第2話 爽やかな朝 奇妙な美人

 本日2度目の目覚めは1度目に比べると随分と快適な眠りだった。このまま日がな一日惰眠をむさぼりたい衝動に駆られるがそうもいかない。

昨夜机で寝落ちする原因となった山のような課題を出した教授はとてつもなく意地悪なのだ。講義に遅刻しようもんならグチグチグチグチと小言を耳にタコができるほど聞かされることになるだろう。


 そんなわけで気乗りしないが淡々と朝の準備を終わらせていく。元から小食のため朝食はコンビニで買い貯めていた菓子パンを一つ。モサモサと菓子パンを頬張りながら講義用のルーズリーフや筆記用具、携帯、財布などをメッセンジャーバッグに入れていく。


 着替えを用意するとシャワールームへと向かった。どうでもいいが僕は朝シャワー派だ。夜にもちゃんと風呂に入るが朝はシャワーを浴びないと調子が出ないタイプなのだ。シャワーを浴びて歯磨きなど諸々の雑事を済ませると時計を確認する。...うん、いい時間だ。そろそろ出るか。

最後に電気の消し忘れなどがないか確認するとガチャリと扉を開けて外に出た。


「おや、イツキじゃないか。おはよう」


 扉を出てすぐ近くで声をかけてくる人がいた。とは言っても入学して一月ほど経った現在では良く知る隣人だ。


流富るふさん、おはようございます。またタバコですか?やめてくださいよ、自分タバコ苦手なんで」


 そこにいたのは深海のように深い藍色の髪をもつ綺麗な女性だった。



 久藤くとう 流富るふさん。九頭竜学園大学部に籍を置く大学4年生。まぁ、つまり先輩だ。

寮の隣の部屋同士ということもあってよく顔を合わせるためそれなりに気心が知れた先輩で世話焼きなタチなのか何かと僕のことを気にかけてくれている。


 腰まで伸びた藍色の髪は手入れが行き届いているのか光を反射して艶やかに輝いている。男を魅了してやまないだろう美しい顔立ちをしており、女性にしては長身だが均整の取れた体つきをしている。ミステリアスな雰囲気も相まって高嶺の花といった印象を初対面の時には感じたものだ。

 なんというか僕が言うのもなんだが少し変わった感性の持ち主でヘビースモーカーの癖に部屋にタバコの匂いが染みつくのが嫌で毎度部屋の外に出て吸っているのだ。意味がわからん。


 フゥーッと大きく煙を吐くと流富さんはジーっとこちらを見つめてきた。


「どうかしました?」


 その問いに対する返答はなく、ただじっと僕の瞳を見つめ続ける。なんとなく気まずさを感じて視線を逸らそうとすると――


「動かないで」


 と、頬に手を添えられてそれを妨げられた。そのまま数分間無言のまま見つめあう。その瞳の奥を覗いてすぐに覗いたことを後悔した。


瞳の奥には濁り歪み淀んだ闇があった


それは人間が本能的に恐怖するべきものであり、


それは人間が反射的に畏怖するべきものであり、


それは人間が直感的に逃亡を図るべきものであった


しかし、それは叶わない。闇はもう憐れな獲物を捕らえていた


まるで視覚そのものを捕らえられたかのような奇妙な感覚


いつの間にか何も見えない。闇さえも見えない


はて?『見える』とはどんな感覚だったか?


いや、今はそんなことはどうでもいい。早く逃げなければ


...逃げる?どこに?何から?


五感が濁る。記憶が淀む。立っているのがやっとだ。立って...いるよな?


そうしている間にも闇は僕を包み込んでいく


まるで母親が我が子を抱くように優し気で


執着心の強い女性が恋人へ縋り付くかのように強固で


...この感覚には覚えがある。


はて、どこで感じたものだったか


...思い出せないのは既視感気のせいか、それとも忘れているだけなのか


なにか言葉を発しようと、微かに口を開いた瞬間――――


「うん、やっぱり。昨日夜更かししたでしょ。目の下にクマが少しあるよ。それに髪がまだ濡れてる...シャワーを浴びるのはいいけどちゃんと乾かさないと風邪ひくよ?季節がら暖かいとはいえイツキは貧弱そうだから気を付けないと」


 目の前には出来の悪い弟を見るような親愛に満ちた表情でこちらをのぞき込んでいる流富さんの顔があった。


「ぇあ?............あぁ、はい。気を付けます」


 何をしていたんだったっけ?


 かろうじて返事を返したが奇妙な夢から覚めた後のような気分だった。ぼーっとする頭で現状を認識する。そうだ、講義行かないと。


「じゃあ、僕は教授のとこに行くので」


「うん、いってらっしゃい。盲愛もあによろしく」


 流富さんに見送られながら足早にアパートを出た。










「まぁまぁかな」

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好奇心はナニを殺す?~九頭竜学園の異端で異常な日常~ 矛盾ピエロ @hokotatepiero

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