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愛が重い夫と、それに気づかない転生妻

本編にぶち込めなかったネタ & 表に出すには半端な話。


*寝言

「ミシェル、私が寝言でつぶやいてた名前は犬の名前だから。心配しないでね」
「犬だったんですか、クリスって」

「正確には栗之助だけど、なじみの名前だからクリスって聞こえたのね。
 朝いつも起こしに来てくれる良い子だったの、私の顔なめてーー」

 ニナは「ん?」と首を傾げた。
 寝ぼけてかつての愛犬の名前をつぶやく状況を考える。

「ミシェル」
「なんですか?」

 私の顔なめてないよね、とは。
 怖くて聞けなかった。


*堕ちる(ミシェル視点。結婚前)

 大丈夫。

 だって自分は人の紹介で結婚するのだから。
 父に結婚しろと命じられて探しただけの相手なのだから。
 父のように熱烈に惚れて何度も口説いて結婚するわけではないのだから。

「ニナです。今日はお招き頂きありがとうございます。私もご一緒させていただきます」

 知り合いの司祭に連れられてやってきたのは、ごく普通の女の子だった。
 背丈は高くも低くもなく、太っても痩せてもいない。肌つやがよく健康そうで、質素で清潔感のある身なりが好ましかった。

 大地を思わせる茶色い髪と目。目が大きめのせいかリスのような小動物を連想した。
 取り立てて美人ではないけれど、かわいらしい。安心感がある。そんな子だ。

 どんな性格かは、大まかなことはすでに知っている。
 仕事の関係でよく出入りしていた教会に、彼女は子供の頃からよく通ってきていたから。

 熱心に奉仕活動をしていた。同年代の子供たちが怠けて遊んでしまっているときでも、一人黙々と作業していた。
 何事にも一生懸命な姿が頭の片隅に残っていた。

 数えるほどのことながら、話したこともある。
 母を亡くした自分への言葉が忘れられない。変わっているけれど優しい子だな、と思った。
 彼女の努力が報われて欲しかったので、チャリティーバザーで売れ残っている彼女の商品を買ったこともある。

 近しいわけではないけれど、見慣れた存在。
 いつからか庭に生えて、自分の見る風景に溶け込んでいた親しみの湧く木。
 それがニナだった。

 だから結婚相手を相談した司祭に勧められたとき、ごく自然にあの子ならいいかと思えた。
 生まれは伯爵家の三女。子供だと思っていたらもう十六歳だ。身分も年齢も釣り合いが取れていてちょうどいい。

 安易といえば安易だけれど、このくらいの気軽さで決めてしまった方が、きっと自分にはいいのだ。
 選びに選んで決めた相手では執着しかねない。
 自分は父のようにはならない。なりたくない。
 だから彼女でいい、いや、彼女がいいのだ。

「さあ、座って座って。空いているのは――ミシェルの前だね。どうぞ」

 今日は司祭が親しい信者を招いて開く晩餐会。
 という体で開かれた自分とニナのお見合いだ。
 ニナは事情を知らされていないので、正確には見合いともいえないが。

 自分としてはさっさとニナの家に縁談を申し込むつもりだったのだが、司祭は慎重だった。とにかく一度本人と会って話してみてからにしよう、と主張された。

 ちなみにニナ以外の参加者は全員、真の主旨を了解している。
 私の前の席が空いているのは偶然でなく、わざと。
 ニナは緊張して気づいていないが、周りが私たちの一挙手一投足にほほえましく注目しているのが感じられる。

 まるで見世物だと思うが、事情を把握してもらっているのは助かる。
 みんな気を利かせて、ニナと私が盛り上がるよう適当な話題を振ってくれた。

 おかげでニナのプロフィールがだいぶ分かった。家族構成や好きな物、嫌いな物、趣味、特技、苦手なこと、子供の頃の思い出など。

 ニナが語ったことと同じくらい、私も自分のことを晩餐の席で明かした。

 私たちは顔見知りから知人になった。
 緊張していたニナは、終わる頃には打ち解けた態度で接してくれるようになった。

 思った通り。彼女でまちがいなかった。
 自分を飾ることも強がることもなく、自然体で話すことができた。
 向かい合って座っていると、今まで自分たちはずっとそうしてきていた気がしたし、これからもずっとそうして行くような気がした。

「家までお送りします」

 晩餐会がお開きになったとき、私は無意識に彼女の腕を取った。
 ニナは驚いていた。はっとして、すぐに手をはなした。
 手を差し出すのではなく、一方的に体に触ったのはぶしつけだった。

 幸いニナは私の無礼を軽く流して、ありがとうございます、と誘いを受けてくれたが。

「ずいぶん気に入ったようだね、強引だ」

 一部始終を見ていた司祭が満面の笑みで、楽しそうにいってくる。

 背中に冷たい刃を当てられたような気がした。

 違う。自分がニナに持っている気持ちは素朴なものだ。
 親しい隣人にむける愛であって、恋や男女の愛ではない。

「姿だけは昔から見ているので、何だか他人の気がしなくて」

 笑って、司祭のうがった視線を受け流す。
 司祭は少しつまらなさそうにした。
 世俗とはなれた聖職についていても他人の色恋ごとに興味は尽きないらしい。

「それで、どうする? よければ私が仲人になって話を進めるけれど」
「彼女に決めましたよ。司祭様のおっしゃるように良い子ですね」

 またうがった見方をされないよう、当たり障りなくニナを褒めた。

 無意識に彼女をつかんでしまった右手を見つめる。

 大丈夫。
 大丈夫だ。――これくらい。

*****

 このあと大丈夫大丈夫これくらい、がどんどんエスカレートしてめでたく闇堕ち。からの本編で完堕ち。二人のなれそめ話でした。


 以上です。供養したくて長くなりました。

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