24日目(水曜日 仮)薪ストーブの部屋の午後「助けると思って」




「あ、おつかれさまです。今日もきれいにしてくださってありがとうございます」


 私は、二人の清掃員にそう言ったが、まるで、それが古来からのしきたりのように、二人は返事も会釈もしないまま自分の持ち場の清掃を続けた。




「実は、さっき、始めたばかりで、掃除が終わっていなくて申し訳ありません」


 キッチンに居た私に、若い方の清掃員がドアを少しだけ開けてそう言った。


「あ~ いいえ、いいんです。今日は、あえて、早めにこちらに戻ってきたので、お気になさらずに。あ、でも、もし、私がそちらの部屋に戻る前に清掃が終わりましたら、此処に声を掛けていただけますか?あと、このキッチンの清掃は結構ですので」


 思いも寄らない返答だったのか、若い清掃員は「あゝ… はい…」と戸惑いながら返事をしてからキッチンのドアを閉めた。




「あの~ 清掃が終わりましたが…」と若い女が、またもや、キッチンのドアを遠慮気味に開けて小声でそう言った。


「はい。私の方も、もうすぐ終わるんで、ソファの部屋の方で待っててもらえますか」


 私がそう言うと、若い清掃員は返事をしないで静かにドアを閉めた。



「お待たせしました。あ、そんな立っていないで、そのソファに座ってください」


 しかし、なおも、二人の清掃員は、海が見える窓側に立ったままだった。


「さあさ、いつまでも、そんなところに立ってないで、こちらに。どうぞ」


 私の半ば強引な物言いに、二人の清掃員は顔を見合わせてから長いソファに並んで座った。


「改めまして、いつも、この部屋をきれいにしてくださってありがとうございます。今日は、そのお礼も込めて…と言いたいところですが、そんな恰好いいことではなく、お二人にお願いがあるんです」


 私は、キッチンから持ってきたお盆の上にある、餃子が盛ってある大皿と、二つの小皿と箸、醤油、ラー油をローテーブルに移した。


「お願いというのは、この餃子をお二人に食べていただきたいのです。実は、日曜日に、餃子の餡と皮をとても一人では食べきれないくらいの量を補給されまして。このままだと、せっかくの餡を廃棄せざるを得なくなって勿体ないですし、ここは、私を助けると思って、餃子の消費にご協力願えませんでしょうか」


 そう、私が言うと、「いえ、私たちは…」と若い清掃員が言い掛けるのを制するようにスミエさんが「わかりました。せっかくなので、ご相伴しょうばんにあずかりたいと思います」と言った。スミエさんの声を初めて聞いたが、見掛けよりも澄んだ良い声だと思った。


「あゝ そう仰っていただいてありがたいです。薬味は、醤油とラー油でよろしいですか?酢もお持ちしましょうか?」と私が尋ねると、「いえ、それで結構です」とスミエさんが答えた。


 二人は、小皿に醤油とラー油を垂らして「いただきます」と言って餃子に箸を伸ばした。


「あ、今、お水をお持ちしますね」と私が言って立ち上がると「いえ、どうぞお構いなく」とスミエさんが言った。


「いえ、30個も焼いたんで、私も喉がカラカラで。今、お持ちします」と言ってキッチンに行った。



「どんなでしょう… 餡を作ったのは私じゃないし、私は包んで、ただ焼いただけなんですが…」


 二人の前に水が入ったコップを置きながらそう言ったが、すでに、スミエさんの方は半ば嗚咽したような感じになっており、隣の若い清掃員の方も、ハンカチをポケットから出して涙を拭き始めた。


「あ~ あ… ええっと… お口に合いませんでしたでしょうか…」と私がおそるおそる尋ねると、二人は頭を横に激しく振った。


「とても…とても、美味しいです」


 スミエさんが、ハンカチを目に当てたまま、そう言った。





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