逆襲の悪役令嬢物語3 〜矜持を守るためなら、鬼となりましょう〜

藍条森也

逆襲の悪役令嬢物語3

これは、一〇〇年に及ぶ逆襲の物語


一の扉


 怒りに燃える民衆の雄叫びが国中にこだまする。

 もはや『軍勢』と言っていい規模にまでふくれあがった暴徒たちが手にてに農作業用のすきくわ、伐採用の斧をもって王宮に押し寄せる。

 そのさなか、国王アルフレッド陛下はひとつの布告を発表した。

 「今回の一件はすべて我が息子、王太子アルフォンスの婚約者であるカーディナル公爵家の魔女、ラベルナの仕業である! 民衆よ、騙されるな。我らは共に被害者なのだ!」


二の扉


 こうしてわたし、カーディナル公爵家当主ラベルナは王宮の地下牢に幽閉された。わたしが薬物を使って王家の人間たちを操り、民衆を苦しめたとして。

 たしかに、我がカーディナル家は代々、薬物を取り扱い、王家の健康に留意してきた。そもそも、祖先は王宮付きの薬師であり、幾人もの王の生命を救ってきた。その功績によって貴族に任命されたのだ。

 その後も常に王家の側近くにあって薬物を取り扱い、その献身あって公爵家にまで登りつめた。いまではフィールナル王国でも屈指の大貴族だ。

 もちろん、薬物を扱う家系であるからにはその過程で数々の毒物の研究にもいそしんできた。毒物を知らなければ王家の方々が毒物を飲まされたとき、解毒することも出来ないからだ。

 カーディナル家にはそれこそ無数と言っていいほどの毒物に関する知の体系があり、そのなかにはたしかに、人の意思を奪い、操る薬も存在している。

 しかし、わたしは、いや、我がカーディナル家はそんな薬を使ったことはない。

 ――王家の健康を守る。

 その誇りのもと、人の役に立つ薬だけを使ってきたのだ。

 今回の件を招いたのは国王アルフレッドさまご自身。陛下の失政が原因なのだ。それなのに、そのすべての責任をわたしに押しつけ、民衆をなだめようとしている……。

 「……屈するものか」

 血がにじむほどに強く歯を食いしばり、わたしは呟く。

 「こんな理不尽な扱いを、わたしは断じて認めない。カーディナル家当主として我が家名の矜持は守り抜いてみせる」


三の扉


 「と言うわけでだ、ラベルナ」

 地下牢まではるばるわたしを訪ねてきた国王アルフレッド陛下、本来であれば間もなくわたしの義父となるはずだったお方は、そう切り出した。

 「民衆たちの前で自分の罪状を自白し、詫びてもらいたい」

 「わたしは何の罪も犯してはおりません。日々、王家の方々、あなた方の健康のために薬を処方してきたのです。そのわたしがなぜ、犯してもいない罪を自白してなくてはならないのです?」

 「おぬしが罪をかぶってくれれば我が王家は大助かりなのだ。幸い、民衆もおぬしの仕業と言うことで納得してくれたしの」

 「民衆が?」

 「うむ。カーディナル家が代々、溜め込んできた毒物に関する膨大な書類。それらを公開したら簡単に納得してくれたわ」

 ギリッ。

 わたしは音がするぐらい強く歯ぎしりした。

 我がカーディナル家が薬物を処方してきたのは王家の方々に対してだけではない。民衆一人ひとりにも乞われれば処方してきた。それなのに、国王のそんな戯言ざれごとを信じるなんて……。

 「もちろん、承知してくれるな、ラベルナよ。王家に仕え、王家を守ることこそ、カーディナル家の使命。そのために、平民出身のそなたの家系を公爵家にまで高めてやったのだ。おぬしを我が息子の婚約者にもしてやった。いまこそ、その恩に報いるとき。民衆の前に立ち、すべての罪を告白するのだ。そうすれば生命まではとらん。カーディナル家を取りつぶしの上、国外追放と言うことにする。そう説得してやった」

