50.エンドゲーム 2
マロンの薄茶色の目は本気だった。
冗談めいた雰囲気なんてカケラもない。
「店長、私も大事な話があるんです」
念じて、猫の姿になる。
マロンの目が真ん丸になったところで、再び人間になった。
「実は正体、猫なんです」
「シュガーちゃんはスノウちゃんだったの!?」
「話はこれだけじゃなくて。
猫に生まれ変わる前は、店長と同じで、地球という星の日本という国で、市丸雪(いちまるゆき)という人間をやっていました。
事故で死んだら、神様が記憶を持ったまま、この世界に生まれ変わらせてくれたんです」
さっきの私と同じく、マロンもぽかんとした。
私たちは穴が開きそうなくらい、お互いの顔を見つめ合った。
「なにそれ」
「なんなんでしょうね、これ」
人間、あまりに想像を超えたことが起こると、笑うしかないらしい。
二人してお腹をかかえる。
「いろいろ納得したわ。スノウちゃんって変だなあって、何度か思っていたのよ。
知識はあるのに、この世界の常識が抜けているし、日本式クレープのことを知っているし、カスタードプディングをプリンって呼ぶし、あられを珍しがらないし。
前世が異世界人、しかも日本人だったからなのね」
「私も納得しました。
店長が私のアイデアにとまどわなかったのも、色んなレシピにくわしいのも、同じ世界出身だったからなんですね。
地球じゃ、レシピは無料でだれでも簡単に知れるものでしたもんね」
「そう。おかげで助かったわ。
このノートには、子供時代からパティシエ修業時代にいたるまでに作ってきたお菓子のレシピを、たくさん書き留めてあったから。
この世界に来た時、私は無一文で頼るものもなくて、途方に暮れていたけれど、このレシピがあった。
なんでも作れる菓子職人ってふれこみで、このお店のオーナーに売りむことができたのよ」
聞きたいことも話したいことも山ほどあったが、開店時間が迫っていた。
私たちはひとまず業務にもどり、夜、だれもいなくなったお店の中で、夕食を食べながら、つづきを語り合った。
「うれしいわあ。同じ異世界人に出会えて。
オーナーには、私が異世界人だってことを打ち明けてあるんだけど、やっぱり私の心細さは、同じ異世界人でないとわかってもらえないもの」
マロンはお手製のキッシュやピクルスを、皿に載せてくれる。
「私以外にも、異世界から来た人がいるんじゃないかって、ひそかに期待していたの。
お店が落ちついて、お金が貯まったら、いつかは仲間を探しに行こうとも思っていたのよ。
それがまさか、こんな身近にいたなんてね。すごくラッキー」
上機嫌で、マロンはホットワインを注いでくれる。
ほっとしているところ、いいづらいけど。いわないとな。
「それなんですけど、店長。私、この世界に居られるのは一年だけなんです。
不慮の事故で死んだのを、神様がかわいそうに思って、少しの間、この世界においてくれているだけなので」
「一年だけ!? じゃ、もうすぐ」
「成仏します。今朝、話したかったことも、今月でお暇しますってことだったんです」
「嫌ーっ! 行っちゃ嫌ーっ! おいていかないでーっ!」
マロンはひしと私にしがみついた。
「ここに留まる方法ってないの?
私、スノウちゃんとなら、寿命をわけ合ったっていいわよ」
「だれか私の代わりに、元の世界に行ってくれる人がいれば、もっと居られるらしいんですけど」
そんな都合良くいないよな、と思って、気づく。
マロンも気づく。
「それなら、私が行けばいいわよね?」
「……そういえば、そうですね」
話が決まったと同時に、マロンは両手を上げてよろこんだ。
「やったー! 元の世界に帰れるっ! 夢みたい!
これで楽しみにしていたアーティストのコンサートに、やっと行けるわ!
見て見て。こっちの世界に来ても、ずーっと大事に持ってたの。
もしこっちの世界に来なかったら行く予定だった、コンサートのチケット」
マロンの手帳には、大事にコンサートのチケットが挟んであった。
海外の知らないアーティストだったけど、一緒に写真が挟まっていたので、顔は分かった。カイザーに似ていた。
カイザーのファンになるわけだ。
「これを楽しみに、これだけを楽しみに、日々のつらいパティシエ修行に耐えていたのに。
突然、異世界に転移しちゃって、全部が台無しよ。
現実逃避したいと思ってはいたけど、異世界に行ってまで現実逃避したいとは思ってなかったのよ、私は」
「こんなリアルな現実逃避は、たしかに嫌ですよね」
コンサートチケットを見て、私は違和感をおぼえた。
見まちがいじゃないかと、何度も日付を確認する。
「今の話だと、店長って当然、このコンサートよりも前の日に、こっちにきたんですよね」
「そうよ?」
「私と店長、元の世界を旅立った日に、だいぶ差があるんですね。
私、店長より十年も後です。死んだの、この十年後なので」
てっきりマロンと私は、同時期に転移したものだと思いこんでいたけど、ちがったらしい。
元の世界では十年差で転移して、この世界では同時点に居合わせているようだ。
「スノウちゃん、私にとっては十年先の未来人なのね。
ってことは、スノウちゃんの代わりに元の世界に帰ったら、どうなるの?
十年後、スノウちゃんの生きている時代に、このアーティストってまだ活動してる?」
疑問に応じたのは、私じゃなかった。
黒い猫だった。
『心配するな。そなたが転移した同時刻に同年齢、同地点でもどしてやる』
「猫がしゃべった!?」
「店長、その猫さんが神様です。私をこの世界に転生させた」
マロンはのけぞっていたが、すぐに元の姿勢にもどった。
今日はもう、何が起きてもふしぎでない日になっているんだろう。
『栗木ローズ、市丸雪の代わりに、元の世界へもどる。それでよいのだな?』
「ぜひお願いします。この世界も楽しかったけど、やっぱり私は元の世界に帰りたいです!」
マロン――栗木ローズさんは両のこぶしを握って訴えた。
待てよ。
栗木ローズ?
どこかで聞いたことがある。
一度目聞いたときは、他が衝撃的すぎて気づかなかったけど、この名前って。
「店長って、趣味でお話を書いたりしてます?」
「いえ? そういう趣味はないけど。
でも、地球に帰ったら、この体験を書いたりしてもいいかもね。
どうせ信じてもらえないだろうから、創作小説の形で」
やっと今まで謎だったことが解けた。
私は今までゲームの世界に転生して、ストーリーを反復しているんだと思っていた。
けど、ちがったんだ。逆だったんだ。
私たちの行動こそが、ゲームストーリーの大元だったんだ。
むしろ、ゲームの方がこの異世界で起きたことの反復だったんだ。
イルが親と対立した原因は、マロンでなく猫だった。
でも、恋愛ゲーム化するにあたって、マロンが原因になった。
カイザーが遭難したとき、マロンはべつに助けなかった。
でも、恋愛ゲーム化するにあたって、マロンが助けたことになった。
ピクニックで襲ってきたのが野犬でなく幻だったり、定番商品がバラ型のマドレーヌでなくティラミスだったり。細かい差異は、脚色の結果だったんだ。
「ローズさん。帰ったらぜひ、お話を書いてください。
でないと私、この世界に来られないので」
栗木ローズ。
それはゲーム『ローズ菓子店へようこそ!』の原作者と、同じ名前だった。
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