好奇心はナニを殺す?~九頭竜学園の異端で異常な日常~
矛盾ピエロ
Beginning ~始まり~
第1話 捻くれ文芸青年の異端なる朝
気が付くと水の中にいた。酷く粘性が高く淀んだ色をしている水の中だ。はて?僕は先程まで何をしている所だっただろうか?
嫌に冷静な思考なままに一先ずは沈みゆく身体を水面へと持ち上げようと泳ごうとするも...身体が動かせない。
水が明確な意思をもってまとわりついて動こうとする身体の動きを阻害するのだ。その束縛はまるで母親が慈愛をもって赤子を抱くように優し気でありながら、執着心の強い女性が別れ話を切り出した恋人へと必死に縋りつくように『絶対に離さない』という確固たる意思を感じさせる、酷く矛盾した抱擁だった。
一連の行動には既に数分を要している。しかし、依然として苦しくない呼吸はここが現実ではないのだと僕に教えてくれた。
であるならばこの優しくも執拗な水に抗わずこのまま水の奥底へと導かれてみるのも悪くないか、そう思いなおした僕は絡まる水に抵抗するのを止めて周囲を観察することにした。
周りには何もない。淀んだ色の水に満たされた空間がどこまでも続いているだけだった。
こんな中でゴーグルもつけずに目を開けるなんて現実であれば目が痛くなることは間違いなく、この不可思議な空間が夢であることをより決定づけるには十分だった。
そんな風に周囲を観察している間も水はゆっくりと、だが確実に僕を奥底へと誘っていく。
どれほどの時間が経過しただろうか?暫く虚無な時間を唯々諾々と沈んでいると、ふと声が聞こえた。近くであるのに遠くにいるような小さな声だ。
「...ェ...」
何だって?よく聞こえないよ。
「つ...魔...ぇ...」
よく分からない。集中して聞き取ろうと目を閉じて意識を聴覚へと傾ける。すると――――
「痛ぅかァ魔ァエぇ多ぁ...♡」
ごく近い距離耳元で囁くようにはっきりと聞こえた。その声はおおよそ人間の発声器官から発される音とはかけ離れた酷く不快でひどく恐ろしくヒドク冒涜的な声をしていた。
#####
「っハァ!...はぁ...はぁ...はぁ...夢、か」
飛び起きてみるとそこはここ一か月ほどでようやく見慣れるようになった自室だった。
机に突っ伏すようにして寝てしまったのだろう。目の前には机がありその上には乱雑に置かれた書類や資料がある。そのいくつかには涎が垂れていた。
凝り固まった筋肉と軋む関節が不快感をもたらす。
身体をほぐすように軽いストレッチをしながら自室を見回す。当然の事ながらなんの変哲もない一般的な大学生の自室だった。
少し広めの1Kの部屋には畳が敷き詰められその隅には畳まれたままの布団一式とそこら中に積み上げられた書籍や資料の数々が我が物顔で鎮座している。
昔から片付けが大の苦手で引っ越してから十日と持たずこのような有様になってしまった。それ以来その状態が続いている。
そうだ、昨夜は意地悪な教授に課された意地悪な課題に取り組むために随分と夜更かしをしたんだったか。
見た目詐欺な教授と山のような課題を思い出して顔をしかめる。ひとまずスッキリするためにシャワーでも浴びようと立ち上がった。
シャワーを終え、冷蔵庫の残り物を適当に齧りながら課題の進捗を再度確認すると大方は終わっていた。ホッと安堵のため息がこぼれる。
時計を確認するとまだまだ夜は明けたばかり自分の不規則な生活リズムに呆れつつ、畳まれた布団を枕にして畳の上に横になった。
もうひと眠りくらいは大丈夫だろ、と楽観的な思考で。
ここは国内でも有数で最も謎めいた学園として知られている都立 九頭竜学園。招待状を貰った者しか中に入ることを許されない閉ざされた学園に何の因果か入学することになった僕こと
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