第2話

 突然現れた青い瞳をしたその男は一言も発することなく、ひどく冷たい感情の篭っていない目で、醜く太った男を見据え、静かに佇んでいた。髪の色から服装まで全身黒一色。月明りを背に立っているせいで陰になってよく見えない姿なのに、なぜか瞳の色だけははっきりと浮かび上がっていた。



 見据えられた男は何が起こったか分からないように、呆然と見返している。

 それはその男だけでなく、私も、さっきまで私を押さえている男も同じだった。

 その青い瞳にずっと見入っていた気がするが、実際にはほんの十数秒のことだった。

 すっと、青い瞳の男が音も無く一歩踏み出した。その動きにはっと我に返った領主が慌てて声を発した。

「だ、誰だ貴様はっ!?」

 その問いに、男は当たり前のように答えた。

「…盗賊だ」

「な、に……?」

 まだ混乱しているのか、男はあまりにも無意味な疑問を口にする。

 相手は盗賊だと答えたのだ。それが何を意味するかは決まっている。

 盗賊は略奪する。それを盗賊と名乗った男はわざわざ答えた。

「…お前の全てを奪いに来た」

 ゆっくりと、盗賊が歩き出す。

「……その青い瞳。黒く塗り潰したかの様な黒剣。まさか、貴様……」

 信じられないものを見るかのように目を見開く男。目の前にした盗賊の正体に気が付いたのか声が震えていく。

「――氷月鬼!?」

 今自分の置かれている状況が最悪だと理解した男は、悲鳴じみた声を上げて自分の手下に命じた。

「こっ、殺せっ!!」

 その声を聞いて私の近くに立っていた男と領主と一緒に入ってきた男の二人がすぐさま動く。手にはどこから取り出したのか剣が握られていた。

 男達は剣を構え盗賊へと向かっていった。その間は五メートルほど。ほんの一瞬で距離が埋まる。

 盗賊は動じることも無く、静かに向かってくる相手を見ていた。剣を振り上げられても全く動かない。

 剣が二人同時に盗賊へと振るわれた。次の瞬間、血が宙に舞う。

 どうなったのか分からなかった。

 何が起きたか一番分からなかったのは、きっと剣を振るったその男達自身であっただろう。手応えは無く、見た先には盗賊の姿も無く、自分の腕も無かった。次の瞬間には意識は途切れ、首が落ちていた。

 落ちた頭が転がり、血を噴き出した二つの死体がどさっと音を立てて続けざまに倒れる。

 剣が振るわれた時、盗賊が斬られたと思った。でも次の瞬間には立ち位置が逆になり、剣を振るった男達は倒れ、盗賊はいつの間にかその死体に背を向けて領主に向かっていた。

 倒れた死体へと目を向ける。人が、死んでいた。あまりにもあっけなく、簡単に二人の人間が殺された。

 ふと、丸い物体が目に付いた。それは人の顔。光映さぬその目が私を見ていた。その首から下に、体は無かった。

 うっ、と吐き気が込み上げてくる。喉が焼ける。口を押さえ、喉まで込み上げてきた胃液を吐き出さないようになんとか堪える。目が涙で滲む。一瞬でも気を抜けばすぐに耐えられなくなりそうだった。

 ゆっくりと青い瞳の男が残った領主へと向かっていく。

 その男は腰を抜かし、尻餅をついていた。必死に青い瞳の男から距離を取ろうとしているがあまり意味をなしていない。

「何故誰も来ない!? 誰かいないのか!? 誰かっ!?」

 必死に叫ぶ声に答えるものは無く、その声は広い屋敷の中に虚しく消えていった。

 逃げようとしているその動きは、本人は急いでいるつもりだとしても、あまりにも遅かった。部屋から這いずり出ようと扉に向かうと、目の前に人の足があった。見上げた先にはいつの間に回り込んだのか、青い瞳の男が感情の無い瞳で静かに男を見下ろしていた。

 男が「ひっ!」と声を上げてひっくり返った。

「た、助けてくれ! 金ならいくらでも渡す! 宝石も、女も! 何でもやる! そ、そうだ、この屋敷も――」

 脂汗と涙と鼻水を流し、無様に顔を歪め必死に懇願しならあとずさる男。その男にゆっくりと、本当にゆっくりと盗賊が近付いて行く。

「頼む! 命だけは助けてくれ! 殺さないで!」

 命乞いの続く中、盗賊が立ち止まった。一言も喋らず、何も語らず、ただ黒い剣がゆっくりと持ち上がっていく。

「やっ、やめっ――」

 もう声は聞こえなかった。

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