第5話 籠の中の鳥
「フッ...フッ...フッ...フッ...」
男女の間の能力差が浮き彫りになった翌日、基礎体力の向上の為に朝早めに起きて仮屋敷の周りをランニングしながら物思いにふける。
あの後、危惧していた通りに小さな諍いが幾つか起き始めた。活きのいい男子生徒が女子生徒との合同での訓練をせがみ数人が怪我をしたり、その件でどちらが悪いと男女で言い合いになり、そこでも女子が力の制御に慣れず男子に怪我をさせてしまうなど。完全に負の連鎖に入ってしまっている。
夕べは教師二人を交えた当人たちの話し合いが行われたけれど溝は悪化する一方、男子全体の雰囲気に『女子は危険』という認識が生まれつつあるし、女子の方にも『男子が邪魔』もしくは『弱いから守られてればいいのに』といった認識が芽生えつつあるのを肌で感じる。
(さて、どうするべきか...)
これからの自分の立ち位置、現状の身体能力の差、この世界での生き方。考えることはたくさんあるけれどどれも簡単には答えが出ない。
結局、どの悩みについても解決策が浮かぶことのないまま朝のランニングを終え、仮屋敷へと戻っていくことになった。
予定調和というべきか朝食の雰囲気は最悪だった。仮屋敷の中の食堂のような場所で食べているのだけど昨日までは男女分け隔てなく食べていたのに今日はきれいに男女で別れていた。
視界の隅、机の端の方では居心地悪そうに木下さんが朝食を口に運んでいる。こちらに来てからはちょくちょく一緒に行動してるし、食事をとるときも隣だったからなぁ。彼女は友達が多いわけではない、というかクラスでも誰かと話しているのを見るのは稀な光景だったから猶更だろう。
...とはいえ、今の雰囲気の中で隣に座るわけにもいかないし、僕もさっさと食べきってしまおうか。適当に空いた席に陣取るとさっさと料理を口に運んでいく。
一人黙々と食べる朝食はなんだかいつもより味気なかった。
#####
その日は講習会の代わりに皇帝陛下から話があるということで会議室に集合することになった。いつも通り後ろの席に座り話の始まりを待っていると、控えめに木下さんが隣へと腰かけてきた。
「おはよう」
「あ...う、うん、おはよ...えへへ」
「なんの話だろうね?」
「そ、そう、だね。気になる、ね」
他愛の会話で静かに過ごしていると、時間通りに皇帝陛下が会議室に入ってきた。なんだかんだで初日の会議以降の対面だ。やっぱり忙しいんだろうな。
「1日ぶりですね皆さま。昨日一日でこの世界について多少なり理解が深まったと部下から報告を受けています。いまだ不安はあるかもしれませんが今後の皆様の行く末について私の方から提示できる案を三つほど持ってきたのでそれを聞いていただきたいと思います」
柔らかな雰囲気でそう話し始めた陛下に鼻の下を伸ばす男子数名とそれを見て機嫌が悪くなる女子たち。そんなことで溝を深めてどうするんだ...
それにしても今後の生活に関するアイデア、か。どんな選択肢があるんだろうか?
「まず一つ目は学園への転校です。このハイマート皇国には国内各所に大小さまざまな学園があります。冒険者育成に重きを置いた養成学校、魔法や魔術の発展に力を入れる魔導学園、騎士を養成することに心血を注ぐ騎士候補生が通う学園など重きを置いている分野もそれぞれに異なります。その中から自分の興味がある分野について学べる学園への転校。これが私が持ってきた一つ目の案です」
「失礼、少しいいですか?」
陛下が一つ目の選択肢『転校』について簡単な説明を終えた時、花宮先生が凛とした声で発言した。
「はい、ハナミヤ先生どうかされましたか?」
「それらの学園に我々のような初心者がいきなり入学しても大丈夫なのですか?授業形態が分からないので何とも言えませんが我々がついていけるかも怪しいですし、そちらの迷惑になってもよろしくないと思うのですが」
「そうですね、たしかに今のまますぐに、というわけにはいきません。転校を希望する方たちには最低でも3ヶ月ほど最低限の知識をつけるためにこちらでお勉強をしてから転校してもらうことになりますね。場合によってはもっと延びるかもしれませんけれど」
「なるほど、それならば納得できます。少し期間が短いようにも思いますがそちらの都合もあるでしょうし...国内の学園についてもう少し詳細な情報が欲しい場合はどうすればよろしいですか?」
「あとでこちらに各学園の詳細を記載した書類を持ってこさせますから安心してください。それでも疑問が解消されない場合は警護につけている者にその旨を伝えていただければ私の方から疑問に答えてもらうように取り計らいますよ」
「ありがとうございます。話の腰を折って申し訳ない」
「いいえ、遠慮せず何でも聞いてください。私たちには皆さんをもてなす用意がちゃんとありますから」
(まぁ、勝手に呼び出したのはそっちなんだけどね?)
