第4話 ダンシング会議


 「会議は踊るされど進まず」という言葉がある。元は1814年から翌年、ウィーン会議の舞台裏で参加国の元首や大使たちがかけひきに終始しているのを、フランスの代表タレーランが皮肉を込めて言った言葉とされているけれど、この会議はまさにそんな感じだった。


 会議において意見は大きく二つに分かれていた。

まず一つは、この世界で暮らすことを受け入れてこの国に貢献しようという意見。正義感の強い生徒たちが困っている人たちを見捨てられないと意見を出している。もう一つは、帰る方法を探すことに尽力しようという意見。こちらの事情を考慮せずに身勝手な理由で呼び出されたんだからわざわざ助ける必要はないという意見だ。

他にも、細かな意見がちらほらと出てはいるが大まかにはこの二つに二分されている。中には現状帰れないと知って両親との唐突な別れを惜しみ泣き出してしまった生徒もいたりで場はてんやわんやとしていた。


 会議が始まってから2時間ほどが経過しただろうか、その様子をボーっと眺めていると先程と同じように服の裾を引っ張られる。


「あの、ムツキ君は、どう、するの?」


 木下さんが遠慮がちに聞いてくる。


「どうする...か。うーん、でもあんまり選択肢ってないような気がするなぁ」


「そ、そう、なの?」


「うん、さっき皇帝陛下が話してくれたけどまともに人が住んでるところ自体が少ないって話だったし、外には危険な生物がいっぱいいるって話もあったしこの世界で生きるにしても元の世界に戻る方法を探すにしても今の僕たちが出来る事って少ないよね」


「あ、そっか...そ、そういえばラノベでも転移した後は訓練とか受けて強くなってから冒険に行ってたりしてた、かも...」


「そうだね、木下さんがオススメしてくれた中にもそういう描写がある本が幾つかあったよ」


「あ。よ、読んで、くれてたんだ...へへ」


「うん、続きが読めなくなったのは少し残念かな」


「う、うん。そう、だね」



 結局、その後も意見が完全に纏まることはなくこの世界について何も知らない状況では今後の方針を決める判断は厳しいと先生たちも判断したようだ。

そして今後の目標を決める前にまずは皆でこの世界について勉強しよう、という方針に舵を切ることにしたようだ。その時勉強と聞いて過半数の生徒が嫌そうな表情をしていたのはきっと見間違えじゃないだろう。



#####



 会議が終わった後、案内されたのは皇宮を出て裏手の中庭に立てられていた大きな屋敷のような場所だった。

 まぁ、当たり前の話なんだけど幾ら大きな城といっても急に50名弱の人間に部屋を用意するような余裕なんてない。ましてやいずれは皇宮の外で暮らすことになる人間のためにいくつもの部屋を空けるよりは別の建物を建てた方が効率がいいのだと案内してくれた女性と花宮先生が話していた。


 しかし仮設と侮るなかれ、中に入ってみてその場の全員が内装の充実感に呆然とした。後の撤去作業を見据えて木造で造られた仮屋敷はまるで高級旅館のような様相を呈していた。磨き上げられた廊下には木造特有の落ち着きがあり日本人としては安心感さえ覚える。各部屋には2段ベットが2組ずつ置いてあるが部屋に窮屈感はなく、装飾や行き届いた手入れがされており一部屋一部屋から最大限のもてなしを感じる。


「異世界からやってくる男性たちが泊まる、と言ったところ大工たちが張り切ってしまいましてね」と案内の女性が微笑んでいたが、僕はその気合いの入り具合に若干引いた。


 その日は、適当に分かれて各自部屋で休み翌日からはこの世界について学ぶための講習会などが始まった。


 翌日からの講習会は前日の会議室で行われた。講師はそれぞれの分野ごとに専門家の人たちが交互にやってきてはいろんな話をしてくれた。


 まぁ、どの講師も男子生徒を見る目が完全に狙いを定めた肉食獣のそれではあったけどそれ以外はまともだった。


 僕はサブカルちゃんこと木下さんと一緒に少し後ろの方でその講義を聞いていた。どの話も分かりやすく聞きやすく面白かったけれど特に人気だったのは魔法とか冒険者についてだろうか(正しくは冒険者ピオニェーレというらしいが)。主に男子が盛り上がっていた。