 そう説得してやった。

 あまりにも恩着せがましいその言い方に、わたしの頭のなかで怒りがはじけた。どうやら、この国王は本気でわたしに恩恵を与えたつもりでいるらしい。

 「どうだ? 悪い話ではありまい?」

 「お断りします。我がカーディナル家は代々、薬物を取り扱い、人の生命を救ってきた身。その誇りがございます。そのような茶番を受け入れ、家名を汚すわけにはいきません」

 「断ると? ならば、承知するまでこの牢に幽閉することになるぞ?」

 「ご随意に。ですが、覚悟なさいませ。わたしはわたしの誇りを、カーディナル家の矜持を守り抜きます。決して、そのような茶番劇に屈することはございません」


四の扉


 そして、わたしに対する苛烈な仕打ちははじまった。

 劣悪な環境、最低の食事、体に傷の残らない拷問……。

 ありとあらゆる責めがわたしに対して行われた。

 しかし、わたしはそのすべてに耐えた。

 耐え抜いた。

 屈するものか。

 屈するわけにはいかない。

 わたしには生命を賭して守らなければならないものがある。

 我が家名の矜持。

 それだけは守る。

 守ってみせる。

 必ずだ。

 「父上、母上、そして、あまたの生命を救うためにその生涯を捧げた我がカーディナル家の祖先たちよ。ラベルナに力をお与えください」


五の扉


 ……どれだけぶりだろう。

 国王アルフレッド陛下が再び、わたしの前に姿を現わした。

 陛下はすっかりやせ衰えたわたしの姿を見て溜め息をつかれた。

 「はああ。なんとも無残な姿だのう、ラベルナよ。かつての輝くような貴婦人であったそなたの面影はどこにもない」

 誰がそうしたと言うのか。

 どの口がそんなことを言うのか。

 「いまだに己の罪を自白する気にはならんのか? 自白さえすれば解放されるのだぞ? 追放とはなるが、その先での暮らしに不自由はさせん。こっそり、援助はしてやる。なのになぜ、そこまで拒む?」

 「カーディナル家の矜持。その一言にございます。わたしは必ず、カーディナル家の矜持を守り抜きます。どんな責め苦を与えても無駄と知ることです。亡き父上、母上、そして、人々の生命を救うべく尽力してきたカーディナル家の英霊たち。わたしの心は偉大なる祖先たちに守られております。その防壁を破り、わたしの心を折るなど無理なこと。わたしが屈することは決してございません」


六の扉


 それから、わたしに対する責め苦は激しさを増した。

 しかし、わたしの心を取り巻く防壁は決して破れることはない。

 「……わたしの心は、我が祖先たちという最強の防壁に守られている。決して、折れはしない」


七の扉


 三度、国王アルフレッド陛下がわたしの前に姿を現わした。

 いままでとは様子がちがう。何やら、諦めたような雰囲気が漂っていた。

 「おぬしの頑固さには負けた、ラベルナよ。たしかに、おぬしの言うとおり、おぬしの心を折るのは無理だ。そのことを認めよう」

 ――勝った!

 わたしの心は喜びに打ち震えた。しかし――。

 「そこでだ。奥の手を使うことにした」

 「奥の手?」

 兵士たちに連れられてやってきた少年を見て、わたしは叫んだ

 「ユーマ!」


八の扉


 それはわたしの歳の離れた弟。

 生来、病弱であったために王都を離れ、地方の領主のもとへと養子に出された、たったひとりの弟だった。

 「なぜ、ユーマがここに⁉」

 「奥の手と言ったであろう。おぬしがあくまでも拒むと言うなら残念ながら、この少年に死んでもらうことになる。どうだ? それでも、まだ自分の罪を告白する気にはなれんか?」

