「小麦ちゃんと猫」〜辺境伯令嬢シリーズ番外編〜

第1話

 私の名前はアスラン。

 猫である。いや、ただの猫ではなく、霊獣の翼猫。

 見た目はふわふわの長毛種の猫で、出したり消したり出来る翼がついている。


 ちなみに地球の猫のラグドールやノルウェージャンフォレストキャットに似ている。


 私の目の前にいるのはエディット。

 大国グランジェルド王国領、エテルニテの侯爵令嬢。双子の片割れ。


 双子の令息のディートフリードの方は既にライリーで過ごしている。

 グランジェルドの貴族の後継の子は国内の情勢が特別悪くなければ、基本的には三歳頃から別邸で過ごす。

 故に後継の男の子は普段、エテルニテにいない。


 私の本来のマスターは彼女、エディットとディートフリードの母親のセレスティアナ。

 霊獣の私は今はまだ幼い、5歳の娘の見守り業務中だ。


 マスターのセレスティアナはとても美しい。

 その容姿はプラチナブロンドに、白い肌、新緑の緑の色の瞳。

 その姿は人でありながら、天使のように綺麗でキラキラしてる。


「お母様の肌は雪のように白いのに、私の肌は小麦色……」


 肌の色は父の方に似てしまったと、嘆いているらしい。

 私は健康的な色で、いいと思うが。


 エテルニテは暖かい島なので、そこらの島人といれば浮かないけれど、グランジェルドの貴族は基本的にほぼ白肌なので浮いてしまうのも気にいらないらしい。

 まだ幼い子供でも乙女なので容姿も気にする。


「私も妖精のように可憐な白肌がよかった。お父様に似るなら肌の色より、青い瞳の方がよかった」


 そうか……。

 猫は黙って愚痴を聞くのみ。


「でも、お母様は、そんな私の事を、私のかわいい小麦ちゃん。

と呼んで、抱きしめて頬にキスをしてくれるの」


 ああ、いつも愛おしそうに小麦ちゃんと呼んで、キスをしているな。


 子供とはいえ、侯爵令嬢。

 朝食の後で朝のお勉強をして、疲れたので軽く寝て、今、また起きた。

 そして天蓋付きベッドの上でメイドの用意してくれている、トルソーに着せてある赤いドレスを睨んでいる。


 メイドがノックをし、声かけして部屋に入って来た。

 鏡台の前でエディットの銀色の髪を梳かしてくれる。


「今日のお母様は?」

「ガラス工房の職人が納品に来ていて、職人とお話をされていますよ」


 新製品ができたのだろう。セレスティアナ……マスターは物作りが好きだ。

 商売も好む。

 領民の税金を使うより、自分の稼ぎで買い物がしたいらしいし、見上げた心意気である。


 エディットはしぶしぶといった風で、寝巻きから赤いドレスに着替えて、お屋敷の中を移動する。


 エディットは肌の色的に、淡い色よりはっきりした原色のドレスが似合う。

 ただ、本人は淡いピンクのドレスなどに憧れている。

 いかにも人間の女の子らしい。


 エディットが三階の窓から、庭を見下ろすと、工房の職人との話がいつの間にか終わったみたいで、マスターは庭園にいた。


 エディットは三階から一階に駆け下りた。

 慌てて追いかける私。


「お嬢様! レディーは走ってはいけませんよ!」


 エディットのお目付け役の乳母に見咎められた。 


「急いでいるの!」

「急いでいてもいけません! 転んで怪我でもしたら大変です!」


 エディットはお説教を無視して庭園に出た。


「お母様!」


 母親に抱きつくエディ。

 まだまだ甘えん坊さんだ。


「まあ、私のかわいい小麦ちゃん、走って来たの?」


 エディットは走ったせいで、息が乱れている。すぐにバレた。


「お母様が窓から見えたから」

「お母様は逃げないから、急いで走って来なくても大丈夫よ」


 そうはいうけど、マスターはわりと忙しく、チョロチョロと良く動く。

 よくお出かけする方だ。

 エディは甘えるようにマスターのお腹付近で頭を、いや顔を埋めて動かない。


「ガラス工房の人が来たの?」

「ええ、新作のガラスペンが、とても綺麗に出来ていたの。エディットにも一本あげるわね」

「はい!」


 かわいい声で、こういう時のお返事はいいエディットだ。


「とりあえず昼食の後でライリーに行くから、お食事にしましょう」

 


