おまけ
◆プレゼント
もうすぐイル様の誕生日。
光栄なことに、スノウとして誕生日パーティーに招かれた。
楽しみでならないけど、私はすごく悩んでいた。
「イル様に何を贈ろう……」
せっかく堂々とプレゼントできるいい機会だ。
イル様をあっといわせ、イル様に喜んでもらえる物をお贈りしたいが、気合が入りすぎて決まらない。
マロンに相談したら「猫グッズなら何でも喜ぶわよ」という回答をもらったが、実質私へのプレゼントになってしまうので贈りづらい。
三日三晩悩んでも解決しないので、私はとうとうローズ菓子店にやってきた本人に尋ねた。
「フロッタンテさん、何かお誕生日に欲しい物ってありませんか?」
「気持ちだけで十分だよ。
パーティーに来てくれるだけで十分。
僕のために時間を使ってくれるだけで嬉しいから、気にしないで」
くっ、きっとそういうと思ったけど!
「よくお世話になっているので、この機会にぜひ何かしたいんです。
何か私にできることはないですか?」
お店のカウンターから身を乗り出して申し出る。
すると、イル様はちょっと言いにくそうにしながら、口を開いた。
「それじゃあ――」
数日後、イル様の誕生日。
パーティー会場である、イル様のお屋敷の一室。
マロンが両手を握って歓喜の雄たけびを上げた。
「きゃーっ! すっごく可愛いわ、スノウちゃん!
お姫様みたい。ううん、お姫様よりキレイ! 美人! 妖精さん!
神が作りたもうた芸術よ! 目の保養過ぎるわーっ!」
マロンが感嘆符をふんだんに使用して私を褒めてくれる。
鏡をのぞきこむと、そうしたくなるのも納得の美少女がいた。
ぱっちりとした紫色の瞳に、化粧をせずとも美しい白く透明感のある肌。
ふんわりとした雪色の髪に、ほっそりとした手足。
レースや刺繍がたっぷりの薄紫色のワンピースが、はかなげな容姿にこの上なく似合っている。
うわあ……圧倒的違和感。
これが自分の姿だとは一年経っても信じられない。
しかも着飾っている今はよけいに。
「イル、あなたの見立て最高よ。グッジョブ!」
「僕の見立てなんて。スノウさんなら何を着ても似合うよ」
ごっふ!
推しからこの褒め言葉……死ねる。
「ごめんね、スノウさん。
誕生日パーティーで、僕が選んだドレスを着て欲しいだなんて厚かましいことを頼んで」
「いえ、私にできることならなんでも、といったのはこっちですし。
パーティーに着て来れる服なんて持っていなかったので助かります」
私は小部屋を見回した。
壁一面に色んなドレスや服がずらりと並んでいる。
帽子や靴やアクセサリーも山ほどそろっている。
今すぐブティックを開けそうな規模の品数だ。
「すごいですね、こんなに。いつもゲスト用に用意してあるんですか?」
「ううん、ちがうんだ。これはシュガーのためのものなんだ。
もしシュガーが人間だったらスノウさんみたいな美少女に違いないって妄想に取り憑かれたら、買い物が止まらなくて。
気づいたらこんなに買ってしまっていたんだ」
私は目を点にした。
「買ったからには、本人に着てもらいたくて仕方なくなって――で、スノウさんにあんなお願いをしたわけなんだけど。
ごめんね、本当。飼い主バカで。呆れるでしょ?」
「いえそんな! お力になれて光栄です。
あの、どうぞ今日は私をシュガーさんだと思って下さい」
「ありがとう。じゃあ、シュガーって呼んでもいい?」
「はい!」
事情を知らない第三者から見たら、他人様の飼い猫の代わりになるってどんなプレイだ、とツッコみたくなる状況だが。
ここには当事者と事情を知っている第三者しかいないので、何の問題提起もなく事が続行された。
人はこれを茶番劇と呼ぶ。
「シュガーは何色が好きなの?」
「赤色です」
「いいね、赤か。ネックレスはこっちのハートのルビーがいいかな?」
「……身につけるなら、青がいいです」
「どうして?」
「フロッタンテさん――いえ、イル様の目の色だから」
イル様がふらりとよろめき、マロンにもたれかかった。
「どうしよう、マロン。僕の飼い猫、中身まで神がかり的にかわいい」
「仕方ないわよ、イル。シュガーちゃんは神様によってこの世に遣わされた天使だもの。当たり前よ」
「そうだね。この世の摂理だよね」
イル様は私に涙型をしたサファイアのネックレスをつけて下さった。
「よく似合ってるよ、シュガー。かわいいね。
なでてもいい?」
返事に詰まった。
人間姿で頭撫でられるとか。
口から心臓が飛び出しかねない。
いや、でも今は猫。人間姿だけど猫。
自分からそういったんだから役目を全うしなくちゃ。
私はうなずいた。
「気持ちいい、シュガー?」
「にゃ……にゃあ」
鳴いて、イル様の手に額を押し付ける。
イル様はまたマロンにもたれかかった。
「どうしよう、マロン。これスノウさんのファンに刺されそう」
「イル、しっかりして。やっと妄想が現実になっているのに。
あなた、このくらいで満足していていいの?」
「叱ってくれてありがとう、マロン。
僕はまだやりたいことがあったよ」
イル様は背筋を伸ばして私の前に立たれた。
今でも結構いっぱいいっぱいなんですけど。
この上、まだ何があるのですか――!?
