社内討議
第20話 畠山由紀が我が家に来る
「じゃぁ、俺たち帰るよ。2時に会議室の準備をして、待っているから、会社の前についたら電話してくれ。ニンニン、俺、食ったら、また眠くなった。ニンニン、履歴書渡して、ドライバーよろしく」
太田晃一は強制的に車のカギを畠山由紀に渡すと、ニンニンも鍵を受け取り、履歴書をカバンから取り出して、太田晃一に渡した。
「じゃぁ、またな。チャットで」
中川智之は手を左右に振り、別れの挨拶をした。
ふみ子は中川智之の視線が畠山由紀に注がれていることを見逃さなかった。
畠山由紀はふみ子のために助手席のドアを開けてから、運転席に乗り込んだ。
帰り道、ふみ子と畠山由紀は大食い選手権の話で盛り上がっていた。
後部座席でいびきをかきながら寝ていた太田晃一は上野駅の近くになると、目を覚ました。ふみ子と畠山由紀に送っていくよと言い出したが、畠山由紀はきっぱり、断った。ふみ子も遠慮しようと思ったが、話があると言われ、断れなくなった。
畠山由紀とふみ子は明日の夕飯の待ち合わせの確認をしてから、畠山由紀は車を降り、 太田晃一は後部座席から、運転席に乗り込んで、車を発進させた。
「相田さんをチームに入れようかと思うんだけど、どう思う?賛成?」
太田晃一は横目でふみ子の反応をうかがった。
「相田さんが入ってくれれば、百人力ですね。賛成です」
ふみ子は元気よく、返事をした。
「じゃぁ、そうしよう。月曜日にダイジンが来たら、次回の社内討議の打ち合わせをしよう。プリンタやパソコンの準備があるから、フミタンは1時に来てくれる?
勿論、ただ働きじゃないぜ。謝礼金と交通費の他に実働時間1時間につき、2000円払うみたいだぜ。」
ふみ子は中川智之と一緒に働けるし、実働時間もお金が出ると聞いて、笑顔になった。
「じゃぁ、1時に行きます。ところで、コウイチは社長と近しいんですか?御曹司という噂はきいたことがあるけど」
ふみ子はずっと疑問だったことを口にした。
「俺の祖父が、社長が起業するときに保証人になったんだ。今回の件がうまくいけば、今度は社長が俺の保証人になってくれるから、俺にお礼はしなくていいよ。自分のためでもあるから」
「やっぱり、御曹司だったんですね」
ふみ子は相田さんからきいた噂は本当のことで、だからこそ、高田常務をおいつめることができたんだと納得した。
「没落御曹司だな。祖父や親父は開業医だったけど、俺は落ちこぼれで、大学をやっと卒業したら、漫才師を目指したんだから。ずっと、両親の小言をきいて育ったから、なんで、俺、医者の家に生まれたんだって思っていたな。クレジットカードも作るなって言われているんだよ」
太田晃一は横目でふみ子の顔をみながら、頬をふくらませた。
「でも、立派なご両親がいて、うらやましいです。私の両親は離婚して、父とは音信不通です」
ふみ子は目を閉じ、寂しげにつぶやくように言った。
「そうだったんだ。それは俺が余計なことを言って、悪かった。月曜日に相田さんと待っているよ。もうそろそろ、南砂町だ」
「気にしてないから、大丈夫です。あっ!あのバス停の近くで降ろしてください。ここから、うちは近いんです。ありがとうございました」
ふみ子は礼を言い、車から降りて、笑顔で手を左右に振った。太田晃一も運転席で手を左右に振り、「バイバイ。月曜日ね」と言い、車を発進させた。
家に帰って、母と夕飯を食べているときを見計らって、畠山由紀という人が明日から夕飯を食べに我が家に来るという話をした。
「あなたの料理を食べてくれる人ができて、よかったじゃないの」
母はクスリと笑った。
母が笑ったのを見届けてから、7000円もらうという話も正直に打ち明けると、母はもっていた箸を置いた。
