第6話 通院の日々


 目が覚めると母が心配そうな目でふみ子をみていた。

「今日は仕事休み?夜になっても目を覚まさないから、あと1時間待ってみて救急車を呼ぼうと思ったけど、起きてよかった。安心したよ」

 ふみ子は自分の頬に涙が伝わるのを感じた。

「お母さん、私、会社辞めさせられたの。不倫したって噂を流されて・・・狐の像をよこせって言われたの。拒否したら、不倫したって・・・」

 ふみ子は顔を布団で隠した。

 正直に全部話せたらどんなにいいだろう。でも、母のショックを考えると、全部話せず、布団の中で泣いた。

「それで、お酒でも飲みすぎたの?ずっと寝ていたじゃない」

「薬を一週間分飲んだの。全部」

「薬?薬って薬局で買ったの?」

「ううん。心療内科の医者に処方してもらったの。最近、よく眠れなかったから」

 母は布団の上から、ポンポンと軽く手で叩いた。

「そう、明日、お母さんと一緒にその医者の所にもう一度行こう。お母さん休みをとるから」

「大丈夫だよ、一人で。健康保険証もないしね」

「何言っているの。あなたがそこまで悩んでいるなんて、お母さん気づかなかった。私は悪い母親だよ。明日、付き添っていくよ」

「予約が必要なんだよ」

 ふみ子は布団をはねのけて、起き上がった。

「じゃぁ、明日の朝予約してから一緒に行こう。夕飯の支度するから待っててね」

 母はそれ以上責めたてず、夕飯の支度にとりかかった。


 翌朝、母の言うように、予約をして、母と一緒にクリニックに行った。

 医者にもう二度と薬を飲みすぎないこととデイケアに毎日通うことを誓わされ、母は別室でスタッフと面談した。

 梅がきれいな季節なので、帰りに亀戸天神にお参りに行った。私は二度と母に心配かけないと神に誓った。

「お昼どうしようか?お蕎麦でいい?」

 母は微笑みを浮かべ、私の顔色をうかがった。

「うん。お母さんの好きなものでいいよ。今まで、親孝行できなかった。これから、お母さんに心配かけないようにするね」

「そう、あなたが元気でいることが何よりもありがたいよ。じゃぁ、お蕎麦屋さんに入ろう」

 お蕎麦屋さんに入ると、お母さんはせいろそば、私はとろろそばをたのんだ。

「お母さん、再就職先が決まるまで、私が夕飯を作るよ。これから、孝行娘になる」

「そうだね、そうしてくれると助かるよ。次の就職先が決まるまで、家にお金いれなくていいからね。食費として月に4万円だしてあげる。それでやりくりしなさい」

「うん、じゃぁ、今日からね。今日はトマトチーズ鍋ね」

「また、おかしなものを作って。まぁ、スタッフからしばらく厳しくしないでくださいと言われているから、あなたの好きなものを作りなさい。余った食費でおこずかいにしなさい」

 母はうなずきながら微笑みを浮かべた。

 ふみ子はその微笑みに安心感を抱いた。私には私のために必死になってくれる人がいるという確信がもてた。

「一週間3500円献立というのがあるから参考にする」

 ふみ子も母につられて微笑みを浮かべた。

「あ、そうそう。クリニックには毎日いくんだよ。あと、先生の許可がでるまでは仕事を探すんじゃないよ」

 母もふみ子の笑顔をみて、いまなら釘をさしてもいいだろうと思ったらしい。


 母とはお蕎麦屋さんで別れ、ふみ子は錦糸町のスーパーで買い物をしてから一人で帰った。家に帰ると、パソコンを開けて、自分を変態だと名乗るスカイスナイパーをメタチャットのふみ子が管理してある部屋から除名した。スカイスナイパーが高田常務だと思ったからだ。そして、掲示板にルーム休止のお知らせを載せた。体調不良ということにしておいた。


 夕食のときに、母に再度、毎日デイケアに行くことと、薬を処方通りに飲むことを約束させられた。その日は薬のせいか、泣いたからか、久しぶりによく眠れた。


 デイケアに毎日参加することになったが、自分からは話しかけられず、長くデイケアにいられなかったので、午前中だけ参加することにした。おにぎりを買って、公園で食べ、自分の人生の問いをたてた。これから、どう生きるべきか?仕事は?その問いをたてたとき作家という文字が頭をよぎり、図書館に行った。


 「400文字からはじめよう」というタイトルの本を読み、実際に自分で書いてみることにした。そして、母との約束である夕飯の献立集として、3500円献立を借りてみようと検索機で検索したら、40人待ちだった。あきらめて本屋に寄って買った。

 3500円というのは底値で、近所のスーパーではその値段では売ってなかった。でも、好きなものを好きなだけ買うよりはましかと思い、本に書かれてある通りに買ったら5000円位だった。かぼちゃコロッケと鳥団子の中華スープ、小松菜のお浸しを作り、手際が悪く2時間かかった。母は「よくできました」と微笑みながらほめてくれた。ふみ子は母の微笑みにつられて微笑んだ。


 夕食が終わるとふみ子はテレビはみないで、自室にこもり、パソコンをあけた。

 スカイスナイパーからメッセージが届いていた。内容は、自分は女性だが、男性だと思っている。冗談のつもりで自分を変態だと自己紹介していたけど、それがあなたを不愉快にさせていたとは気づかず申し訳ないことをした。ルームも休止するということで、もし、自分のせいで体調が悪くなってしまっていたらごめんなさい。自分にとってあのルームは有益な議論の場であるので、もし、体調が復活したら、またあのルームをたちあげてほしいというものだった。

 ふみ子はこのメッセージをみて高田常務のものではないと確信した。エスパーではなさそうだし、高田常務は誰だろう。議論には参加しない人もいるし、誰かはわからなかった。ふみ子はスカイスナイパーの除名を解除し、あなたなりの事情があったとは知らず、こちらこそごめんなさい。除名は取り消します。いつの日かルームを再開することがあったら、また遊びに来てくださいと返信した。


 相田陽菜と太田晃一からもメールが届いた。社内で高田常務の調査をしているという内容だった。ふみ子は返信するか迷ったが、今は静かに暮らしたいと二人に返信した。


 次の日、派遣会社から離職票などの書類が届いて、健康保険証がつくることができた。病院のスタッフに相談したら、自立支援という制度があって、申請すると安く病院に通院できるとのことで、金銭的な不安から解消された。そして、デイケアでも自分から話すようになった。小説を書くという夢は頓挫し、図書館に行っても、書くというよりは読むほうになった。2か月するとデイケアでも本心を語り合う友人もできて元気を取り戻した。


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