第23話 入社の条件

 水曜日に会社へ行くと、太田晃一と相田陽菜が出迎えてくれた。中川智之も少し遅れて到着し、会議室へ案内された。


「事業部を起ち上げることになったが、入社できるのか?」

 太田晃一は挨拶もそこそこに用件を切り出した。


「俺の出した条件を守ってくれて、非常勤ということなら、入社してもいい」

 中川智之は慎重に言葉を選びながら答えた。


「条件はなんだ?」

「地域デジタル通貨になるクーポンの発行とホームページ上で政府側と市民が双方向にやりとりできるシステムの構築だ」


「鬼谷さんは条件はある?」

 太田晃一はふみ子に視線を移動させた。

「私は中川さんが入社するなら、入社します。中川さんが非常勤ということなら、非常勤で入社します」

 ふみ子は中川智之の反応をうかがいながら小さな声で答えた。


「非常勤にこだわるのは、何か理由があるのか?」

 太田晃一は中川智之に体を向けて質問した。


「俺、農家だから、農地を手放して、会社員になるのはイヤなんだ」

 太田晃一は中川智之の答えに納得したようにうなづいた。


「非常勤の会社員になった場合の希望勤務日と賃金の希望は?」

「そうだなぁ、月水金の14時から18時までで、月15万、車で通うから、そのガソリン代を支給してもらいたい。もし、コンサルタント事業で利益が出たら、ボーナスを出してほしい」

 中川智之は顎を手でさわりながら、慎重に考えながら、自分の要求を口にした。


「鬼谷さんは?」

「私は、時給で1800円もらえればいいです」

 ふみ子は小さな声で答えた。


「鬼谷さんは農地があるわけじゃないから、フルタイムの正社員でいいだろう。中川さんの意向を汲んだ社員が長時間働いていれば、中川さんの理想のモデル事業に近づくことができるよ」

 太田晃一の意見に中川智之もうなづいた。


「うん。そうだよ。俺のことは気にしなくていい。今は自然農法の農産物の増大よりも、電子政府の立案のほうが優先度は高い。鬼谷さんはフルタイムの正社員になりなよ。会社から追い出されたら、俺か太田さんが雇ってあげられるから」

 

 ふみ子は中川智之と太田晃一に説得され、中川智之と農家の夢は諦めた。

「じゃぁ、正社員になります。待遇はお任せします」

 ふみ子は覚悟を決めて返事をした。


「じゃぁ、二人とも金曜日に書類を用意するから、鬼谷さんは9時に、中川さんは14時に出社してくれよな。じゃぁ、俺は報告があるから、あとは相田さんに任せる」

 太田晃一はそう言うと、会議室を出た。


「カフェに行こうよ。太田さんから、二人をカフェに連れて行くように言われているの」

 相田陽菜は二人を誘って、ビルの一階にあるカフェへ誘った。


 ふみ子は家に帰り、母と畠山由紀に正社員として入社すると伝えたら、母は泣いて喜んだ。畠山由紀も自分のことのように喜んでくれて、ふみ子も中川智之と農家は叶わなかったが、一緒に働けることに活路を見出そうとした。


 金曜日に出社すると、相田陽菜が出迎え、会議室に案内された。

「ふみ子のおかげで正社員の道筋がみえてきた。彼氏、給料が安いから、結婚しても働かないといけないんだ。ありがとう、ふみ子」

 相田陽菜はそう言いながら、ふみ子の肩を抱いた。


「私のおかげではないよ。先に協力してくれたのは陽菜ちゃんだし、実力だよ」

 ふみ子も相田陽菜の背中をポンポンと叩いた。


 太田晃一が書類を持ち、頭をかきながら会議室に入ってきた。

「事業部の起ち上げの話なんだけど、事業部じゃなくて企画第2グループという名称になって、俺は会社を辞めないで、そのグループマネージャーになることになった。電子政府の受注が決まったら、新会社を設立して、社長はその時にまた相談するという話になったから、よろしく。中川さんが来たら、また説明するからな」

 太田晃一の眼差しも口調も穏やかだった。


「中川さんの条件はクリアできたんですか?」

 ふみ子は疑問をはさんだ。


「うん。それで、俺がマネージャーになることになったんだ」

 ふみ子は顔を上げて、太田晃一の目をみた。


「それで、太田さんの夢はどうなるんですか?」

「俺の夢?新会社が設立できて、地域デジタル通貨が発行できるようになれば、賛同する農家や畜産家、飲食店が出てきて、それらをつなぐことができる。それができれば、すぐにじゃないけど、いずれ俺の夢も実現できる。地域デジタル通貨は多くの人の賛同によって実現可能なものなんだ。俺に任せろ」

 太田晃一は自分の胸を軽く叩いた。

 

 ふみ子は問い詰めたかったが、中川智之がツッコミを入れてくれることを期待して、それ以上は何も言わなかった。


 仕事の内容はふみ子は中川智之の補佐と開発部との連絡役。相田陽菜は太田晃一の秘書をする。待遇は派遣のときの月給と同じで、利益が出たら、ボーナスも支給される。営業部と開発部からも応援が来るが、当面、会議室を使い、新会社が設立できたら、ビルを借りることになると、太田晃一は説明した。


 午後、中川智之が出社すると、太田晃一は同じ説明をして、中川智之はふみ子の期待したツッコミはいれず、淡々と聞き、書類に署名をした。

「ニンニンにも、参加を促したいが、鬼谷さんと太田さんはどう思う?」

 中川智之は二人の顔を交互にみながら意見をきいた。


「いいんじゃないか、鬼谷さん、今日会ったら、聞いておいてくれ。開発からも応援を頼んでいるんだ。あいつ、履歴書みたら、かなりできるみたいなんだ」

 太田晃一は即座に賛成した。その反応をみて、ふみ子もうなづいた。


「わかりました。畠山さんの待遇はどうなるんでしょうか?」

「そうだなぁ。相談しないといけないな。今日、俺、鬼谷さんの家に行ってもいいかな?」




 







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