第3話 惹かれ合うもの
1本の電話で離れていた2人は再開を果たす
何もできずに過ぎた季節
全てを諦めて過ごした季節
共有することもなく共通するものもない時間は、同じものを育んだ
電話を受けた青年は病院へやってくる
日差しが暑い夏の始まりだった
エアコンが効いた待合室でのんびりしていると、青年の姿が視界に入る
「入院してるってどういうこと?」
詳細を話していないから、青年は疑問を投げかけてきた
連絡先を交換してからひと月が経った頃、彼女のことが分かったから来てほしいとだけ伝えた
「ついてきて」
そう言って、無言で病院の中を歩く
ドアの前に着き、青年を病室へと促す
「久しぶりだね」
そこには申し訳なさそうに微笑む彼女がいた
――――
「どうして何も言わなかったの?」
当然の疑問だ
怒りよりも疑問だけが頭を占領していた
あんなに仲が良くて、彼氏ができてからも親友だったのに
ある時から彼女とは連絡が取れなくなったから
「ごめんね。
病気だって分かったから。」
「だからって連絡くらいあってもいいじゃない!
あいつだってずっと気にかけてて、今でも会いたいって思ってるよ!」
「ごめんね…」
彼女は詳しいことを離さずに、謝るばかりだった
私にとってはやっとできた友だちで、いなくなるなんて考えたこともなかった
それまで友だちなんて1人もいなくて、夢のような時間を与えてくれた存在だった
あまりにも悲しそうな彼女を見ていると、私は何も言えなくなった
そしてお母さんが私を部屋の外へと連れて行った
「あの子はね、心臓が悪いの」
去年の秋頃、心臓に病気が見つかった
今でも筋肉も弱っている状態で、ドナーを探しているそうだ
奇跡が起きたとしても30までは生きられないらしい
「私が来なかったら、あの子は誰にも知られずにこれからを過ごすつもりだったんですか?」
「友だちには伝えてもいいんじゃない?って言ったんだけど、大切な人たちのこれからを縛りたくないって」
私たちはずっと自分の気持ちばかり考えていたのに、あの子は大切な人たちのこれからを心配していた
「これからは毎日お見舞いに来ます。
あの子には友だちがいるし、大切に想ってるのは私だけじゃないですから」
「ありがとう…」
お母さんは涙を流した
辛かったのだろう
全てを手放そうとする我が子の姿を見続けてきたのだから
「病気のこと聞いてきた」
病室に戻ると彼女と話をした
これからはお見舞いに来ること
急に別れを告げた彼氏にも報告すること
私は離れないこと
「久しぶり。
あの子のことが分かったから、昼から病院まで来てね」
1ヶ月の間たくさん話をして、2人が合える時間を作ることにした
今でも会うのが怖いみたいだけど、彼が会いたがってることを伝えると納得してくれた
――――
少しの間無言が続いた
「病気なの?」
彼からやっと出てきた言葉だった
何も知らないから当然だ
「心臓がね…悪いんだって」
彼女の声は少し震えていた
知られる怖さから、突き放した身勝手さから、思い続けてくれた嬉しさから
「別れようって言ったのは、病気が原因ってこと?」
「私ね、あまり長くは生きられないって。
だから、大切な人たちにはこれからの時間を楽しく過ごしてほしくて」
「だからって…!」
私と同じ感情なのだろう
彼女の気持ちを悟り、彼の言葉は途中で終わった
「これからは見舞いに来てあげなよ?
私もたまに来るけど、好きな人との時間は大切にしないとね」
まだぎこちない2人だけど、そのうち前見たいに話せるようになるだろう
私はできることをやればいい
あの子には彼が必要なんだから
そして月日が流れ、また寒い日がやってきた
2人は仲良くやっている
私は私にできることをやる
「ドナーってすぐには見つからないんだね」
病気とは無縁だった彼は、焦る時間が続いて不安が募っていた
「心臓は1個しかないからね。
順番もあるからすぐには難しいんだって」
人が生きるために必要不可欠な臓器
順番が前後しても、ドナーが見つかるということは誰かの命の終わりを意味している
今年の冬は雪が降った
私はしばらくお見舞いには行っていない
その代わりと言ってはなんだけど、彼女に朗報が入った
「ドナーが見つかりました。
年明けに手術すれば、経過次第では春には動けるようになりますよ」
2人は喜ぶ
その2人をお母さんは少し切なそうに見守っていた
そんな光景を病室の外で眺めていた私は、2人に会わずに病院を出た
――――
また年が明けた
手術は成功し、術後の経過も順調だった
この冬は長いこと雪が降り続けていた
「こんなに積もるのは珍しいね」
この町では雪は降っても積もることは何年もなかった
彼女の病気が治ったこの冬は、例年よりも寒い季節が続いた
そして一時退院が認められた春、病室に医師がやってくる
「ドナー提供者の希望で、ある程度回復したら伝えてほしいと言われていました」
2人はドナー提供者のことを知らされていなかった
嬉しさのあまり、そのことを考えもしていなかった
2人は医師の話に耳を傾ける中、母親はそっと目を伏せる
1枚の書類が差し出される
提供者の名前を2人は知っていた
――――
ある少女は生まれながらに身体が弱かった
それは成長していく中でも進行していった
それでも希望を失わず勉強を続け、20歳を迎える年に大学へと入学した
周りは年下ばかりで、当たり前のように友だちと笑い合っている
羨ましいと思っている中、1人の少女と出会った
初めての友だちができ、楽しい大学生活を送っていたある日
定期検査で異常が見つかった
先天的な病はほぼ問題ないまでに回復したのに、別の病気が判明した
それは大学4年の夏だった
少しずつ筋肉も弱っていき、将来的には介護が必要になる
そして運が悪ければ早くに命を落とす可能性もあることが分かった
生まれながらに持病があり、治してもなお病は彼女を襲った
しかし彼女はそれを喜んだ
幸い心臓は健康なままだ
自分に幸せな時間をくれら人が苦しんでいる
そして自分ならその人を助けられる
彼女は躊躇することなくドナーを申し出たのだ
――――
今年の冬も雪が降り続けた
いつかの冬のように積もっている
しばらく経てば温かい季節がやってくる
そんな中で女性は親友の言葉を思い出していた
『雪が溶けたらどうなると思う?』
そう問いかけた親友は今は私の胸で生きている
家に帰ると辛い日々を共にした男性がいた
笑顔がこぼれる部屋では、親友の写真が飾ってあった
過去の問いに対して、女性は『水になる』と答えた
女性の名前は
そして親友の名前は
『雪が溶けたら春になるんだよ』
そう笑った親友は、これからも春の風を運び続ける
愛の絆のように
忍冬~スイカズラ~ 綾女 @crimsonrose
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