第63話「べた惚れです」


 何くれるってんだいみっちゃん。

 こんな時だ、相当良いものじゃなきゃ許さないからね。


「手を出せ葉子。……違う、両手だ」


 ポウっ、と光る一寸ほどの小さな玉。

 みっちゃんの手から零れ落ちたそれを慌てて両掌で捕まえて、落とさないようぴたんと閉じて目で問います。


「それにかんなぎを限界まで籠めてあの眼鏡の若者に渡せ。戟は籠めちゃあいけないよ。さらに合図とともに握り潰す様に伝えておくれ」


 にっこり微笑むみっちゃんにそう伝えられ、あたしは否応なく頷いたんです。


 ちっちゃい男の子に見えるけどね、これでもあたしのだ。頷かない訳いかないんですよ。


 でも一つだけ訂正したい事があるんです。


「良庵せんせは三十二、言うほど若くはないんだよ」

「儂から見れば若いよ」


 ま、そうかもね。見た目はともかくみっちゃんはあたしの兄さんだもんね。


「菜々緒はー? 菜々緒なんにもやる事ないのー!?」

「菜々緒はじっとしてろ。でも息はしろよ」


 さすがみっちゃん、姉さんのことよく分かってるねぇ。ってもそこまで脳筋じゃないとは思いますけどね。

 

 ちぇー、なんて言いながら三郎太と入れ替り、黒狐のお婆さん誘って廃墟と化した家の縁側に腰かけて、のんびり世間話なんか始めました。


 みっちゃんが起きたもんだからすっかり安心してるらしいね。分かるよ、あたしもその気持ち。

 なんてったってあたしのみっちゃんはおっそろしく頼りになるからねぇ。




「はぁ、はぁ――大体逃がしたか良人!?」

「どの程度いたのか知らないから分からんが……恐らく大体は」



 叫び狂うヨルを警戒するよう木陰に隠れつつ、きょろきょろと辺りを伺うせんせと賢哲さん。

 せんせはともかく賢哲さんまでこんなして駆けずり回ってくれるなんて思いもしなかったねぇ。


 姉さんが惚れたのがただのエロ坊主じゃないって分かってちょっと一安心しちゃったりして。


「せんせ、安心して。世界一頼もしい助っ人が起きたからさ」


 ひょこっと二人の前に飛び出して、光る玉を手で挟んだまま腕で大きく丸を作って微笑んでやったんだ。


「助っ人! んーなのまだ居たのか! じゃもう平気かよ?」

「ばっちりさ。ここにとっておきってのも預かって来たからね。せんせ、手ぇ出して――ううん、両手でお願い」


 みっちゃんから貰った小さな光る玉。

 どうやらこの玉、野巫じゃないみたいであたしにはなんだか分かんないけどね。とにかく巫を籠めるだけ籠めて――巫だけってのがちょいと難しいねぇ――キィィィンと派手に光るその玉を、そっとせんせの掌に乗せたんだ。


「……こ、これは? これを僕はどうすれば――?」

「あたしもよく分かんないんだけど、合図とともに握り潰せ、ってさ」


 せんせの巫はあたしのに比べればまだちょいと不安定。さらに恐らく使い切っちまって雀の涙。

 だからそれをあたしの巫で補おうって事だろうけど、もうせんせに危ないことして欲しくないんですけどねぇ。


『葉子、渡したか?』

「おぉ! 俺にも聞こえるぜコレ!」

「こちらが助っ人……?」

「あたしの巫籠めて渡したよ。それでどうすりゃ良いんだい?」


『そんな事より眼鏡の彼は……』


 そんな事よりって――いまそれより重要な事あるってのかい?


