第10話 甘い誘い

 月曜日になると太田晃一は相田陽菜をラウンジに誘って、高田常務とどう接触するか相談した。

「社長の秘密を知っているっていうのはどう?」

 相田陽菜はいたずらっぽく笑った。


「よし、それでいこう。脱税について知っている。でも、うまくひっぱっていかないとダメだけど、大丈夫?」

 太田晃一はうなづきながら、相田陽菜と視線をあわせた。

「うん、ホテルできわどくなったら、それを言い出そう」

 相田陽菜は首を縦に振った。


「じゃぁ、この書類、俺から頼まれたといって、高田常務に渡してきてくれ、きっと食いつくから」

 太田晃一は親指を立てた。

「オッケー!」

 相田陽菜はさっそうと企画の高田常務のもとへと行った。


「これ、太田さんから預かってきました」

 高田常務は相田陽菜から書類を受け取り、パラパラと書類をめくると、顔色をかえ、青野真央に会議室の予約をさせた。


「悪いけど、ちょっと会議室へ来てくれないか」

「はい、わかりました」

 相田陽菜はこっそり、スマホの録音機能をONにして、会議室へ入った。


「太田君から渡された書類のことなんだが、君、なにか知っているの?」

 高田常務は相田陽菜をまじまじとみつめた。

「ええ。まぁ。でも、ここでは言えません」

 相田陽菜は視線をずらした。


「ふーん。君、僕の同志にならない?」

「同志?」

 相田陽菜は目をパチパチさせた。


「そう、同志。今週の金曜日の夜、あいている?」

 高田常務は下から相田陽菜の顔をのぞいた。

「うーん。どうしようかなぁ」

 相田陽菜は迷うそぶりをみせた。


「贈り物をしてあげるし、ごちそうもしてあげる。みてくれ、この財布」

 高田常務は札束がつまった財布の中身を相田陽菜にみせた。

「お金持ちなんですねー。贈り物ってなんですか」

 相田陽菜は上目遣いに高田常務をみた。


「ネックレスと指輪はどう?」

 高田常務は相田陽菜のあごを人差し指でもちあげた。

「うーん。ブランド物のバッグがいいな」

 相田陽菜は高田常務の人差し指をみながら要求した。


「よし、わかった。バッグだね。何色がいい?」

「白い色がいいなぁ」

「白ね、8時にウェルシ―ホテルのロビーで待っているよ」

 高田常務は相田陽菜の手を握った。


「手を握らないでください。私、誤解をしてしまいそう」

 相田陽菜は手を振りほどき、うつむいた。

「誤解?僕の気持ちを表現しただけだ」

 高田常務は笑いながら言った。


「気持ち?私に気があるんですか?」

 相田陽菜は甘ったれた声で高田常務の胸を人差し指でつついた。

「気がなければ、バッグを贈らないよ」

 高田常務は相田陽菜の肩を抱いた。


「じゃぁ、私、これで失礼します」

 相田陽菜は高田常務から離れ、会釈した。

「ああ、これ、僕のプライベートのメールアドレス。来れなくなったら、ここへ連絡してくれ」

 相田陽菜はメールアドレスが書かれたメモを受け取り、会議室を出た後で、スマホの録音データを太田晃一に送信した。


 金曜日の8時10分前に相田陽菜はウェルシーホテルのトイレで襟の裏に盗聴マイクをつけた。近くのコンビニの駐車場には太田晃一の車があって、盗聴用の器材をセットしていた。

