第2章 星を数える

第5話 占い師

 ふみ子はすぐに帰宅すると、母に心配かけるので、上野をブラつくことにした。

 ちょうど、上村松園の展覧会が目にはいったので、会場に行ってみることにした。

 ふみ子は「花筐」と題される、継体天皇に捨てられ錯乱した女の絵のまえで立ち止まった。祖母の話では、ふみ子の先祖の親族ということになる。祖母の話が本当のことなのかは確信はないが、今、自分が同じような運命をたどっている。自分は人生をたてなおすことはできるのだろうかと問いかけたが、答えは出ず、大声を張りあげたいという衝動が出てきたので、会場を出た。噴水の脇に座り、ペットボトルのお茶を飲んで、自分を落ち着かせていると、携帯のメール着信音が鳴った。相田陽菜からだった。

 メールの内容は、太田さんから連絡先を教えてくれと頼まれ、メールアドレスを教えたことと、錦糸公園にある稲荷神社の近くによく当たるという占い師がいるから行ってみたほうがよい、とのことだった。ふみ子は「心配しないでね」と返信した。

 日が暮れ、地下鉄に乗ると、「その不眠なおします」という心療内科の広告が目に入った。高田常務と関係をもってから、安眠できた日は一日もなかった。ふみ子はスマホに電話番号を登録した。今日も眠れなかったら、診察を受けようと思ったのだ。

 次の日、会社に行くフリをして、公園で時間を潰した。昨夜は予想通り眠れなかったので、昨日スマホに登録した心療内科に電話すると、つながらなかった。仕方ないので、スマホのマップ機能で心療内科を調べると、錦糸町にミドリクリニックというのがあり、そこに電話すると、11時半なら時間をつくることができますとのことだった。ふみ子は健康保険が切れていることを思い出したが、行ってみることにした。

 錦糸町をブラブラしていると、相田さんのメールを思い出したので、錦糸公園の占い師を時間つぶしに使ってみようと思った。

 白い作務衣に紫の羽織を着た白髪染めしていないおばあさんをみかけた。その人が占い師のようである。

「私を占ってください」

 ふみ子は勇気をだして話しかけた。

「10分3千円。前払いだよ」

 占い師はしわがれた声で答えた。

 ふみ子は3千円をテーブルの上においた。

「生年月日と名前をここに書いてくれ」

 占い師は半紙と筆ペンを渡した。ふみ子は言われた通りに生年月日と名前を書いた。

「あー。あんたは今、天劫の真っただ中にいるね。でも、あんたには珍しい流星流転の星もあるから、この天劫を乗り切れるかもしれない。夜、星を数えている間に流れ星をみかけたら、その流れ星はあんたに福をもたらすよ」

「天劫ってなんですか?」

「天劫とは天が与える試練のことだよ」

「では、流星流転っていうのはどういうことですか?」

「生々流転って知っているかい?」

「知らないです。」

「生々流転というのはすべてのものは絶えず生まれては変化し、移り変わっていくことだよ。流星流転というのは、その変化が流星によってもたらされることで、この星を持つ人は天から与えられる試練を自分の努力と流星がもたらす運気で克服できるんだよ。夜空を見上げ、星を数えている間に流れ星をみかけたら、それが、運気の変わり目だよ。でも、あんたの天劫はなかなかやっかいだし、流れ星をみても、努力しないと克服できないよ。さぁ、これで、私の話すことは終わりだ」

 占い師は月と仙人が描かれた木彫りの版画をふみ子の生年月日と名前が書かれた半紙に刷り、「月下仙帝、この者に福を与えよ、チャンドゥディビー」とつぶやき、半紙をふみ子に渡した。

「これをお守りにすれば、天からの加護があるよ」

 占い師は微笑みを向けた。

「ありがとうございます」

 ふみ子は釈然としなかった。ふみ子の不運は流れ星と自分の努力で変えられるかもしれないが、何をどう努力すればいいのかわからなかった。やはり、病院で薬を処方してもらって、まず寝ようと思った。


「予約した鬼谷ふみ子と申します。健康保険証がないんですが、診察を受けられますか?」

 ふみ子はおそるおそるミドリクリニックの受付事務員にきいた。

「健康保険証がないと、全額自己負担になりますが、それでもいいですか?」

 受付事務員は愛想よく微笑んだ。

「構いません」

「では、こちらへどうぞ。かけてお待ち下さい」

 受付事務員はふみ子を小さい部屋へ案内した。少し待っていると感じの良いふみ子の年齢とあまり変わらない女性スタッフが入ってきた。

「私は精神保健福祉士の貝原と申します」

 生い立ちやここへ来るきっかけとなった経緯をきかれた。

 両親が幼い頃に離婚したことや、不倫したと噂を流され、会社をやめて不眠になったと泣きながら説明した。裸の写真や高田常務との関係は話さなかった。

 スタッフの貝原はふみ子の言うことを否定せず、忍耐強くきいてくれた。

 次に医師の診察があり、午後からデイケアがあるから参加してみてはどうかと勧められた。ちょうど、時間をもてあましているので、参加すると返事した。

 デイケアでは簡単に自己紹介をした。この人は本当に心を病んでいる人なのかと思う人もいるが、自分のペースでしか話せない人もいて、ふみ子は自分から話しかけるのはやめようと思った。デイケアメニューはイラストでふみ子は狐のイラストを描いた。3時にメニューは終わり、会計すると2万円近くとられた。薬局でも1万円近くとられた。まっすぐ家には帰らず、占い師の言うように、星を数えるために荒川土手に向かった。夕日の美しさは目に入らず、自分の今後が不安だった。日が暮れて、星を数えること1時間、流れ星はみつからなかった。自分はダメな人間なんだと自己嫌悪に陥り、川に飛び込んで死のうかと思ったが、死にきれず、溺れそこなり、濡れた体で帰ると恥ずかしいかもとか、死ぬ勇気すらないのかと心の中で自分が分裂し、母が葬式で泣く姿を想像したら、やっぱり、川には飛び込めなかった。

 家に帰ると、夕飯は食べず、母とも口をきかず、クリニックで描いたイラストを自分の部屋に貼り、薬を飲んだが、30分しても眠れなかった。全部飲んでしまおう、そして、永遠の眠りにつこうと思い、一週間分全部飲んだ。

 意識が薄れていくとき、自分で描いたイラストの狐の目が赤く光った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る