口には出さずに心の中で僕はそう呟いた。
「二つ目は主に男性の皆様に対するものになりますが養子として貴族の下へと身を寄せるというものです」
「あの...」
手を挙げたのはクラスの中心にいる女子の一人だった。
「はい、どうされましたか?」
「なんで男子だけなんですか?」
「我が国が瀕している危機については初日にお話しした通り男性の絶対数が圧倒的に少ないというものです。そしてそれは貴族も市民も変わりません。逆に言えば女性の数は足りているんです。そのような状態で男性と女性の身元の引き受けを募集した場合...言葉は悪いですが女性は余ります。確実に」
その確信を持った言い方に反論を返せる人はいなかった。しかし話を聞いてみれば至極真っ当なことでもある。中々受け入れがたいことかもしれないけど。
「それに...」
「それに?」
「息子や兄、弟という存在は全女性のあこがれですから」
その言葉に場の空気は少しばかり弛緩した。陛下なりの場を和ませるための一種の冗談...だと思うことにした。
「コホン、話を戻して説明を続けさせていただきますね。こちらの選択肢ですがまずは希望される方達の養子の希望先をお聞きします。そのうえで先方と何度か話し合いの場を設けて相性を確かめ問題がないようでしたらそのまま身柄を向こうに預けることになります」
なんだかお見合いみたいだな。いや、家族になるって意味なら間違っては無い、のか?
「そうそう、もし向こうで生活する中でなにか問題が発生したり居心地の悪さを感じるなどがありましたら年に1,2回は皆さんの様子を確認するための人員を派遣する予定ですのでその時申し出てくれたら養子先の変更も可能です。...まぁ養子先の家が離さないとは思いますけど」
最後の方の言葉が少し聞き取れなかったけど独り言だろうか?それはそうとこのアイデアは男子にとっては一つ目の学園入学よりも現実的かもしれない。
陛下が説明に挙げた学園は全部女子生徒がメインで学んでいるはずだしそんな中に男子生徒が放り込まれたりしたら肉食獣の檻の中に餌を投げ込むようなもの。というか、はっきり言わなかったけど一つ目のアイデア自体女子に向けて言ったんだろうな。確証はないけどそんな気がする。
「三つ目ですが...正直なところあまりお勧めいたしませんが身支度を整えて城を出る、というのも一つの選択肢です。その場合、金銭などの準備はこちらで多少の融通は利かせますが城を出て以降は一切の援助ができなくなります。なぜ「しない」ではなく「できない」なのかというと、この選択肢を取った方は“ハイマート皇国の支援を必要としない”という意思を持っていると見なすからです」
果たしてその選択肢を選ぶ人はいるんだろうか?よっぽどの物好き、いやこんな右も左も分からない世界でその選択を取るということは自殺行為に等しい。
これはどっちかというと陛下達が後から僕たちの選択に対して釘をさすためにあえて選ばれないと分かったうえで提案してるのかも。
例えば男子の誰かが養子として引き取られた先でなにか問題を起こしたり、駄々をこねたりした場合に「だったらあの時城を出ればよかったじゃん」と言って黙らせるためのものなのでは?
あくまでも僕の勝手な予想に過ぎないけれど。しかもそれが分かったところでどうしようもないわけで。
「以上の三つが私から皆さんに提案できる今後の生活についての案でございます。もし、今私が提案した案以外の希望がある方がいましたら目付け役の部下に申し出るか先生方に相談をしてください。その際には希望を叶えるために最善を尽くしますので」
その後はそれぞれの選択肢について再度話し合いが行われたけれど特筆すべきことはなかった。僕と木下さんは最後列で話を聞いていたから目立たなかったけど相変わらず男女の溝は埋まらないし印象に残っていることと言えばにこにこと楽しそうに状況を静観する皇帝陛下が何を考えているのか分からなくて少し怖かったぐらい。
先生たちは生徒に寄り添おうと必死だったけれど正直なところ全員に寄り添えるわけでもない。それは今の男女の溝に由来するだけじゃなくてシンプルに
ひとまず会議は終わったし、今日は将来について考える時間を設けようという計らいで訓練もない。
会議室に設置されていた各学園のパンフレットと男子生徒に配られた養子先として推薦された貴族の簡単な紹介資料を持って会議室を出た。
人気のない場所で静かに今後について考えてみようかな。
#####
仮屋敷の周り、皇宮の裏庭は丁寧に管理されており決して華美ではないが上品にまとめられていた。やっぱり庭師みたいな専属の人がいたりするんだろうか?
木陰にちょうどいいベンチを見つけたのでそこに腰を下ろして資料に目を通し始める。
「えーと...上級
置いてあったパンフレットはこれで全部だった。流石にこれだけしか学校が無いってことはないだろうけど、かなりいいところを選抜して推薦してくれてるのかもしれない。特に最後の皇立学園トリアーノ・チェソールなんかパンフレットからして気合いの入れ方が違う。なんでパンフレットなのにラノベぐらい分厚いんだ?
各学校のパンフレットに黙々と目を通していく。学校紹介用のパンフレットのようで向こうでもいろんなところで見たそれに近く、分かりやすく見やすい構図はたしかに「この学校へ行きたい!」と読み手に思わせる各学校の魅力が詰まったものだった。
「でもなぁ...」
男子にとっては入学という手段はあまりいい選択とは言えないだろう。
やっぱり入学(もしくは転入?)するにあたって試験みたいなものがあるのだろうか?
仮に入れたとしてもこの世界の男女のパワーバランスを考えれば男子生徒が授業の内容についていくことは難しいだろう。知識では遅れを取らずとも学んだ知識を生かすための身体能力が追い付かなければ意味がないのだから。
陛下は選択肢を示してくれたけど実際のところ選択権なんてあってないようなもの。男子が学校に入ったところで不利なのは明らかだし、女子は貴族の養子として迎えられることはない。3つめの選択肢もあるけど...選ぶのは相当の物好きぐらいだろうし。
「籠の中の鳥、って感じだなぁ」
もっとも
誰が為の異世界生活~男日照りの異世界で始める幸福論~ 矛盾ピエロ @hokotatepiero
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