第16話 地域デジタル通貨

 太田晃一はチャットに入ると、アンドロメダ、エスパー911、スカイスナイパーに電子政府や高田常務をはめたことをメインボードで話さないように、ささやきメッセージボックスで、口止めした。


 エスパー911は電子政府の話を口止めされたので、地域デジタル通貨について、話題をかえた。ベーシックインカムが現実的でないとすれば、それにかわるものは地域デジタル通貨が考えられる。その試みによって、皆が最低限度の生活を維持できるようになるのではないか、と提案した。例をあげると、近所の一人暮らしの老人や障碍者の買い物や家事、子育て支援などをできる範囲でボランティア活動をすると、地域で使えるクーポンを受け取れる。介護を必要としない元気な高齢者、子育てが一段落した主婦、失業するなどして一時的に仕事ができないなどといった人達に社会参加を促そうというものである。


 いつもは反対意見ばかり書き込むスカイスナイパーは、この意見には賛成もしないが、反対ということも書き込まなかった。

「私、この意見、良いと思います。社会から締め出された人をつくらない、皆が主役になれる意見だと思います」

 アンドロメダのアバターは親指を立てて、賛成を表明した。


「もし、そんな社会が実現できたら、理想郷になれるなぁ」

 大黒天のアバターもズタ袋を振って、賛成した。


「でも、俺、ITは得意じゃないんだ。チャットくらいならできるけど・・・」

 エスパー911のアバターは悔しそうに泣いた。


「俺、それを解決できるかもしれない。ITに得意な友人がいる」

 大黒天のアバターはエスパー911のアバターに近づき、慰めた。


「大黒天は財政省にも友人がいて、ITに得意な友人もいる。大黒天の正体は?」

 スノーホワイトのアバターが顎に手を載せ、首を傾けた。


「大黒天の正体は福の神です」

 エスパー911が大黒天の代わりに返答した。


 ふみ子はこの間、ドギマギしていた。スノーホワイトは何か知っている。ブルーマウスが名前をかえているにしては、おかしい気もする。誰なんだろう?

「スノーホワイトの正体は?」

 大黒天のアバターが拳を頭上に振り上げた。


「私はあなたを知っている。大黒天」

 スノーホワイトが魔術師にように手を回すと、挨拶もしないで、さっさと退出した。


「追い出す?」

 アンドロメダのアバターはメインボードで皆の意見をきいた。


「いや、スパイがいたほうが相手の状態がわかるから、追い出さなくていいよ」

 大黒天のアバターは人差し指を立てて、横に振った。

 アンドロメダは別れの挨拶をして、チャットルームを閉じた。


 そして、寝る前に相田さんにメールを書いた。自分のしたことを恥じて、連絡をしなかったことを詫び、いつか機会があったら、ご飯を食べに行きましょうという、ごく簡単なメールなのだが、言葉を選ぶのに苦労して、時間がかかり、母との約束の12時前に寝るという約束を守れず、次の日に、母から小言を聞かされて、うんざりした。


 翌週の土曜日、ふみ子待望の中川家訪問の日が来て、服を選ぶのにもハミングをしながら、頭の中は妄想であふれていた。ふみ子はワンピースを選びたかったが、ダイジンは農家だから、ダメだと思い返し、ありふれた紺と白のボーダーのニットにデニムという、平凡なファッションにした。


 東京組のふみ子、畠山由紀、太田晃一は上野駅で待ち合わせて、太田晃一の車で中川家のある筑波に行こうということになった。太田晃一は、ふみ子に畠山由紀と待ち合わせの時刻より20分早く来てほしいと、事前に伝えていた。


 上野駅でふみ子が待っていると、後ろに気配があり、振り返ろうとすると、青いTシャツにチノパン姿の太田晃一が立っていた。


「脅かそうとおもったのに、気づかれちゃった」

太田晃一は笑いながらも、残念そうに口をまげた。


「高田常務を半分追い出すのに成功したよ」

太田晃一は真面目な顔になり、話を切り出した。


「半分追い出すって、クビになったんですか?」

ふみ子は顔を上げて、太田晃一と視線を合わせた。


「クビというかね、協力会社へ部長として、出向することになった。降格」

「出向?」

ふみ子は不満げな声をあげた。


「そう、社長が高田常務の舅に相談したら、高田常務は奥さんと奥さんのご両親の前で土下座して謝って、二度と不倫はしないし、奥さんの面倒は自分がみると宣言したんだって。それで、奥さんも高田常務を許して、離婚はしないことになったんだ。でも、そのとばっちりを食ったのが、黒田課長と青野さんで、二人は自主退職することになった。二人とも、体を張って、高田常務に協力しただけなのになぁ」

 

ふみ子はうなづくことしかできなかったので、話題をかえた。


「スノーホワイトって誰だとおもいますか?」

「うーん。誰だろう?青野さんが名前をかえているのかもしれないし、他の誰かかもしれないし、様子をみよう。コンビニへおやつを買いに行こうよ。筑波は遠いからね」


 ふみ子は承諾して、太田晃一とコンビニへ行き、おやつと飲み物を買った。


 駅に戻ると畠山由紀が待っていた。

 今日はネクタイを締めておらず、カジュアルなカーキー色を基調としたファッションである。胸も出ており、腰は細く、足も長く、身長も170センチくらいで、モデルのようである。この姿からは、ケーキを頬いっぱいに詰め込んでいる姿は想像できない。本人が気づいてないだけで、男の人からモテるのではないかと、ふみ子は考えている。


「あー。フミタン、コウイチ、待っていたよー。それ、何?おやつ?」

 畠山由紀はめざとく、太田晃一の持っているビニール袋の中身をのぞいた。


「あー!これ、僕の好きなチーズせんべい。車の中で食べていい?」

 畠山由紀はビニール袋からチーズせんべいをみつけだし、手に取った。


「ダメ!お前が運転しろ。俺、起業の準備で寝ていないんだ。お前は今日、履歴書持って来たか?雇ってやるから、ドライバーを兼任しろ」

 太田晃一は言うなり、車のカギを畠山由紀に渡した。




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