「いつもそばにいてくれてありがとう、シュガー。
君がきてくれた日から、僕はずっと幸せだよ」
抱きしめられた。
それから頬にキスされた。
もちろん私は卒倒した。
なんていうか、イル様への誕生日プレゼントになるつもりが。
私の方が一生分のプレゼントを頂いた気がした。
◆ロマンスは突然に
イル様の誕生日パーティーが始まった。
「ジンジャーさんも招かれていたんですね!」
「社長の猫を助けた恩があるでな。
手ぶらでいいからご飯食べにくるつもりで来てって誘われたんや。
今日は遠慮なく食うでー」
「ジンジャーさんもいて良かったです。
こういう場所って経験ないので不安で」
「心配せんでも大丈夫やろ。
みーんなスノウはんに興味津々やでな。
男連中のワイへの視線が痛い痛い」
「だからですよ!
……苦手なんですよ、そういうの」
「スノウはん、頼りにしてくれんのは嬉しいけどな」
突然、ジンジャーに壁ドンされた。
「ワイかて男やで?」
「……」
「ははは、ウソウソ。逃げんでええよ。
ワイも周り知らんやつばっかやでな、そばにスノウはんおった方が落ち着くわ」
「驚かさないでくださいよ!」
……うわあああ、ドキドキしたあ。
◆ジェラシー
とある休日の午前。
イル様と猫の私がいつも通りローズ菓子店のテラス席でくつろいでいると、ケイン君がやって来た。
「フロッタンテさん、本ありがとうございました。
それで、これ。いつも本を貸していただいているお礼に」
「お礼なんて。気にしなくていいのに」
「手作りで、全然たいしたものじゃないんですけど。
フロッタンテさん、こういうの好きかなって思って。
シュガーの毛で作った尻尾キーホルダーです」
イル様はたっぷり五秒間、行動を停止なさった。
「え……何これ、最高だよ! ありがとう!
すごいいい、すごくいいよ、これ。
うわ、ふわっふわっ。サラサラ。シュガーの尻尾そっくり。
って、シュガーの毛でできているから当たり前だよね。
そっか、先週シュガーをブラッシングしてくれたのはこのためだったんだね。
ものすごく嬉しい。何よりの贈り物だよ。カバンにつけて毎日持ち歩くよ。
離れてる間もシュガーのことが身近に感じられるものが欲しいと思っていたんだ。
残業の時とか出張の時とかこれを見て癒されるよ」
「えへへ、そんなに喜んでもらえて。嬉しいです」
「よかったら、うちに遊びに来ない?
次の本、選びたいでしょ?」
「いいんですか?」
「ぜひ。もう本当……ありがとう。
こんな素敵なものを作ってくれて。一生恩に着るよ」
イル様はとてもとても感激し、キーホルダーには頬ずりせんばかり、ケイン君にはハグせんばかりの勢いだった。
もちろんイル様のこれらの行動は、私への愛があってのことなのだが。
イル様がこんなにテンション高く喜びを全面にあらわにすることは珍しいというか、私の知っている限り初めてで。
私はキーホルダーとケイン君にちょっぴり嫉妬の念が沸き起こったのだった。
好きという心はフクザツだ。
◆告白
ローズ菓子店の店長になって半年くらい経過したとある日のこと。
「スノウ、今度の休み」
「行きません」
「早いな」
「いいですか、大尉。あなたが毎週毎週そうやって誘うせいで、私の体がどうなったか、わかります?」
「どうなったんだ?」
「想像つきませんか? 見てわかりません? 責任とって頂きたいくらいですよ?」
「……わからんな。どうなったんだ?」
「毎度ケーキをいくつも食べて、たまにお酒まで飲んでるんですよ?
これだけ食べてたら、もう意味するところは明らかじゃないですか」
「以前より更に健康になった?」
「ちがいます! ……ったんです」
「なんて?」
「……太ったんです。三キロも」
「前が細すぎたからいいんじゃないか?」
「よくないです。スカートのウェストがキツキツですよ。どうしてくれるんですか!」
「新しいのを買いに行くか」
「どんな責任の取り方ですか!」
「分かった。今回はケーキ屋に誘わない」
「分かって頂けて光栄です」
「今度の休みは公園に集合だ」
「なんでそうなるんですか」
「責任取って痩せさせる。目方が元に戻るまで|新兵訓練(ブートキャンプ)だ、シュガー一等兵」
「嫌ーっ!」
「ところでお前も責任取ってもらえるか?」
「私が? 何かしました?」
「俺のせいで食べる量が増えたとか、スカートがきついとか、責任取れとかいうから。
あらぬ誤解が振りまかれているんだが」
「スノウ、産休は――」
喫茶のマスターが遠慮がちに尋ねてくる
私は店中にデブを暴露するという致死量の辱めを受けることになった。
転生したら推しの飼い猫だった サモト @samoto
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