなるね。男の側は暇なんだよ、着付けらしい着付けもないし」



旦那…透流が、肩をすくめながら言う

「お邪魔かしら」なんて笑いながら美奈が部屋から出ていった



「どうかしたの?」


「…ううん、なんでもない。考え事…かな?」


「何を考えてたのか気になるね」


「うーん…。まぁいっか。反抗期だった頃、お母さんはどんな気持ちだったんだろうって。私も、子どもができたら経験することになるだろうけど」


「ああ…。君のお母さんは、30後半で君を産んだというし、相当堪えたんじゃない?なにせ、50過ぎての反抗期だから」


「うぅ…ストレート過ぎて涙が…出ないや」


「出ないんだ…。けどまぁ、今日はその晴れ姿を見せる日だよ。見せれば、過去のことなんて水に流してくれるさ」



手を差し出す透流

その手を取った瞬間、さらに向こうから声が聞こえた



「あのちっこい小娘が結婚と聞いてきてみれば、サマになってるな。透流もなかなかイケメンに育った」


「え、あ…夜斗さん!?」


「ご無沙汰してます、夜斗さん」


「おっす。飛行機で10時間は老体に堪えるぜ」



そんなことを言いながら相変わらず老いを感じさせない

ずっと、時間が止まったように若い見た目をしている



(そういえば、美奈と弥生さんと夜斗さんが並ぶと兄弟に間違われてたような…)


「バージンロードを支えるのは何故か俺の役目だ。漣は泣くのに徹したいらしいからな」


「あ、ありがとう…ございます」


「透流よ。不知火泣かせたら覚悟しておけよ?どこからでも飛んで探し出してやる」


「勿論です。最も、夜斗さんはパスポートを捨てるべきだと思いますが」


「はっはっは、生意気なガキだ」



パスポートを捨てるべきだ…

捨てたら、海外に住む夜斗さんは日本に来れなくなる

つまり、泣かせることはあり得ないと言ってる…のかな



「透流も行け。黎奈れいなが軽く怒ってたぞ」


「流石にあの人の鉄拳は洒落にならない…。行ってきます」


「おう」



黎奈は透流のお母さん。つまり私の義理の母

けど年はそんなに離れてなくて、今は37歳

私が20歳だから、どれだけ早く透流を産んだのかがわかる



「よし不知火」


「はい?」


「少しは昔言ったことがわかったか?」


「親になれば、ってあれのこと?」


「ああ。まだ親じゃないから微妙か」


「まぁそれは…。でも、少しだけわかったかも」


「ならいいな。さて、漣を泣かしに行くぞ」


「その覚悟の仕方は嫌かな…」



私は夜斗さんに連れられて、赤い道を歩く

両サイドでは家族や友人が拍手で迎える中既に涙ぐんでいるお母さんとお姉ちゃんに小さく手を振った

そして先で待つ夫が…透流が待つところで、夜斗さんが離れていく

よく見たら夜斗さんも若干泣いてない?










結婚式から15年。私は、反抗期を迎えた息子に振り回されてた

そして母のありがたみを知って、想いを知って母に電話をかけた

そして思い出話をして、15歳になった私の息子と話して満足げなお母さんにようやく、何年も待たせてたこの言葉を言えたの



――――今までありがとう。これからもよろしくね

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あの日桜の木の下で君は さむがりなひと @mukyo

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