 お昼にパンケーキを食べて、それからライリーに行く。

 島から本土に転移陣を使い、移動する訳だ。


 * *


「今日はね、おじい様……とも言えないくらい若々しいおじい様と、更に若々しいおばあ様には……どう見ても氷の妖精の女王のようで美しいシルヴィア……お母様のお母様達に会いに行くのよ。

本土の人は白い肌の人ばっかりなの……」


 パンケーキを食べた後で洗面所で歯を磨き、一人になったエディはそう私に漏らした。

 また肌の色を気にしている。


 マスターは頻繁に里帰りをする。


 そうしないと、ライリーで育ててる特殊な植物が育たない。

 魔法植物の砂糖とチョコレートが入っている瓢箪。


 エテルニテでも移植されている。

 だから、マスターは転移陣を使って、行ったり来たりする。

 今日は娘も連れて行くようだ。


 聖者の星祭りの日のパーティーの打ち合わせがあるらしい。

 時期的にこちらの世界における地球のクリスマスのようなお祝いだ。

 最もメインは流星群、星なのだが。



 我々は転移陣を使って、ライリーに到着した。

 サロンで侍女と話すマスター。


「ねえ、リナ、深緑のドレスにダイヤモンドや宝石をあちこち電球のように飾ったら、人間クリスマスツリーみたいでウケるかしら?」

「ティア様は何故ウケを狙おうとしているんですか?」


 マスターに的確なツッコミを入れているのは、元隣国のリリアーナ王女の中に入ってしまった地球人の憑依転生者の、今はリナと呼ばれるマスターの侍女だ。


 隣国は敵国からの侵略計画の時にグランジェルドに助けを求めて、今はその地でグランジェルドの第二王子だった男が大公をやっている。


「星のドレスがあるじゃないですか? エディットお嬢様とお揃いではどうですか?」

「では、新しくまた、お星様をギルバートに撒いて貰おうかしら?

どう思う? 私のかわいい小麦ちゃん」


 静かにオレンジジュースを飲んでいたエディットが顔を上げた。


「お星様をお父様がまくの? どうやって?」

「風の魔法よ」


 群青の布地に白い布用インクを風魔法で星のように撒き散らすのだ。

 バランス良く白を飛ばせば星空のような布地になる。


「魔法……」

「そのうち小麦ちゃんがもう少し大きくなって、婚約者……好きな人が出来たとして、もし風魔法を持っていたら、その人に新しく作って貰ってもいいわね」

「その人に風魔法が無かったら?」

「さあ………新しい星のドレスが欲しい場合はギルバートに頼むといいわ」


「火魔法使いなら、マシュマロ焼いて貰うといいですよ、ビスケットに乗せて食べるといいです」

「リナったら、何故食べる方に……」


 マスターは花のような笑顔でクスクスと笑う。


「あら、つい、私ったら」

「でもいいわね、私はお父様にマシュマロを焼いて貰おうかしら」


 マスターの父である辺境伯は炎の精霊の加護があるのだ。


 * *


「聖者の星祭りかあ……」

「おや、どうしたんだい? エディ。マシュマロのようにほっぺを膨らませて」


「アシェル」


 エディットに声をかけて来たのは、Sランク冒険者でエルフの青年、アシェル。

 辺境伯ジークムンドの親友だ。

 その美貌は衰えてない。流石エルフ。


「白い肌になりたいの! 冬のお祭りなんだもの!」

「おや、小麦色の肌もかわいいよ?」

「白がいいの!」


 駄々をこねるエディット。

 エルフは困ったように笑ってから、とある提案をした。


「じゃあ……試しに色変えの魔道具を試しに使ってみるかい?

