51.To be continued ?


 四月。

 いつものように開店前に通りを掃いていると、ケイン君がやってきた。


「おはよう、スノウ店長」

「おはよう、ケイン君。店長はやめて。スノウでいいよ」

「慣れなくちゃ。今日からマロンお姉ちゃんに代わって、スノウが店長なんでしょ?」


 その通り。

 私の代わりに地球へ帰っていったマロンは、ローズ菓子店を私にたくしていった。


 私はお菓子作りなんてできないから、と断ったけど、押し切られた。

 マロンはお店のために、自分が大事にしていたレシピノートを残していった。

 それを読めるのは私しかいない。

 なので、私が店長に任命されてしまったのだ。


「マロンお姉ちゃんの代わりに入った職人さんは、どう? 上手?」

「とっても上手だよ。さすがは元キルシュ菓子店の菓子職人だよ」


 店内では、話題の菓子職人さんが、ショーケースにケーキをならべていた。

 年初にローズ菓子店にスパイに来ていた、あの女性の菓子職人さんだ。


「あの人、マロンお姉ちゃんに悪いことをした張本人じゃなかったっけ?」

「世間ではそういわれているけど、実際は、彼女もキルシュ菓子店の店長の指示で動いていただけみたいよ。やらないとクビにするって、脅されたみたい」


 トカゲのシッポ切りで、事件後、彼女はキルシュ菓子店をクビになっていた。

 本人にとっては気の毒なことだけれど、私たちにとってはありがたいことだった。

 私たちはマロンに代わる優秀な職人を探していたからだ。


 うちの店に来てくれないかと誘うと、自分でいいのか、ととまどわれたけど、断りはされなかった。こっちがいいというと、うなずいてくれた。


 三月中、彼女はみっちりマロンからレシピを学び、ローズ菓子店のお菓子作りをおぼえてくれ、今こうして働いてくれている。

 『打倒・キルシュ菓子店』に燃えていて、やる気のあるいい職人さんだ。


「スノウ。これ、お祝いのお花。一本だけだけど」

「ありがとう!」


 ケイン君がくれたのは、お店のトレードマークである赤いバラの花だ。

 さっそく店頭に飾らせてもらった。

 開店後まもなく、ジンジャーからはお酒を渡される。


「おはようさん。今日から店長やな。気張らずがんばりや。これは就任祝い」

「ご丁寧にありがとうございます」


「にしても、急やったなあ、マロンはん。突然、旅に出るなんていいはって。

 結局、どこに行ったん? 遠いところとだけいっとったけど、スノウはんなら知っとるんちゃう?」


 異世界です。

 とはいえないので「私にもさっぱり」とぼかしておいた。


「今頃、どこで何しとるんやろなあ」

「どうしているんでしょうねえ」


 大好きなアーティストのコンサート、行けたかな。楽しんでいるといいな。

 窓辺にマカロンツリーを置き、お空をながめていたら、ポニーテールの先をなぶられた。

 こんなことをするのは、決まっている。


「いらっしゃいませ、シュマーレン大尉」

「客をにらみつけるのは止めた方がいいんじゃないか、スノウ店長」

「髪を触るのをやめたら、にらむのをやめますよ」


 くそっ。この男。私の弱みを握っていることを誇示するように、いっつもいっつも髪を触ってきて。腹立つ。


「定休日、ヒマか?」

「腹痛で寝込む予定です」


「カヌレ橋の近くに新しいケーキ屋ができたらしいから、行くぞ」

「大尉、ご注文は?」


「十時にカヌレ橋の西端で」

「ないなら失礼しますね」


 まわれ右をしたら、耳元でささやかれた。


「なんでもするといわなかったか? シュガー一等兵」


 うあああ! むかつく! むかつく!

 ユーノの日以来こうやって、休みに人をケーキ屋めぐりにつき合わせて!


 おいしいけどさ。お代、全部むこう持ちだけどさ。

 一緒に行くと、カップルに見られるわ、ケーキを食べたい私が強引にカイザーをつき合わせているように見られるわで、おもしろくないことこの上ない。

 皆さん、逆です! 私がつき合わされているんですからね!


