エピローグ 長内苺は子供らしい

 今日も蒼依たちは、図書室でいつも通りの静かな時間を過ごしていた。


 窓から差し込む夕日に当てられながら、二人並んで本を読む。何も変わらない、でも確かに変わった二人の関係は、まだ、他の誰も知り得ない二人だけの秘密だった。


「ねぇ、蒼依くん」


「んー?」


「あの時、お母さんが破った原稿って何が書いてあったの?」


 苺は本を読むのを辞めて、蒼依に尋ねた。


「あの原稿にも何か文章が書いてあったみたいだけど」


「ああ、あれね」


 小首を傾げる苺に向けて、蒼依は朗らかな笑みを返す。


「あれはラブレターみたいなものかな」


「ラブレター?」


 蒼依はうんと頷き、あの原稿のことを振り返った。

 あれはいわゆるダミー。千夏に言われて、咄嗟の思い付きで書いたものだった。


 苺の書いた原稿を守るため、という名目で用意したものではあったが、その内容は紛れもない本心。仮にも破られず読まれた際に、プラスに働くような内容にしていた。


 それが、ラブレター。

 ずっと胸の内に隠していた苺に対する想いを、これでもかと詰め込んだ愛の原稿である。


「苺ちゃんの良いところをたくさん盛り込んだんだ」


「もし読まれたらどうするつもりだったの⁉」


 包み隠さず訳を話せば、苺は顔を真っ赤に染めて席を立った。


「別に問題ないよ。読まれて困るようなことは何も書いてなかったし」


「困るよっ!」


 どうしてそんなにも慌てているのだろう。

 蒼依が首を傾げる中、苺はスンと肩を丸めて腰を下ろす。


「は、恥ずかしいじゃん……!」


「恥ずかしい? どうして?」


「ど、どうしてってそれは……」


 両思いなのだから、別に恥ずかしがる必要もないと蒼依は思う。


「早かれ遅かれ、いつかは伝えようと思ってたことだから」


「そうだけど! お母さんに知られるのは恥ずかしいよ!」


 ポカンとするしかない蒼依に、苺は大きなため息を溢した。


 あの時は破られてしまったが、仮に読まれていても何も問題はなかった。だって蒼依は苺のことが大好きだから。いつかは必ず、その想いを告白していただろう。


「もう……どうして蒼依くんは、そんなに大人らしいの?」


「苺ちゃんが子供らしいだけだと思うけど」


「苺は今、思春期真っ盛りなの!」


「それは僕もそうだよ」


 仲睦まじいやり取りを続ける二人は、やがてその視線を重ねお互いを見合った。


 少し前までは、こんな気兼ねない会話をできるほど、蒼依は苺を知らなかった。

 いや、正しくは知っていたけど覚えていなかった、というべきだろう。


 蒼依が思い出した彼女に関しての記憶は、まだほんの一部でしかないのかもしれない。そして、これからその全てを思い出せるわけじゃないのかもしれない。


 でも、それでいい。

 蒼依がそう思えるのは、すでに一番大切なことを思い出せているから。


「僕は、そんな子供らしい苺ちゃんが好き」


「苺も、そんな大人らしい蒼依くんが好き」


 見合っていた顔を綻ばせた二人は、改めて互いの気持ちを確かめ合う。


 それだけは、あの頃からずっと変わらない気持ち。十年経っても同じ、でも確かに変わった蒼依たちの物語は、これからもそのページを増やしていく。

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おさないさんはオトナらしい じゃけのそん @jackson0827

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