第3章 逆転のシナリオ

第8話 再会

 4月の新緑の深まる頃、太田晃一からメールが届いた。内容は高田常務と関係のあった女性社員は他にもいて、これ以上被害者を出さないためにも会って話をききたい。金曜日の7時に銀座で待ち合わせをしたいのだが時間をつくってほしいとのことだった。

 ふみ子は迷ったので、すぐに結論を出さず、一日よく考えた。被害者をださないためという文言が気になり、自分以外にも被害者がいるという話なら、会って話をするのもいいかもしれないという結論になり、行きますという内容のメールを送信した。すぐに返信がきて、数寄屋橋で待ち合わせをすることになった。


 約束の日、10分前に到着すると、太田晃一はボストンバッグを持って待っていた。

「お待たせしました。待ちました?」

「いや、俺も今、きたところ。これからウェルシ―ホテルの喫茶店に行かないか。みせたいものがあるから。別にへんなことをかんがえているわけじゃないよ。俺は高田常務とは違う人間だから」

 太田晃一は愛嬌のある笑顔を浮かべ、スタスタとホテルにむかった。


 ウェルシ―ホテルの喫茶店はロビーの脇にあり、ロビーからはみえないようになっていた。太田晃一はコーヒー、ふみ子はミルクティをオーダーした。

「今、静かに暮らしているのにいやなこと思い出させて悪いけど、これ以上被害者を出さないためなんだ。理解してくれると嬉しいんだが」

 太田晃一は話を切り出した。


「私以外にも被害者がいるんですか?」

「うん。俺の知る限り、今現在も二人いるんだ。鬼谷さんの他にもね。これから、そのうちの一人がロビーに来る。待っている間、少し話そう」

 太田晃一は親指と人差し指で自分のあごをさわった。

「探偵太田晃一、行きまーす」

 ふみ子はその様子をみて、思わず笑ってしまった。

「鬼谷さん、笑ってくれたね」

 太田晃一は満足気にうなずいた。

「はい、久しぶりに笑いました」

「そうか、そうか、俺は毎日一回は笑うって決めているんだよ」

「面白いことがなかった日はどうするんですか?」

「そういう時は鏡に自分のヘンな顔を映して笑う」

 ふみ子はまた笑った。

「また笑ったね。そうそう、その調子・・・。ところで、嫌なこと思い出させるけど、高田常務と最初にやりとりしたのは高田常務からなんだろう」

「はい。最初はチャットだったと・・・私の管理しているメタチャットの部屋に高田常務が来ていたらしいんですけど、私には誰なのかわかりませんでした」

 ふみ子はうつむいた。

「そのチャットに俺も招待してほしいんだけど、いいかな」

「今は休止しているんです」

「そのチャットルーム、どんな話をしているの?」

「雑談とたまに電子政府とか政治の話もしています」

 太田晃一は指をパキッと鳴らした。


「電子政府!そうか、そういう話をしているからアイツは興味を持ったんだな。その電子政府について議論している人で高田常務だと思われる人はいないの?」

「一人そうだと思い込んだ人がいたんですけど、ジェンダー認識に障害がある人だったんです。高田常務がそういうことを自分でいうはずないし、もう一人は自分の考えを高らかに表明する人で高田常務とは話し方が違うような気がして・・・チャットには無言でいるだけの人もいるから・・・」

 ふみ子は顔を上げたが、太田晃一と視線をあわせられなかった。


「じゃぁ、わからないということか・・・」

 太田晃一は腕を組んで、ため息をついた。

「はい、私にはわからないです」

 太田晃一は自分の腕時計をみて、ボストンバッグから小さなビデオカメラを取り出した。

「もうそろそろ、被害者があらわれるから、ロビーをみていて」

 ふみ子がロビーをみると、青野真央があらわれた。

 ふみ子はあっと声をあげそうになり、あわてて口を手で押さえた。そして、青野真央の敵意に満ちた眼差しを思い出した。あれは嫉妬心からだったのかと妙に納得した。


 5分ほどすると高田常務があらわれ、二人は腕を組んで、エレベーターホールにむかった。太田晃一はその様子をビデオカメラで撮影した。

「俺、わからないなぁ。青野さんほどのひとがなんであんな奴に利用されているんだろう」

 太田晃一は頭を左右に振った。

「私のように写真をとられているんだと思います」

 ふみ子は覚悟を決めて言った。

「写真?まさかアイツ写真を撮って脅しているの?」

 太田晃一は驚いて声が大きくなった。

「青野さんの場合はどうかわかりませんけど、私の場合はそうでした」

 ふみ子は小声になり、うつむいた。

「俺、さっき鬼谷さんの他にも被害者が二人いるって言っただろう。もう一人は人事の黒田さんなんだ」

「人事課長の黒田さんですか?」

 ふみ子は驚いて顔を上げた。


 太田晃一は青野真央と黒田彩のこれまでの経緯について話し始めた。

 黒田彩は高田常務のもとで正社員として働いていた。青野真央は派遣社員として働いていたが、黒田彩の推薦で正社員になり、それまでの黒田彩の仕事を引き継ぎ、黒田彩は人事部に移動になり、現在は人事課長になった。付け加えると、高田常務は生え抜きの男性社員からは警戒されており、権力を掌握できず、限界を感じて、独立しようと画策していることを知った社長は高田常務を探らせている、と説明した。


「私、青野さんが太田さんに愛想がいいということと、御曹司だという話は知ってました」

 ふみ子はさぐるように太田晃一と視線をあわせた。


「俺?御曹司?俺は御曹司じゃないぞ、クレジットカード持ってないし・・・」

 太田晃一は頭をかいた。

「ところで、直接、話をききたいということになったら、証言できる?高田常務の奥さんというのは政財界で幅広く人脈をもっているから、高田常務の奥さんと高田常務を仲たがいさせないと、高田常務を追い出すのは難しいから社長もアイツは野放しだったんだ。女性社員が狙われているのにね。相田さんに手伝ってもらおうと思っているんだ」

「証言のはなしはいいとして、相田さんが危険なんじゃないですか」

 ふみ子は相田陽菜に自分のことで迷惑がかかるのではないかと心配になった。



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