君の両親もお忍びで街に出る時は変装に使っていた」


「使う!」


 エルフはブレスレット型の魔道具を亜空間収納のインベントリから出して、エディットの腕に着けてあげた。


「頭の中で好きな色に思い浮かべてごらん? 肌の色、髪の色、目の色を」


 するとたちまち、エディットの肌は白くなった。

 髪色も銀髪から母親そっくりのプラチナブロンドに白い肌、瞳の色はグリーンから父と同じ青に。


「お、肌と髪色がティアそっくりだね。瞳の色がギルバート侯爵と同じ青」

「どう? かわいい!?」

「元からかわいいけど、もちろんかわいいよ」


「わーい! ピンクのドレス着たい!」

「リナに言えば昔のティアが着ていたドレスを出してくれるよ、きっと」

「ピンクもある?」

「あるよ」


 エディットはリナに頼んでマスターが幼い頃のドレスを衣装室から出して貰った。


「リナ、私、ピンクのドレス、似合う?」

「ええ、とてもかわいらしいですよ、エディットお嬢様」

「お母様にも見せて来る!」


「あら、突然の白ちゃんね」

「似合いますか!?」

「ええ、綺麗よ」


 マスターそう言ってフワリとエディットの頭を撫でた。


「……えへへ」

 

 頭を撫でて貰ったのに、エディットは、笑いながらも少し寂しそうだった。

 母親の雰囲気がいつもと少し違うのを敏感に感じ取ったようだ。


「お? 小さい時のセレスティアナそっくりだな、エディット」

「お父様……かわいいですか?」

「エディはいつもかわいいとも」

「ありがとうございます」


 エディットは笑顔ではあったが、心からの喜びとは違うようだ。

 気配で分かる。


 エディットは足元にいた私を抱き上げて、そのまま衣裳室に戻った。


 そしてブレスレットを外して、衣裳室で見つけた平民っぽいエプロン付きワンピースを着た。

 これもマスターが幼い時に着ていた服だ。


 エディットは物言わぬ猫の私にまた、ぽつりぽつりと静かに語りかけた。


「あのね、アスラン……。

お母様ね、肌を白くした、白ちゃんの私も綺麗って言ってくれたけど、頭撫でてくれたけど、いつもの私の……私のかわいい小麦ちゃんって言ってくれる時の方が嬉しそうなの」


 ……そうだったな。

 いつも、「小麦ちゃん♡」の時は、抱きしめて、可愛くて仕方ないって感じで頬にキスをする。

 擬音をつけるなら、むちゅっ♡て感じでキスをする。


 それがさっきは無かったのだな。

 マスターはエディットはありのままで可愛いのに、と、寂しく感じてしまったのかもしれない。


 それでいつもの小麦ちゃん状態に戻したようだ。


 エディットはブレスレットを握って衣裳室を出た。

 てとてとと、小走りで廊下を移動する。


「おや、エディットお嬢様、セレスティアナお嬢様の小さい時とそっくりですね可愛いらしいなあ」


 ローウェという、ライリーの城の騎士が廊下を歩いていた。

 エディットを見て、懐かしそうに目を細めた。



 エディットはローウェに軽く挨拶をした後、ライリーの城にある、アシェルの部屋に行き、ブレスレットを返した。


「おや、もういいのかい?」

「お母様、白くしたらあんまり嬉しそうじゃなかったの」


「白い肌でピンクのドレスが似合うより、お母様のティアの好みの方がいい?」


 エディットはこくりと頷いた。



「あら? 小麦ちゃんに戻ってるわね。

しかも今着てるのは、私が昔作ったワンピースね、気にいったの?」


 マスターはそう言ってエディットを抱き上げた。


「うん……」

「ふふ、かわいい子」


 マスターはエディットに頬擦りをして、キスをした。

 やっぱりいつもの「小麦ちゃん」の方が好きみたいだ。

 そもそも響きも可愛いしな、小麦ちゃんて。


「さあ、小麦ちゃん、今からお父様が夜空に星を撒いてくださるから、一緒に見に行きましょう。

ディートフリードも工房にいるそうよ」

「はい!」


 小麦ちゃんはマスターの華奢な腕に抱えられたまま、ギルバートとディートフリードのいる工房へ向かった。


 霊獣の私が一時的に大きくなって、背に乗せてあげてもいいのだが、マスターは身体強化の魔法を使えばある程度の重さも大丈夫だ。


 エディットはまだまだ甘えん坊なので、温かい母の腕の中の方が嬉しいのだろう。

 水をささないように、私は静かに後を追った。


 ──いつの間にか、陽が暮れて、夜を迎える。

 冬は暗くなるのが早い。


 キラキラと、星の瞬く夜がくる。

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