中川家訪問
第17話 畠山由紀の運転
「チェッ。あーフミタンは助手席に座りなよ。隣でチーズせんべえ食べさせて」
畠山由紀は舌打ちすると、ふみ子のために助手席のドアを開けた。
ふみ子は言われるまま助手席に乗り込み、太田晃一は後部座席に乗り込んだ。
畠山由紀は運転席に乗り込むと、目の色が変わった。
「発進!」
大きな声で畠山由紀は叫び、エンジンをかけた。
畠山由紀はどんどん前の車を追い越していった。スピード狂であるらしい。
ふみ子は手すりにつかまり、怖くなった。
「もっと、ゆっくりでいいんじゃない」
ふみ子はおそるおそる畠山由紀の機嫌を損ねないような口調で言った。
「こわい?僕が運転すると、皆怖がって一緒に乗りたがらないんだ。そうか、フミタンも怖いのか」
「ウン。ちょっと」
ふみ子は小声でアピールした。
「わかった。速度を落とすよ」
畠山由紀は納得して、スピードを落とし、無理な追い越しはしなくなった。
「あっ、ありがとう」
ふみ子はとりあえず、礼を言った。
「そうそう、桃園の誓いをダイコンが言っていたけど、三国志は僕も好きなんだ。フミタンは三国志の中で、誰が好き?」
畠山由紀は話題をかえた。
「私はやっぱり、諸葛孔明だな」
畠山由紀は、なるほどとうなづいた。
「僕はね、賈詡が好きなんだ」
「かく?」
ふみ子はマイナーな登場人物が出てきたので、聞き返した。
「そう、賈詡、董卓、李傕、段煨、張繡に仕えた後、曹操の参謀になった人」
「ふーん。どうして、賈詡が好きなの?」
「その、助言に従った主は負けなしになるんだよ。李傕は呂布を敗走させたし、張繡は曹操を追い返し、当時有力だった袁紹に降伏するより、曹操に降伏したほうがよいと張繡に助言しているんだ。曹操に仕えたあとは、子供たちの縁談に有力者を選ばず、子孫は司馬氏の終焉まで活躍するんだ。未来が見えていたんだな」
ふみ子は、なんでも反対の畠山由紀が推す三国志の登場人物に興味がわいた。
「ふーん。そんなにすごい人なのか、こんど検索してみよう」
「動画投稿サイトに説明動画があるから、リンクを送ってあげるよ。そうそう、チーズせんべい食べさせて」
ふみ子は要求通り、畠山由紀の口の中にチーズせんべいを入れた。
「うーん、おいしい。フミタンも食べなよ。筑波って言っていたけど、筑波駅でいいのかな?フミタン、知っている?」
「知らない。コウイチ知っているかな?」
ふみ子は後部座席に目を向けると、太田晃一はよく眠っている。
「だめだ。寝てる」
ふみ子は太田晃一の寝顔を見て、きくのをあきらめた。
「起こしてやる!」
畠山由紀は言うなり、スピードを上げた。ふみ子は怖くなり、手すりにつかまり、文句は言わなかった。
車は急に減速して、路肩に駐車し、太田晃一の体が激しく揺れた。
「な、なんだ。じ、事故か?」
太田晃一は目を覚まし、辺りをキョロキョロと見回した。
「事故じゃない、起こしたんだよ。ダイコンとの待ち合わせ場所知っているのか?」
畠山由紀は振り返って、太田晃一にたずねた。
「ああ、うん」
太田晃一はコンビニで買ったコーヒーを一口飲んでから、スマホを取り出した。
「このメールに待ち合わせ場所が書いてあるから、もうちょっとだけ寝させて」
太田晃一はスマホを畠山由紀に渡すと、また眠り込んだ。
「真壁スーパーの駐車場かぁ。筑波って言っていたけど、桜川市なんだな」
畠山由紀はナビに入力しながらつぶやき、車を発進させた。
「ねえ、フミタン。ひとつ質問があるんだけど、きいていい?」
「うん。いいよ」
「フミタンはなんで、アンドロメダの議論帝国を開こうと思ったの?自分の部屋は有料だし、ずっと疑問だったんだ」
「それは、私は派遣社員だったし、友達も少なくて、何かに所属したいなぁと思っていたら、チャットにはまってね。チャットっていろんな人と話せるし、自分の部屋があれば管理人になれるからね」
ふみ子は自分の気持ちを正直に話した。
「政治や世界情勢に興味があったのかと思ってた。何か世界をアッと言わせるようなことをしたかったんじゃないの」
「うん。そうなりたかったけど、私じゃぁ無理だなぁ。ダイジンやニンニンならできるかもしれないけどね」
ふみ子は車窓に映る風景に視線をずらした。
「なれないこともないんじゃない。現にダイコンと僕の喧嘩をなだめていたのはフミタンだったじゃないか。そういう能力って貴重だよ。自分の意見を言う人はいっぱいいるけど、分かれた意見を一つにする人は少ないよ」
ふみ子はフフフと笑った。
「笑うところじゃなくて、自分を褒めるべきだよ。僕が変なことを言っても許してくれただろう。悪さをしている人を非難する人はいっぱいいるけど、許す人は少ないよ」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
ふみ子は車窓に向けた視線を畠山由紀の横顔に視線を移動させた。
ふみ子は自分で自分を能ナシだと評価していたが、貴重な能力という言葉をかけてくれた人はいなかった。
「強制退出させた人を恨むことなく、こうやって仲直りして、私たちはお互い、許しあい、尊重しあえる関係を築くことができたことを神様に感謝しなくちゃね」
ふみ子は自分の心の内を語った。
「うんうん。そうだね。僕、フミタンとリアルでも仲良くなれて嬉しいよ」
畠山由紀はうなづきながら、同意した。
「俺も、お前たちと仲良くなれて、嬉しいぞ」
太田晃一は目をこすり、よだれを拭きながら口をはさんだ。
「コウイチ、起きたか。もう、そろそろ待ち合わせ場所の真壁スーパーだよ」
畠山由紀はナビを確認しながら教えた。
「じゃぁ、ダイジンに電話しないとな。メールに書かれてある連絡先に電話して。俺、コーヒーを飲みたいから」
太田晃一はスマホのロックを解除すると、スマホをふみ子に渡した。
ふみ子は言われた通りに中川智之に電話すると、迎えに行くから、食べたいものを考えておいてくれとのことだった。その言葉を他の二人にも伝えた。
「フミタン、何が食べたい?僕、チキンが苦手なんだ。マトン売っているかなぁ。僕、マトンカレーが好きなんだ」
「マトンカレーか。いいね。私はエビ以外は大丈夫」
「エビ?コウイチは苦手なものある?」
「俺は刺身がだめだなぁ」
太田晃一はコーヒーを飲み干しながら答えた。
「じゃぁ、海鮮以外なら大丈夫だね」
ふみ子は後ろを振り返って確認した。
太田晃一は親指と人差し指でマルをつくった。
「マトンが売っていなかったら豚でもいい?」
ふみ子は畠山由紀の横顔に視線を移動させた。
「うん。豚でも大丈夫。チキンでなければ。あっ、もう、真壁スーパーだ」
畠山由紀は真壁スーパーの駐車場に車を停めた。
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