後日譚 陽炎
テレビには、記者会見を受ける母親が映っている
紫電病と低出力症を改善する機械の制作に成功した、30代の天才博士として
その機械は首につけることで機能し、脳から体に流れる生体電気信号パルスの電圧を変えるというもの
(お母さん…ついに、できたんだね)
そのテレビを見ているのは、陽炎だ
目の端に細く紫色の雷が迸るが、首輪はつけていない
(…絶縁体質で、体内の電気は強い私。力も強くて、感情が高ぶると少しだけ放電しちゃうけど…)
ただいま、と声が響いた
陽炎18歳の誕生日を祝うため、早めに帰ってきた母が、ケーキ片手に玄関に立っている
「おかえり、お母さん!さすがだね」
「ん?ああ、その会見見てたんだね。我ながらすごいことをしたと思うよ。悔やまれるのは、お父さんが生きてるうちに作れなかった事…かな」
明後日は父・村雨の命日だ
陽炎は当時幼かったとは言え、泣く母と叔母のことは覚えている
棺桶で眠る村雨の頬を撫で、あまりの冷たさに自分も泣いてしまったことも記憶に残っていた
「もう5年…だもんね」
「そうだね…。さて、ここで君に選択肢だ」
かつての口調に戻った漣が陽炎に二本の指を突きつける
「私は、君に隠してることがある。それを聞くか聞かないか。聞いたら、君は父や母を拒否するかもしれない」
「…聞く。聞きたい。お父さんが、どんな人だったのかも知りたいもん」
「なら、教えよう。君の血縁的な親は私じゃない。本当の親はお父さん…村雨君の初恋の人だよ」
「…昔の恋敵ってこと?」
「そうなんだけどストレートだね…。私は彼女から代理母を頼まれた。そして引き受けて妊娠した直後、彼女は亡くなった。それからは村雨君と私で君を育てて、村雨君は幸せなまま亡くなったんだよ」
多分ね、と続けて漣は部屋の奥から本を出してきた
それを陽炎に渡して微笑む
「これは、私が書いた最初で最後の小説。村雨君の恋とその後を、ノンフィクションで書いたものだよ。読んでみるといい。感想は後で聞くよ、その間に夕飯を作ってるから」
「う、うん」
自室に戻っていく陽炎の背を見てため息をつく
18歳になり、法的には成人となった
それでもまだ幼さも見える。それに、紫電病に似た力を抑え込めない
(おそらく病気ではなく意図した異能に昇華した…と考えるべきだろうね。ただ、遺伝したというのが理解できない。あれは生まれつきとはいえ遺伝した事例が陽炎しかない)
野菜を切りながら鍋を用意して炒める
水を張り、煮詰めながら考え事を続けた
(もう、お母さんと呼ばれないかもしれない。でも二十歳までは育てると約束したからね、無理にでも叶えるしかない。辛いものだね、家族が離れるというのは。慣れないよ)
カレーが完成する頃、部屋から出てきた陽炎が漣に駆け寄った
「どうだった?」
「うーん…お父さんってたらしなの?」
「どちらかといえば私が寝取った側だけどね。許可降りてるけど」
「じゃあ、頑固なお父さんをおとしたお母さんがすごいんだね」
「かもしれないね。…あれ?まだ私をお母さんって呼んでくれるんだ?」
「当然でしょ」
陽炎が黒いセーラー服のままくるっと回り、漣に本の背表紙を突きつけた
その本のタイトルは―――
「私のお母さんは2人だから!」
「…全く、誰に似たのかわからないね」
―――『あの日桜の木の下で君は』
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