「聞こえる?」

 相田陽菜はマイクのテストをした。

 太田晃一はスマホで「OK」と送信した。


 相田陽菜はスマホで確認すると、ロビーで高田常務を待った。

 約束の時間ピッタリに高田常務は現れた。


「待った?」

 高田常務は紙袋を相田陽菜に渡した。

「私も今来たところです」

 相田陽菜は笑顔で紙袋を受け取った。


「ありがとうございます。本当にくれるとは思ってなかったです」

「いや、いいんだよ。魅力的な女の子にプレゼントできるのは男にとって誇らしいものだ」

 高田常務は笑いながら言った。

「魅力的な女の子って誰のことですか?」

 相田陽菜は上目遣いに高田常務をみた。

「君のことだよ」

 高田常務は相田陽菜の顎を人差し指で自分の顔に引き寄せた。


「そんなことされると、わたし誤解してしまいます。奥様に悪いですよ」

 相田陽菜は高田常務の人差し指から顔をそむけた。

「妻のことは気にしなくていい。アイツはガンで、何度も手術していて、夜の生活はないんだ。さぁ、レストランに行こう」

 高田常務は相田陽菜の手を自分の腕に巻きつけた。

「わぁ、こんな風に腕を組んで歩いているとカップルみたいですね」

 相田陽菜は声を張りあげ、微笑みをつくった。


「そうだね。僕たちはカップルだ」

 高田常務は相田陽菜につられて、微笑んだ。

 レストランにつくと、高田常務は相田陽菜のために椅子をひいた。


「椅子まで引いてくれるんですか。高田常務は女の子をお姫様みたいに扱ってくれるんですね。奥様は幸せですね」

「妻は実際、お姫様なんだ。世間知らずで僕に八つ当たりばかりするが、僕は妻を捨てられないんだ。もう妻の話はしないでくれ」

 高田常務は顔をそむけた。


 相田陽菜は手で口をポンポンと叩いた。

 ウェイターがメニューを持ってくると、高田常務はおススメのメニューを聞き出し、スマートにオーダーした。

「高田常務はいつもこういうところでお食事をなさっているんですか?」

 相田陽菜は話題をかえ、笑顔をつくり、上目遣いで高田常務をみた。


「いや、いつもじゃないよ。大事なゲストを接待するときに使っているんだ。ところで、太田君からの書類だが、君はなにか知っているの?」

 相田陽菜はほおづえをつき、高田常務と視線をあわせた。


「知っていたら、何かくれるんですか?」

「僕に話してくれたら、僕のつくる新会社にコンサルタントとして正社員で雇ってあげる」

 高田常務はワイングラスを相田陽菜のワイングラスにカチンとあてた。


「うーん。それだけじゃなぁ。私、派遣社員って気に入っているんです。好きな時に辞められるし・・・」

 相田陽菜はワインを飲みながら、高田常務の反応をうかがった。


「じゃぁ、君の好きなだけ、一時金をやる」

「一時金っていくらですか?」

「百万でどうだろうか」

 高田常務は相田陽菜の手を握った。


「百万で会社の機密を漏らしたら、損害賠償されるでしょう」

 相田陽菜は手を振りほどいた。

「まぁな。では君の知っている事情はそれだけ大きいのか」

 高田常務は眉をあげ、ニヤリと笑った。


「そうです。でも、言えません」

「君、僕のパートナーにならない?」

「パートナー?」

 相田陽菜は運ばれてきた料理を頬いっぱいに詰め込んで、目をパチパチさせた。


「そう。パートナー。君は僕を彼氏の代役にして、君は僕から毎月50万の収入を得るというのは?」

「彼氏の代役って愛人ということですか?」

 相田陽菜は口いっぱいに詰め込んだ料理にむせかえりながらきいた。


「そう、そうかもしれない。僕は妻とは離婚できない。でも、君を生涯のパートナーにすることを約束しよう」

「うーん。その件はよく考えます。社長の脱税の件は・・・」

 相田陽菜はここまで言うと、自分の口をポンポンと叩いた。その様子に高田常務の目がキラリと光り、ワインを勧めた。


「最上階にバーがある。お酒もおごるよ」

 高田常務は会計をすませ、相田陽菜の手を自分の腕にまきつけた。

「わぁ、またカップルみたいに腕を組んだ。ところで、スタンフォード大学の電子政府の立案で有名な人、ご存知ですか?」

 相田陽菜はロレツがまわらなくなってきた。


「うん。アンドリュースミスのことか?君もそのことを知っているのか?」

「鬼谷さん、そのアンドリュースミスから直接指導を受けた官僚と仲がいいのは知っていますか?」

 相田陽菜は高田常務の腕をひっぱりながらきいた。


「冗談はよせ。その官僚は誰だ?」

 高田常務は顔色をかえて、問いただした。

「幼馴染らしいですよ。財務省事務官だか、首相秘書官なのか・・・

 あ、ところで私は失礼します。お酒がまわってきちゃったので」

 高田常務は離れようとする相田陽菜の手をとった。


「詳しく、話を聞きたいのだが、時間をとってくれないか」

 相田陽菜は手を振りほどき、ホテルを出て、太田晃一が待っているコンビニの駐車場へ向かった。











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