第15話 セクハラの代償

「甥っ子、あなたも成長したわね。本当に会社を辞めるの?兄さんには相談したの?もったいないじゃない」

 赤池雅美は優しい微笑みを浮かべて、太田晃一のほうを向いた。


「親父にはまだ言ってない。俺は高田常務とは違う。自分の力を試してみたい」

 太田晃一は気勢よく、宣言するように言った。


「そうだな。他人の力を借りようと思うと、想定外の方向に向かってしまうからな。今回の件で、お前を会社にいれてよかったと思えることができた。銀行から金を借りる時があれば、相談してくれ。100億はむりだが、お前のおじいさんが俺に用立てた2000万と今回の件を上乗せした金額なら、保証人になってやろう。お前の道を行け」

 赤池社長は太田晃一の背中を軽く叩いた。


「さぁ。今日はごちそうを用意したから、食べていきなさい。高田常務夫妻は残念だったけどね」

 赤池雅美はウインクをして、夫と甥に食べるようにうながした。


「そうだ、近いうちに川田君もランチに誘いたいんだが、先方に予定をきいてくれないか?」

 赤池社長の目が光り、ニヤリとした。


「いやだなぁ。川田は財政省事務官だけど、何の決定権もない奴ですよ。高田常務が会ったのは俺が雇ったバイトですよ」

 社長夫妻はアハハと大笑いした。


「まぁ、電子政府が実現するとなれば、大きな利権になる。高田常務に新会社を任せられないが、準備は必要だ。お前の知っている電子政府の未来について、今日はゆっくり語ろう」


 太田晃一は、電子政府によって、税金の納付額や家族構成などが一元化できるため、公務員の数を減らすことができるし、細かい支援ができるようになり、また国民に広く意見を求めることができるメリットもあるが、一部の有力企業が国を乗っ取ることもできるようになるかもしれないというデメリットもあると、アンドロメダの議論帝国で議論されていると話した。


「うん。そうだな、そういう危険はあるし、国民の理解を得るにも難しいかもしれないな。社内の開発担当者に討議させてみよう。お前も会社を辞める前に参加してくれ。その結果によって、新しい事業部を設置するかどうか、理事会で決めることにしよう」

 赤池社長は首筋を手で叩きながら、会社の方針を模索した。


「ところで、青野さんと黒田さんを会社に残してもいいと思うかね」

 赤池社長は太田晃一と視線を合わせて、意見を求めた。


「高田常務と接触しないなら、残してもいいでしょう」

 太田晃一は慎重に言葉を選んだ。


「誓約書を書かせるか・・・高田君のことはこれからも注視してくれ。腹いせに何をするかわからん。相田さんだっけ、今回協力してくれた派遣社員にも、何をするかわからんからな」


「そうですね。許されないことをしましたが、なるべく穏便にすませましょう。退職金はどうしますか?」

 太田晃一はふみ子の復讐をしてやりたかった自分の気持ちをなんとか抑えた。


「そうだなぁ。懲戒免職だから、出さなくてもいいが、無一文で放り出すと社内の内情も知っているし、何をするかわからん。華菜さんのお父さんと相談してみよう。華菜さんはガンだから、華菜さんの面倒をみれば、高田君もバカなことはしないだろう。あんな、高田君のような男でも、華菜さんが惚れて結婚したわけだからな」


 太田晃一は相田陽菜が「お姫様みたいに扱ってくれる」と言っていたのを思い出した。


「僕、ごちそうを頂いたので、これで失礼します」

 太田晃一がいとまごいをすると、赤池雅美が待ったをかけた。


「甥っ子、残ったものを詰めるから、少し待ってて。一人暮らしじゃ食事のバランスが悪くなるでしょ」


 赤池雅美は惣菜を保存容器に手早く詰め込んで太田晃一に持たせた。

「ありがとう、叔母さん。また、来ます」


 太田晃一は玄関で、社長夫妻に手を振った。

「ああ、また、おいで」

 社長夫妻も玄関まで見送りに来た。



 太田晃一は自宅に帰り、パソコンあけて、ふみ子にメールを送信した。


 ふみ子はアンドロメダの議論帝国でチャットをしていたが、太田晃一からメールを受信すると、チャットは離席して、メールを確認した。内容は高田常務の新会社設立の野望を打ち砕いたことと、相田さんがふみ子に会いたがっているということだった。


 ふみ子は溜飲が下がる思いがしたが、メールには青野さんや黒田さんのことは書かれてなかったが、二人のことを考えると、かわいそうになり、喜びは今一つだった。ありがとうございました、というお礼と相田さんには世話になっておきながら、自分のしたことが恥ずかしくて、メールの返事も冷たいものになっていたことを反省していて、近いうちに相田さんに自分から連絡して会おうと思っている、と返信し、チャットに戻った。


 チャットにはブルーマウスはいなかったが、スノーホワイトという白雪姫のアバターが初登場していた。ブルーマウスと同じで挨拶はするが、自分からは積極的に話しかけなかった。ふみ子はブルーマウスが名前をかえているのかもと思った。


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