『葉子のなんだ? 男か?』


 ――この寝ぼすけ兄貴ってばホント……


「亭主ですよ! あたしの一等大事な! 亭主の良庵せんせ!」

『そりゃあ良い。なら儂の義弟――儂もやる気が出るってなもんだ』


 今やっとやる気出たってのかい。ほんとしっかりしておくれよみっちゃん。


『狐をそっちに誘う。良庵くんは合図とともにそいつを握り潰して一気に駆け上がって跳んでくれ。それで殴ってくれりゃ良い。じゃ頼むよ』

「ちょ、ちょいとみっちゃん! そんだけ――」


 三人で顔を見合わせちょいと苦笑いさ。説明不足はみっちゃんの悪いところだねぇ。


「義弟……もしかして亡くなったお兄さん――ですか?」

「なに言ってんだ良人。みっちゃんだっつってんだから三本目の尾っぽに決まってんだろ」

 どっちも正解ですよ。ややこしいんで落ち着いてから話しますね。


 束の間、せんせを見詰めて黙るあたしに目敏く賢哲さんが気を利かせてくれました。


「おい! 俺はやる事なくなっちまったし菜々緒ちゃんとこ行ってるからよ! 気張れよ良人!」

「任せておけ! 賢哲も油断するなよ!」


 後ろ手にひらひら手を振り、脚をぐるぐる回してぴゅーっと駆け去る賢哲さん。普段あんななのに出来る男だねぇ。


 みっちゃんが作った式神の逃げ惑う声、それを追い掛け喰っては不満そうに叫ぶヨルの声。


 どうやったって良い雰囲気にはなりゃしませんけど、玉を両手に捕まえたままのせんせが突然腕を上げ、覆い被さる様にあたしを抱き締めたんだ。


「お葉さん、無事で良かった……」

「せんせ! あ、あたし……あたし――」


 ――わーわーきゃーきゃー、ランーモットダー――


 今そんな時じゃないってのは痛いほど分かってる。

 分かってるけど、せんせに抱き締められて――


「せんせ、ごめんなさい……あたし……せんせを守るつもりが――助けてもらってばっかで――足引っ張ってばっかで――」


 六尾の妖狐だなんだって言ったって、この戦いであたしちっとも役に立ってないんですから。

 せんせは体張って、頭使って……覚えたての巫であんな……


「お葉さん。こんなの聞いちゃおかしいかも知れませんけど、良いですか?」

「……な、なんです?」


「もしかして……僕に惚れ直しましたか?」

「…………もうぞっこん、べた惚れです」


 にこっ、と笑ったせんせがあたしにそっと口付けて――


「だったら頑張った甲斐ありますね」


『良庵くん、準備良い?』

「いつでもどうぞ!」


 せんせが両手を上げてあたしを解放すると、あたしらの傍にひらひらと、ヨルに喰われて紙に戻った式神の成れの果てが集まって――


『良庵くん。手摺りまでは手が回らないから気をつけて登る様に』


 ――せんせの目前、紙切れ一枚一枚が一段一段に化け、空へと続く薄赤いきざはしが……


『儂の式神の戟を喰らってまた少し大きくなってる。けっこう高いから落ちないでおくれよ』


 ……二階どころか三階建てくらいはありそうだねぇ……


「みっちゃん。あたしにやる事は?」

『ない。亭主の活躍を見守っていろ』


 ――ちぇっ。最後までせんせに頼るしかできないってのかい。


 そんなあたしの気持ちを見透かしたらしい良庵せんせが苦笑して、優しくあたしに言ったんだ。


「お葉さん。帰ったらお風呂に入りましょう」

「え――やだせんせ、あたしにおって……?」


「洗いっこしましょう。それで約束の……」


 ボンっ、とあたしの顔が火が出そうなほど熱を帯び、自分で言ったくせにせんせも真っ赤。

 せんせに良く似たタレ目の男前が産まれると良いですねぇ。



『足ラン! ヨコセ! モット――モット喰ワセロ――!』


 木の影にいるあたしらを、さらに大きな影が覆ったその時――


『良庵くん! やれ!』

「はい!」


 せんせが合図とともに玉を両掌で押し潰し、カッと爆ぜた光が辺りを照らしてヨルの体が作った影を掻き消して――


「これが……お葉さんの巫――心地良い……」


 全身から白い巫を溢れさせ、まばゆく輝くせんせの体……あたしの巫にしたって大きすぎる――!


『急げ! 駆け上がれ義弟おとうとよ!」


 ダダダっ! とせんせが勢いよく駆け上り、ほんの一秒二秒で頂点へ!

 最後の一段を踏み込み跳び上がったその時――


 跳び上がった良庵せんせを目で追ったヨルの体が起きたところを……みっちゃんの式神たちが細い糸へと姿を変えてビシッとふん縛ったんだ!


『リョー…………アン…………タノム――――』


 ヨルのその、邪悪に歪む瞳が何かで濡れて……


『どこでも良い! 自分の手でも足でも――どこか一つに巫を集めて打て!』


「ヨルーーっ! 僕がいま――!」

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