 どの話もいずれもっと詳しく話を聞くときが来るだろうからその時に内容を整理しよう。


 話を戻すと、講習の他にも訓練の時間を設けてくれていた。といっても女子生徒だけが強制参加で男子生徒は自由参加とのことだったが。

訓練を担当する騎士団の人のその発言に対して皆頭に疑問符が浮いていたがすぐにその理由が分かった。


 召喚初日に言われてから対して実感が湧いていなかったが、ここは女性に人口比が偏った歪な世界なのだ。そして男性よりも圧倒的に女性が優れている世界でもある。


 異世界人である僕らにとってそれは全く無関係のことのように思えたが実はそう単純な話でもなかった。

 元の世界地球からこの世界エトランジュへと召喚された際に自覚は無いけれど僕たちの体はこの世界に適用できるよう少しばかり改変されたらしい。


 これは召喚魔法の効果で悪影響ではない。むしろ召喚した人間が環境に適応できるようにするためのものなので非常にありがたいモノらしい。

男女でその恩恵の差があまりにも違いすぎることを除けば...だけど。


 それは訓練で如実に現れた。女子生徒たちの身体能力が飛躍的に上がっているのだ。個人差はあるけれど全員が何かしらの恩恵を受けている。

 運動音痴としてクラス内でも1,2を争うあの木下さんでさえスポーツ男子と肩を並べるほどの身体能力を普通に発揮している。


 筋力や視力などの感覚能力だけでなく武器を扱う手先の器用さ、冷静な思考力などもはや元の世界の最上位アスリート並みの能力を平然と発揮している女子たち。

 それに対して男子への恩恵は雀の涙ほどもなかった。身体能力が落ちているわけではない。しかし、身体能力が上がっているわけでもない。

武器などは重すぎて持てない者も多かった。振り回すなんてもってのほかだ。


 ...これはあくまで僕個人の勝手な推測に過ぎないのだけれど、この世界エトランジュは恐らく女性を基準にあらゆるものが存在している。

 もう少しわかりやすく言うと、元の世界の男性の身体能力を10とした時、元の世界の女性は8、まだ会ったことが無いので断言できないエトランジュの男性が7~9くらいだとしてエトランジュの女性はおそらく15~20の身体能力を持っていると思われる。

 元の世界の男性の1.5倍~2倍だ。そしてその値がこの世界の基準になっている。つまり、この世界に生息しているモンスターと呼ばれる生物は15~20の身体能力をもってしてようやく渡り合えるレベルだし、武器や防具も15~20の身体能力を持ってようやく満足に使えるレベルであるということ。


 もはやそれは性差という言葉では誤魔化しきれない歴然とした差であり、召喚の恩恵でこの世界へと適応した女子生徒たちと召喚の恩恵がほとんどなくこの世界の男性より少し屈強な状態でこの世界へとやってきた男子生徒ではその恩恵の差は大変大きいものになっていた。

さらにそこに魔法などの別の概念も混ざってくるわけで...


 すっかりうなだれた男子生徒たちのうち何人かは訓練を諦めうなだれたまま自室へと戻っていった。


 ...心配事がまた一つ増えたな。今までは実感が湧かなかったために男女間の溝というものがあまりない『一緒に異世界に飛ばされてしまった仲間』だった。

だけど、今明確に男女の身体能力の差が歴然となってから心無しか女子がこちらを見る目に新しいものが混じるようになった気がする。

それが庇護欲なのか、蔑みなのか、はたまた別の何かなのかはまだ分からないけれど...はぁ、憂鬱だ。


 静かにため息を吐くと、僕はひとまず武器をしっかりと持てるようになるために筋トレから始めることにした。

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