第4話 ばかげた提案

 チャットで高田常務を探しているものの、誰という確証はもてずに、木曜日になった。夕方、また益田マネージャーに呼び止められ、高田常務へ資料の受け渡しに行くと、青野真央から軽蔑しきったまなざしを向けられ、高田常務との関係を知っているのかな?と不安になった。高田常務はふみ子に気が付くと、青野真央に会議室の予約をさせた。

「鬼谷さん、その書類をもって、会議室に来てくれ」

「はい」

 ふみ子は高田常務のあとを追って会議室に入った。

 会議室で二人きりになると、高田常務はふみ子の手を握った。

「先週、話したこと考えてくれた?」

「はい、やっぱり、奥様のいる方とは・・・」

 ふみ子が断ろうとするのを察知した高田常務はふみ子の手の甲にキスをした。

「妻のことは気にしなくていい。僕、電子政府に興味があるんだ。コンサルタント会社を立ち上げて、君をその新会社に正社員として招きたいんだが、この話はどう思う?」

 ふみ子は顔を上げて、高田常務と視線をあわせた。

「いいお話だと思いますけど、よく、考えます」

 ふみ子の中で、不倫の罪悪感よりも、自分の新しい道への希望が勝った。

「じゃぁ、明日、またウェルシ―ホテルのロビーで8時に待っているから来てくれるね」

「はい、わかりました」

「ネックレス、気に入らない?つけてほしいな。贈ったほうの気持ちとしては」

 高田常務はふみ子の耳元でささやいた。

「あ、ありがとうございました。もったいなくて・・・明日、8時に行きます」

 ふみ子は急いで礼を言い、会釈して、書類を渡した。

「うん。自席に戻っていいよ」

 高田常務は笑顔になり、会議室のドアを開けた。

 ふみ子の罪悪感は吹き飛んで、退勤すると、もらったアメジストに似合うような淡いピンクのワンピースを買った。

 金曜日の夕方、仕事を早く片付けて、また30分前にホテルのロビーについた。

 8時ピッタリに高田常務は小さな紙袋を手に現れた。

「これは、君へのプレゼント。恥ずかしいから部屋のなかで開けてくれ。今日の食事はルームサービスでいいね。君に大事な話があるんだ」

 高田常務は紙袋をふみ子に渡すと、また、前回のようにふみ子の手を自分の腕にまわし、部屋までエスコートした。

 高田常務はふみ子をベッドに座らせた。

「さぁ、包みをあけて、それを着てくれないか」

 ふみ子が包みをあけると、すけすけの赤いセクシーランジェリーだった。

 ふみ子は当惑の顔を高田常務に投げかけた。

「君、メタチャットで電子政府について議論しているだろう。君なら新しい時代のコンサルタントになれるんじゃないかと思っている。でもね、チャンスをつかむには他の人ができないことをする覚悟が必要なんだ。僕は机上の理論に振り回されない覚悟を見極めたいんだ。それを着れば、僕と君は一蓮托生で、君は僕を裏切れないだろう。さぁ、君の覚悟を見せてくれ」

 ふみ子は落ち着いて考えれば、この提案がばかげていることに気がついたかもしれないが、断ることができずに、セクシーランジェリーを身に着けた。

 高田常務はその様子を小さなデジカメで撮影した。

 撮影が終わると、高田常務はふみ子をベッドに押し倒した。ふみ子は高田常務の要求に応えた。でも、今回は抱かれながら涙が出てきた。

「君は泣き顔もいいね。僕が君を幸せにするから、僕の言うことをきくんだ」

 高田常務はふみ子の体液を吸い、ふみ子の体はとけた。

 房時が終わると、ルームサービスのワインとパスタが運ばれてきた。

「サルーテ!イタリア語で乾杯という意味だ」

 高田常務は陽気にグラスを上げた。

「サルーテ」

 ふみ子は小声で高田常務にあわせた。

「君に僕の願いをかなえてほしいんだが、きいてくれる?」

 高田常務はふみ子と視線をあわせた。

「なんでしょう?」

「狐の像を僕に捧げてくれないか」

 高田常務はふみ子の手の甲にキスをした。

「僕、チャンスが欲しいんだ。狐の像には何か力が宿っていると思う。実力だけでは人生に勝ち抜けない。運が必要なんだ。継体天皇も平家も時代が大きくかわっただろう。今は変革の時代だ。僕、なんとしても、電子政府を実現させたいんだ。電子政府で世界は大きくかわる。君はどう思う?」

 ふみ子がうつむくと、高田常務はふみ子の頭をなでた。

「捧げたいのはやまやまですが、祠の下に埋めてあって、その祠は伯父が管理しているんです」

 高田常務はふみ子のあごを持ち上げ、視線をあわせた。

「君、コンサルタントになりたくないの?」

「なりたいですけど、無理です」

 ふみ子は声が震えた。

 高田常務はカメラに写っている下着姿のふみ子の写真をみせた。

「社内報にこの写真がのったらどうする?」

「私は派遣社員です。辞めるまでです」

 ふみ子は声が震えていても、ひるまなかった。

「月曜日の8時まで、考える時間をやる。気が変わったらメールをくれ。僕のアドレスは知っているね」

「私、失礼します」

 ふみ子は逃げるようにホテルを飛び出した。

 週末、ふみ子は迷った。不倫で正社員になるか、やめるか。それに狐を掘り出すには伯父の許可がいるし、夜中、忍び込むにも勇気がいる。チャットで高田常務は誰なのかは結局わからずじまいだった。よく考えても結論は出ず、メールも送らなかった。寝ようとしても、寝付けなかった。

 月曜日、出勤すると、益田マネージャーに会議室に呼ばれた。

「鬼谷さん、高田常務とはどういう関係?」

 益田マネージャーはニヤニヤしながらふみ子の顔をみた。

「何の関係もありません」

 ふみ子は小声で答えた。

「本当?正社員にしてくれとせまったらしいじゃない。メールで裸の写真を添付したときいたよ」

「私、そんなことしてません!」

 ふみ子は声を張りあげた。

「君は知らないかもしれないが、高田常務の奥さんは政財界で有名なかたのお嬢さんなんだよ。君をこの会社においておくわけにはいかないよ」

「はい。やめます」

 ふみ子は抵抗しても無駄だとおもい、あきらめた。

 裸の写真は撮られたのに、送りつけたことになっているのも、愕然とした。

「今日、これから、帰ってくれ。派遣会社にはこちらの都合でやめてもらいましたと言っておくからね」

「はい」

 ふみ子は自席に戻り、帰り支度をした。

 相田陽菜と太田晃一の心配そうな視線には気づかなかった。


 太田晃一はふみ子が帰ると、最上階に行った。社長室前に座っている秘書は太田晃一をみると、社長室に通した。10分ほどして、社長室をでると、相田陽菜をラウンジに誘った。




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