第40話 芽衣が立てた仮説
今見ても、激似なのだろう。感心するように首を揺らしている。
「いや、そうとも言い切れないですよ。だって、彼……フラグのお父さんは、JSRA所長の井出雄二ですから、どこかで接点があるとは、思いませんか?」
「え、うそっ? そ、そうだったの? た、たしかに、お父さんが研究者だというようなことは、聞いたような気がするけど……」
日南が目を丸くするのを見て、芽衣は、背筋を伸ばした。
「ここからが本題なんですけど、私が考えた仮説を聞いてもらえませんか?」
「え、な、なに?」
「私と田宮さんが追っていたのは、JSRAが倫理違反を犯した研究をしているのではないかという疑惑でした。それは、先日の人工脳『ブレミア』の記者発表でかすんではしまったんですけど、私は、やっぱり、JSRAは、倫理違反を犯していたと踏んでいるんです。その倫理違反の研究というのが……」
芽衣は、唾を飲み込んでから、再び口を開く。
「過去に、ヒト胚を使ったクローン人間を生成したんじゃないかということです。もし、ミス・ハナが、フラグのクローン人間だとしたらどうですか? 二人が、そっくりなことも納得できませんか?」
「確かに……。でも、ただ似てるってだけでしょ? JSRAに関連しているのも、たまたまかもしれないし……」
「ですです。クローン人間の生成まで考えるのは、発想が飛び過ぎてますよね。ですから、私は、事実だけを並べて、仮説を立てたんです」
芽衣の仮説は――核を除去したヒト胚に、フラグの遺伝子を移植して作られたクローン人間が、ミス・ハナではないかというものだった。なんらかの理由で、遺伝子操作をして、性別を変えた。
ミス・ハナは、外に出ることはなく、JSRAの中だけで育てられた。ミス・ハナが、そんな状況でも不満を抱かなかったのは、ひょっとしたら、自覚を司る脳基幹を切除されていたのかもしれない。
20年ほどたって、ミス・ハナは、脳の病気になった。この推測は、過去の動物クローン実験で、なんらかの進行性の疾患を持つことが確認されていることからも矛盾はない。
以後、JSRAは、ミス・ハナの脳の病を治すために、人工脳『ブレミア』の研究開発に邁進する。
人工脳の移植手術を受けたミス・ハナは、『ブレミア』の計算能力や記憶力によって、過去90年もの間、解けなかった数学の難題を解いた――
「どうでしょうか、私の推理は。矛盾はありませんよね?」
「……すごい推理ね。感心したわ」
日南は、ハンカチを出して、額の汗を拭った。
「でも、そんなに、ひた隠しにしてきたミス・ハナの存在を、なぜ、公にしたのかしら。たとえ、数学の未解決の難題が解けたとしたって、公表しなければよかったのに。懸賞金が目当て?」
「私は、ミス・ハナが論文発表したのは、成果を認めてもらおうとしたのではないかと推測しています」
「存在を隠してるのに、成果を認めてもらうって、どういうこと?」
「きっと、JSRAは、時期がきたら、ミス・ハナがクローン人間だということを大々的に発表するつもりだと思ってるんです。最初に成功させたという証拠を残すために、敢えて、世間に発表したんじゃないかと」
「クローン人間を作ったという成果を……」
「倫理違反ですから、今発表すると、世界中から大バッシングを受けてしまいます。きっと、それが認められるタイミングを待ってるんじゃないですかね」
日南は、芽衣の仮説にすっかり感心したようで、芽衣と一緒に活動ができるように、編集長に進言してみると言った。
ドリーが残したアリバイ屋の染色体課題 おふとあさひ @ytype
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