第21話

『もう聞こえてるの?』


『ああ。問題ない』


『ありがと。えーと、これを聞いてるってことは私が死んだあと、漣さんの子どもが本当は私達の子供だって知ってるってことだよね』 



録音機から流れ出したのは葵の声だ

機械を使えない葵の代わりに夜斗が操作しているらしい



『先に謝るね。勝手にこんなことしてごめんなさい。子どもにも、悪い子としたかなってあとになって思ったの。でも後悔はしてないよ。ちゃんと、むーくんと私の絆を遺せたから』


「葵…。まさか」


『これは、私が漣さんに頼んだの。私たちの子どもを、代わりに産んでほしいって。私の保険金で養育費を賄うから、二十歳までは育ててほしいって。今何歳かな?もしむーくんが余命一年とかで聞いてるなら、7歳?』


『ああすまん、あの腕輪は寿命が伸びるんだが、実は元々の余命を足し忘れてな。本当は13年だ』


『あっそうなの?じゃあ今12歳くらいかな』



この訂正は受けているため気にしない

が、村雨の手は握られている

久しぶりに聞く声に、流れそうな涙を押し留めているのだ



『こんな私を許してくれるなら、1つだけ漣さんのお願いを聞いてあげてほしいの。何を言われるかわからないけど、何でも聞いてあげてね』


「願いは?」


「後で言うよ。今は聞いた方がいい」



漣に一蹴されて録音機に傾聴する



『これを録音してるのは、監獄に入る一日前。つまり、妊娠の翌日なの。だからもしかしたら、あの部屋で言ってるかもしれないけど…私はむーくんのことだけが好きで、忘れられなくて、結婚することを子どもの頃から夢見てた。叶えてくれてありがとね』


「願いは、等しい…か」



村雨の独り言を拾うことはしない

漣も黙って聞いているだけだ。なにせ録音の場には漣もいたのだから、内容は覚えている



『本当に、ありがと。最後に最高の思い出を遺させてくれた。唯一の、夫だもん。私が死んでも、私はむーくんを…村雨を愛してます』


「……子どもが、本当に俺の子ってのも…驚いたけど、本当に葵の子でもあるんだな」


「続きがある。聞け」



夜斗に肩を叩かれてまた録音機に目を向けた



『ありがとうございます、夜斗さん』


『構わん。で、いつ渡すんだ?』


『それは…私たちのこどもが、自分の子だって知ったときに。渡してください』


『わかった。もし、漣が村雨との結婚を望んだらどうする?呪うか?』


『呪いません。子どもに戸籍上とはいえ父親がいないのは、悲しいから。これが渡されるときに生きてる親はむーくんだけだし、死ぬまで一緒にいてあげてほしい…っていうのは、わがままなのかな』


『さてな。あの日桜の木の下であんたがした覚悟が伝わってるかどうかだろ』


『…そう、だね…。結婚はしてあげてほしい、かな。私は、結ばれたから漣さんにもむーくん分けてあげなきゃ!』


『そうだな』


『ねぇ夜斗君。私の前でその話するの嫌がらせ?切っていい?その腕』


『悪か――』



再生が止まった

村雨がぎこちなく漣に目を向ける



「結婚しようよ、村雨君。私は法律上とはいえ、自分の娘に父親がいないなんて嫌。君の愛が葵に向くのは仕方ないけど、子どもに罪はないと思うよ」


「え…いや、あんたが好きな人と結婚するとき困るだろ…?」


「何度も言ってるよ。私は君が好きだって。この12年間…ううん、もっと長い期間。君だけを異性として認識してきた」


「マジだった…のか…?」



ふと横を見ると既に夜斗はいなくなっていた

まるで、やるべきことはやったと。肩の荷が下りたかのように、飄々立ち去る後ろ姿が見える



「だから…今日は、ただ私と覚悟を示す日。貴方が葵にやったことを、私がやるだけだよ」



漣が出したのは銀の指輪と婚姻届だ

自分の名前は記載してあり、ボールペンが添えてある



「答えはすぐにじゃなくていい。出して私に言わなくてもいい。でももし結婚してくれるなら、私は村雨君と…夫婦らしいこともしたいと思ってる」


「はか…漣」



かつての呼び名で呼びそうになり、すぐに訂正する

あの頃の自分とは違う。そう覚悟を決めているからこそ、あの頃の名前では呼ばない



「嫌なら出て行ってもいい。家は用意するけど時間かかるから、しばらくウィークリーマンションに住んでもらうことになるけど」


「俺は…」



言葉に詰まる

自分には葵という生涯を共にすると誓った存在がいる

当然死別で今は独身扱いだが、それでも他と結婚する気はない


――――なかったのだ



「…女に言わせておいて、嫌とは言えないな」


「え…?」


「そのプロポーズを受けよう。ま、葵には天国で土下座して許してもらうさ」



指輪を2本手に取り、漣の指に1つをつける

もう1つは自分の薬指に。サイズは合っていた



「結婚指輪が2つ、か。とんでもない浮気者だな」


「え…受けて、くれるの…?」


「ああ。葵がいいって言ったんだ。それに、葵は俺を受け入れた。俺もお前を受け入れるのが筋だろう」


「あ、その…夫婦らしいことは、村雨君の気が向いたときでいいからね…?葵に怒られるの嫌だし、愛なき行為はただの欲だから」


「自分で言ったんだ。覚悟はしておけよ。すぐには葵を忘れられないから無理だろうが、いつかはやってやるさ」



言い訳を考えるか、などと思いながら涙する漣を撫でる



「誇れよ。俺の意思を捻じ曲げたことを」


「うん…うん…!」



人によっては浮気だと罵るだろう

それでも、結ばれることを夢見た少女が、夢を叶えた事自体を苛虐できるものはいない

あるとすればそれはあくまで村雨の問題であり、これを浮気とするかどうかは葵の問題だ



「なぁ漣」


「な、なに…?」


「陽炎は、誰の娘だ?」


「…当然、私達3人の娘だよ」


「満点だ」



心からの笑顔を浮かべた村雨

そしてそれは、葵と死別してからは見られなくなった顔

漣がもっとも好きな顔だ

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