「猫なんて誘っていないで、まともな女性を誘いましょうよ」

「嫌ならさっさと同居人に正体を話すんだな」


 ド正論に言葉もない。


 そんなこんながありながら、店長就任一日目に終え、猫の姿で帰宅する。


 ちなみに、住んでいる場所は、以前と変わらずマンションだ。

 一時、お屋敷に引っ越す話もあったけれど、マロンがいなくなったことで話は流れた。

 イルが支援したい人を住まわせる話自体は進んでいるけど。


「お帰りなさいませ、お嬢様。今日も一日、おつかれさまでした」


 猫の私を、イルがうやうやしく出迎えてくれる。

 こんな時間に帰っているなんてめずらしい。ユーノの日以来のことだ。

 お仕事が早く終わったのかな?


「今日はまず、何をいたしましょうか?」


 私はイルの胸に飛びついた。


「ハグがいいの? なでなでは?」


 もちろん欲しいです。


「キスは?」


 よろしくお願いします!


 帰ってきてさっそくイチャイチャする私たちに、メイドさんたちが呆れにも似た苦笑を浮かべている。


 大目に見て。ここのところイル様、出張や会食や夜会つづきだったから、すれちがい生活が続いたんだもん。久々に甘えさせて。


「さて、お姫様。こちらのお席へどうぞ」


 ひとしきりスキンシップをすると、イルは私を食卓のイスに下ろした。

 テーブルの上には、銀製のカトラリーやグラスなどがセットされていた。

 一人ではなく、二人分。


「今日は一緒に夕食を食べようね」


 イルは花の形に折られているナプキンを、私の前にひろげた。

 小さなカットグラスに、ミモザの花のような色の食前酒が注がれる。


「オードブルだよ。マロン直伝の、ほうれん草とベーコンのキッシュ」


 白いお皿には、うすく切ったキッシュと生野菜と生ハムが、彩りよく、お上品に盛られていた。

 さすがイル様。盛りつけのセンスも完璧ですね。


「はい、シュガー。あーん」


 思わず口を開けたけど、食べられなかった。イルが食べてしまう。


「猫には食べさせられないからね」


 ユーノの日同様、やっぱり生殺しなのですね!

 あきらめきれずに食いつこうとしたら、やっぱりやさしく抱き留められた。


「僕もぜひ食べて欲しいんだけどね。残念だよ。シュガーが人間だったらいいのにな」


 頭をなでられ、顔をのぞきこまれる。


 ……そういえば。

 なんでこんなごちそう?

 今日は平日だ。世間にお祝いごとは何もない。


 テーブルの中央に活けられた、赤いバラの花に目が行く。

 ローズ菓子店のトレードマークに。


「僕とシュガーが出会って一年経ったから、お祝いだよ」


 なんていって、イルはにこにこ笑っているけれど。

 これはひょっとして、気づかれているんだろうか?

 シュガーがスノウだって。


 私は最近、都の地図で衝撃の事実を知った。

 都に『十三番町』なんて区画はない。

 以前、イルはスノウに住んでいる場所をたずね、十三番町に住んでいるんだね、なんていったけど、あれはでたらめ。スノウの私を試したのだ。


 私が家出したあの日。イルがマロンに猫の行方を聞かず、私にだけ聞いたのも、私の正体を勘づいていたから。


 ひょっとすると、お菓子博覧会のとき、うっかり人間から猫になってしまった場面も、イルに目撃されていたのかもしれない。


 いい加減、正体を名乗り出た方がいいのか。


 ……でもなー、正体をばらしたらなー。

 人間の自意識が出てしまって、これまで通りには接しにくい。

 顔をなめたり、一緒に寝たりなんて、できない。


「もちろん、今回もちゃんとシュガー用のごはんを用意しているからね。安心して」


 メイドさんが、小さなお皿に注がれた無塩のチキンスープを運んできた。

 私はそそくさとイルの腕から降り、それをなめる。

 ムリに問い正す気はないってことなのか。


 ちらっとイルの顔をうかがうと、寛大な笑みが返ってきた。どうもそうらしい。

 私は一抹の申し訳なさを感じながら、コース仕立ての猫用ごはんを平らげた。


 とりあえず、今はまだ。まだムリだ。正体をばらすのは。


 食後、満腹で幸せな私を抱き上げ、イルがいう。


「僕は君が何だってかまわない。ずっと一緒にいようね」


 一年前、私は死んだ。

 死んで、推しの飼い猫に転生した。

 そして、今日も推しのひざでくつろいでいる。

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