第35話 三年生 卒業 

いろんなことのあった3年間だったが、卒業の日を迎えた。

式の前の待機時間、教室では、クラスメイトたちがそれぞれに記念写真を撮りまくっていた。

由衣夏は仲良しグループとは京都でもたくさん写真を撮ったが、せっかくなので他の子たちとも写真を撮った。

そう言えば、退学した子もいたよなあ・・・と、入学早々の事件を思い出して暗くなった。

気を取り直して、最後に紘美と写真を撮ろうと思い、さりげなさを装って、

「卒業した後、進路どうすんの?」

と、聞いてみた。

紘美はう〜ん、と首を傾げながら、手帳に挟んだ紙をペラペラ見比べて、これがいいかなあ、と言って由衣夏に一枚差し出した。

「お嫁に行くねん」

受け取ってみると、紘美の写真だった。

「顔だけ、お嫁に行ったるねん」

そう言って、紘美は悪戯っぽい笑顔を見せてくれた。

どうやら、以前、由衣夏が顔だけお嫁にほしい、と言ったことを覚えていたようだ。

由衣夏は、あああ・・・あれか・・・と、自分の失言を思い出して両手で顔を覆いたくなった。

紘美はあの失言を根に持っているのか、それともネタにしただけなのか、本心はわからないが、由衣夏のところに顔だけお嫁に行ってやる、と言ってくれているのだろう。

「ありがとう」

と言って笑顔でもらっておいた。

それ以上のことは何も教えてくれなかった。

由衣夏には、顔だけの妻が出来た。

紘美のくれた写真を眺めていると、ユウが近寄ってきて、それ何?と聞いてきたので、由衣夏は、

「ん? わたしの嫁」

と返事をしながら見せたら、

「は? 何それ、紘美ちゃんじゃん。

 嫁?」

と言って笑うので、

「今さっき、顔だけわたしのところに嫁に行く、って言われて、これもらってん」

と写真をひらひらさせて言うと、ユウは仰け反りながら手を叩いて笑った。

「もう、ほんま、こっちの人ってふざけとるね。

 うち、たまについて行けれん」

広島の人には、関西人がふざけてると思ったようだ。

まぁ、それでもいいや。

おかげで湿っぽくならずに卒業した。



卒業後、ミミとユウは地元の広島に進学し、実家に帰ってしまった。

ユウが夏休みに、久しぶりに会おう、と言って、大阪に遊びに来てくれた。

その際、紘美は卒業後、東京の大学に進学したが、3ヶ月ほどで関西に戻ってきた、と言う話を教えてくれた。

「知りたいじゃろうと思って。

 あんたの奥さんじゃろ?」

そう言ってニヤニヤ笑われた。

卒業式のことを覚えているようだ。

よほど面白かったらしい。

ユウによると、紘美は今は実家に住んでいるようだ。

東京で何があったのか、そこまではわからないとのこと。

しかし3ヶ月で戻ってくるとは、やっぱりあんまり根性ないみたいだな。

「せっかく引越しまでしたのに、もったいないよねえ。

 家具とかテレビとか、色々全部あっちで揃えたんじゃろ。

 大学だって入学金とか、授業料だって前期のぶんは払ったんやろうし。

 数百万くらいかかったんじゃねえ?

 全部捨てたようなもんよね。

 はあ、もったいな。

 そう言うの考えると、うちなら帰れんわ。

 まあ言うても全部親が金とか出したんじゃろうけど。

 親に悪いよねえ。

 うちには出来んわあ」

家族と離れ、ゲン以外に親しい人もいない東京での暮らしは辛かったのかもしれない。

ちやほやしてくれる取り巻きの男たちも、新しく作るとなると時間がかかるだろう。

ゲンはきっと、相変わらず色んな女の子と遊んでいるだろう。

高校時代からずっと同じで、これから先も、ずっと変わらないだろう相手と一緒にいることに、紘美も疲れたのかもしれない。

先が見えないもんなあ。

何か野心や夢があって東京に出たわけでもないんだから、心も折れやすいだろう。

居心地のいい地元で癒されてくれればいいが。

ゲンの方はむしろ東京に出て、さらに派手に遊び出したのかもしれない。

東京には有名になりたくて整形でもなんでもするような子が大勢いるかもしれないから、由衣夏は身の回りが安全になったような気がした。

わざわざ整形を勧めに関西まで来ないだろう。

ユウは他には、ミミが学生結婚したことを教えてくれた。

お父さんの会社の知り合いの息子さんだそうだ。

マウントを取りたがるミミらしいな、と思った。

クラスメイトの誰よりも一番先に結婚したかっただけなんじゃないかな、と思ってしまった。

結婚式は会社関連と親族が大勢来て、友達は中学生の頃の子だけで、地元に住んでいる子しか招かなかったそうだ。

「ミミには連絡とっとらんの?

 由衣夏ちゃんのこと気にしとったけ、電話したげると喜ぶと思うよ」

まあ、電話くらいはしてもいいかもしれない。

そう言えば一度電話をもらって会おうと言う話になったが、仕事の予定が詰まっていて会えなかったのだ。

その時、仕事ばっかりでどうのこうのと文句を言われたことを思い出した。

一度は広島に会いに行かなきゃいけないかなあ。

その時、旦那さんの前で、どんな顔をすればいいのやら。

そう思うと、なかなか会いに行く気力が湧かなかった。



今でも、3桁や6桁のパスワードを使うとき、163、と指が動いてしまう。


ありがとう

わたしのところに、お嫁入りしてくれて。

あなたの優しさと、ユーモアを、わたしは一生忘れない。


163163








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163163 恋窪 花如 @youki-a

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