新たな門出の誘い

第13話 4人の誓い

「共同体か、ロシアや中国のような官僚制独裁国家のようになるんじゃないか。一人一人違う意見をまとめるにはAIでは無理だ」

 畠山由紀はゲップをこらえながら言った。

「そのための共同体。皆を支配しようとするのではなく、尊重しあえる共同体だったらいいと思います」

 ふみ子も自分の意見を言った。


「うん。政治家や官僚が幸せを与えてくれると思わないで、自分から行動するのは勇気がいるけど、俺はそのアソシエーションに電子政府よりも未来を感じる。まぁ、電子政府も将来必要になるとは思うが、運用するのは人間だ。俺もダイジンのアソシエーションに何かしら役割を果たすことができればいいと思う」

 太田晃一も真面目な顔で中川智之のアソシエーションに協力することを申し出た。

「僕も、君たちとなら、自分も何かできるんじゃないかと思い始めた」

 畠山由紀も真剣な表情になり、うなづいた。


「よし、桃園の誓いだ。桃も酒もないが、コーヒーカップで誓おう。目の前にあるドリンクを飲み干してくれ」

 中川智之は自分のコーヒーカップを持ち上げると、他の皆も持ち上げた。

「乾杯!」

 皆ドリンクの入っているカップをカチンと当てて、飲み干した。


「桃園の誓いなんて、三国志みたいだね」

 畠山由紀は笑いながら言った。

「そう!今、人類は岐路に立たされている。このまま消費を拡大して、気候変動に耐えられるわけない。社会主義は失敗したが、資本主義も失敗するんじゃないかと思っている。今の時代は三国志と同じようにカオスのなかにいる。君たちと誓いができて嬉しいよ。一人じゃアイデアがあっても何もできない」

 中川智之は自分の言葉に酔いながら言った。


「私も皆と誓いができて嬉しい」

 ふみ子は心からそう思い、賛成した。

「俺も同志ができて、嬉しいよ」

 太田晃一は親指を立てて、同意した。

「僕も」

 畠山由紀は太田晃一の立った親指をつかんで、自分の親指を立てて同意した。

 ふみ子も畠山由紀の親指をつかんで、自分の親指を立てた。中川智之もふみ子の親指をつかむと、皆で笑いあった。


「じゃぁ、シナリオの通りにチャットを進めるのは明日の夜、ブルーマウスが来たら始めよう」

 太田晃一は皆に確認した。

「OK。またチャットでな。俺は帰る。茨城は遠い」

 中川智之はそう言ってから、帰り支度を始めると、他の3人も帰り支度を始めた。


「バイバイ。また、チャットでね。楽しかったよ」

 畠山由紀はふみ子の肩を抱きながら言った。


「お前、どさくさにまぎれてセクハラするな」

 中川智之は畠山由紀をふみ子から離した。

「大丈夫です。気にしてないから」

 ふみ子は笑顔で言った。

「そうか、気をつけろよ。また、チャットでな」

 中川智之はそう言い終わると、駅に向かって歩き始めた。


「俺、車だから、送っていこうか」

 太田晃一はふみ子と畠山由紀にきいた。

「大丈夫です。電車で帰ります」

 ふみ子は笑顔を作って、辞退した。

「家、どこ?僕も電車だから、途中まで一緒に帰ろうよ。大丈夫、つけたりしないから」

 畠山由紀はふみ子を誘い、太田晃一にバイバイと手を振った。


 ふみ子も太田晃一に手を振り、会釈した。

 太田晃一もつられて会釈して、駐車場へ向かった。


 畠山由紀は本郷にアパートを借りているという。じゃぁ、茅場町まで一緒に帰ろうということになった。

「強制退出、解除してくれてありがとう」

 畠山由紀は電車の中で礼を言った。

「私のほうこそ、ごめんなさい。ニンニンのこと、ある人のことだと誤解していたの」

 ふみ子は素直に謝った。

「その、ある人って高田常務っていうひとのこと?」

 畠山由紀は心配そうにふみ子の顔色をうかがった。


「うん。でも、もう過去のことだし、忘れようと思ったけれど、私の他にも被害者がいるってきいて、太田さんの話に乗ったの」

 ふみ子は畠山由紀と視線を合わせた。


「そうだよ、泣き寝入りは加害者のためにもならないよ。どんどん悪さがエスカレートするからさ。僕も協力するから、前を向いて、新しい人生を踏み出せよ」

 畠山由紀はふみ子の背中をポンポンと軽く叩いた。


「僕、家でも職場でも僕を理解してくれる人がまったくいないというわけじゃないけど、少ないんだ。でも、だからといって僕を嫌いな人を全員嫌っていたら、世界が狭くなるだろう。だから自分に嫌いな人を作らないって言い聞かせているんだ。悪口を言いたい奴には言わせておけ、でも、僕は君のことを嫌いじゃないってね」

 畠山由紀は言い終わるとふみ子の手をそっと包んだ。


 ふみ子はその手に温かさを感じた。そして、畠山由紀は確かにちょっとヘンではあるが、信頼できる人だと確信した。

「私、これから新しい人生を始める。多くの人を尊重できる心の広い人になる」

 ふみ子はそう言うと、畠山由紀の手を握り返した。


「そう、そうだよ、僕は天邪鬼だけど、僕のことも尊重してね」

 畠山由紀は下唇を突き出した。

 その顔にふみ子は笑い、畠山由紀もつられて笑った。





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