「お前という子は!友達から、なんで儲けようと思うの!私はそんな子に育てた憶えはないよ。トクをしようとおもうと、あとで、手痛いしっぺ返しがあるものなんだよ。なんで、そういうことがわからないの!」
ふみ子は畠山由紀がジェンダー認識に問題があって、一人では夕飯を食べないことと、お金をもらうのを断ったら、どうしてもと言われたことを説明し、小言の渦から逃げ出すように、風呂場へ駆け込んだ。
次の日、デニムジーンズに水色のシャツ姿の畠山由紀を母が出迎えた。
「う、麗しい人ね。こ、こんな人がふみ子と友達になってくれるなんてね。ふ、ふみ子の料理はお金をとれるものではないんですよ。ゆ、ゆっくりしていってくださいね」
母も畠山由紀の美しさに見惚れて、吃音のように言葉が途切れた。
「私は、パッチワークをしてから食べるから、残しておいてね」
母は微笑みをつくってから、ふみ子のほうを向いて言い、自分の部屋に籠った。
「ごめんね。お母さん、頭が固いんだ」
ふみ子がいい訳めいて謝罪すると、畠山由紀は頭を左右に振った。
「謝ることない。自分の意思で来たんだから。それより、グルメバトル選手権をみようよ」
ふみ子と畠山由紀はテレビのグルメバトル選手権をみながら、感想を述べ合い、楽しい時間を過ごした。
「お母さんはお金をとれるものじゃないって言っていたけど、僕が求めていたのは、こういう味だった」
ふみ子が「お世辞うまーい」と言うと、畠山由紀は「お世辞じゃないよ。本心だよ」と言う。ふみ子は、畠山由紀が男だったらよかったのに、と思っているが、恋愛感情ではないと自分で分析していた。そして、中川智之に対する自分の感情を抑えようとしているが、気になって仕方がなかった。その、やり場のない感情に気づいた時、ふぅーっとため息をついた。
「僕、迷惑?」
畠山由紀がふみ子の顔をのぞきながらきいた。
「ううん。迷惑じゃない。自分で落ち込んでいるだけ」
ふみ子は急いで笑顔を作り、言い訳した。
「僕、帰るよ。ごちそうさま。明日も来ていい?」
畠山由紀はふみ子の落ち込んでいる理由を聞き出そうとしなかった。
「ふみ子といつまでも友達でいてあげてください。明日もお待ちしていますから」
ふみ子の母が自分の部屋から出てきて、ふみ子の代わりに返事をした。
ふみ子が送っていこうとすると、畠山由紀はきっぱりと断った。
「僕、合気道をやっていたから大丈夫。お母さん、明日は一緒に食べましょう。僕、娘さんの人柄を気に入って、夕飯を食べに来ているだけです。それ以上の関係は望んでいません。お母さんが迷惑なら、もう来ませんから」
「迷惑なんて、あなたみたいにきれいな人がふみ子の友達なんて、びっくりしたもんだから。わかりました。明日は一緒に食べるから、明日も来てください」
母は畠山由紀の肩をポンと叩いて、微笑みをつくり、視線を合わせた。
畠山由紀が帰ると、母は無言で食事をして、畠山由紀に対して、ふみ子には何も言わなかった。
翌日、ふみ子は大忙しだった。午前中に買い物と食事の用意をして、電子政府の予備知識を得たいと思い、インターネットで調べたが、よくわからなかった。誰かにきかれたら正直にわからないと言おう、と覚悟を決めてから、家を出た。
道端にスノーフレークの小さな白い花をみつけた。その花に応援されているような感覚がして、スマホで写真をとってから、駅へと急いだ。
水天宮の駅で、太田晃一に電話をしたので、会社のロビーにつくと、太田晃一と相田陽菜が待っていてくれた。
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