 ギリッ。

 わたしは歯を食いしばった。

 「……わかりました」

 そう言うしかなかった。

 たったひとりの弟の生命にはかえられない。

 「ですが、条件がございます」

 「条件だと?」


九の扉


 そして、わたしは追放された。

 遙か北の果て、カウロン領へと。しかし――。

 それは、国王アルフレッド陛下の言ったように、ありもしない罪を自白しての結果ではない。民衆の代表との会談の席上、隠しもっていた小刀で代表を傷つけた、その罪故にだ。

 それがわたしがアルフレッド陛下に出した条件。

 「なんだと? 自ら傷害の罪を負うと言うのか?」

 「さようでございます。カーディナル家当主として無実の罪を認めるわけには参りません。ですが、実際に人を傷つけ、その罪で追放されると言うのなら、しかも、傷つけた相手が、代々仕え、守ってきた王家の敵だと言うのなら、カーディナル家の面目は保てます。矜持を失うことになりません」

 「なるほど。そういうことか。つくづく頑固者よな。良かろう。余としてはおぬしが罪をかぶってくれさえすればそれでいい。おぬしがそのような所業に及んだとなれば、民衆もやはり、すべてはおぬしのせいなのだと納得するであろうからな」

 そして、陛下は高笑いと共にわたしの条件を承諾された。


一〇の扉


 事態は陛下の思惑通りとなった。

 わたしひとりを悪役にすることで王家は民衆と和睦わぼく、とりあえずの安定を手に入れた。

 そして、わたしはその代償として北の果てへと送られる。弟であるユーマとたったふたりで。

 「ラベルナさま……」

 わたしの無実を知るカーディナル家の使用人たちがせめてもの見送りにやってきていた。悲しみに暮れるその顔に向け、わたしはきっぱりと宣言した。

 「安心しなさい。カーディナル家は必ず戻ってきます。この王都の地に」

 そして、わたしは弟とふたり、北の地へと旅だった。

 ――そう。これは追放ではない。旅立ち。カーディナル家は必ず、この地に戻ってくる。


一一の扉


 北の果て、カウロン領にはその巨体と独特の一つ目の仮面から『一つ目巨人』と称される種族が住んでいた。

 この地に来てほどなく、わたしはある有力な族長の何人目かの妻となった。弟もまた、その族長の娘のひとりと結婚した。

 わたしはこの北の地でも薬師としての役割を果たしつづけた。人々の生命を救い、感謝と尊敬の念を集めた。

 北の地にカーディナル家の旗をはためかせたのだ。


一二の扉


 一方、フィールナル王国は混迷の度を増していった。

 ラベルナを生け贄の羊に差し出し、一時は和睦したとは言え所詮、そんな姑息な手を使うしか能のない無能王。失政を重ね、民衆の怒りの炎に油を注ぐ結果になった。

 そして、一〇〇年……。


終わりの扉


 フィールナル王国の王都をひとつの軍勢が攻め落とそうとしていた。

 一つ目の兜を着けた巨人の群れ。

 はためくはカーディナル家の旗。

 ラベルナの追放から一〇〇年。

 ラベルナのひ孫に当たる若き女王クイルナーンがついに、フィールナルの王都に戻ってきたのだ。皮肉なことにこの一〇〇年、混迷が納まることなく、荒れ果てていたフィールナル王国の民は厳格な統治をもたらす巨人族の侵攻を歓迎した。民衆はこれまでの王家を見限り、自分たちに秩序と安全をもたらしてくれる新たな王を受け入れたのだ。

 民衆が自ら開け放った門を通り、クイルナーンと、かのの率いる軍勢は王宮に攻め込んだ。

 「いまこそ、我が曾祖母そうそぼの無念を晴らすとき! 姑息こそくなるフィールナル王家のものども、必ずや根絶やしにせよ!」

 その叫びは忠実に実行された。

 フィールナル王家は滅び、王宮にはそれまでの王家の旗にかわってカーディナル家の旗がひるがえった。それを見た民衆たちは歓呼の声をあげた。

 クイルナーンはひとり、その旗を見上げ、万感の思いを込めて呟く。

 「……見て頂けましたか、ラベルナさま。カーディナル家はいまこそフィールナル王都に戻りました。あなたのご無念はいまこそ、晴れたのです」


 これは、一〇〇年に及ぶ逆襲の物語。


                   完

 


 

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