第62話「お葉ちゃん、尻出しな」


「ちょっと! これ今どうなってんのよお葉ちゃん!?」


 肩に黒狐のお婆さんを乗せた賢哲さんごとさらに自分の肩に乗せ、勢いよく丘を駆け上ってきてそう叫んだのは三郎太のお腹から顔出してる姉さんです。


「菜々緒と戦ってたヨルの尾っぽ二人さぁ、急に居なくなっちゃったからこっち来てみたんだけど、なんなのアレ?」

「あ――あたしだって良く分かんないんですけど、シチが使ってた『人を妖魔にする針』刺されたヨルがあんなでシチも消されちまったんですよ!」


「なに言ってるのかよく分かんないよお葉ちゃん?」


 自分でもなに言ってるかよく分かんないこと口走っちまったけどしょうがないじゃないか。

 良庵せんせが石持ってあのデカくなったヨルに立ち向かおうとしてんですから!


 とりあえず姉さん達は放っておいて、あたしも丘を駆け下ってせんせと合流!


「せんせ! そんな石っころ二つ持ったからってダメですよ!」

「お葉さん来ちゃ駄目だ! 離れていて下さい!」


 そんなこと言ったってダメ! 興味なさげとは言え打ち振るわれたヨルの前足が迫ってるんですから!

 咄嗟に星形を指でなぞって描きあげて、せんせの頭上目掛けて飛ばしてヨルの前足の軌道を少しずらしてやりました。


 ずずん、とせんせの真横で地面が爆ぜて、余波を喰らって吹き飛ばされたせんせをがっしり受け止めました。


「細腕に見えてあたし、実は力持ちなんですよ。なんてったって六尾の妖狐なんですから」


 せんせをおひいさま抱っこで抱えたまま、一目散に丘を登ってヨルから距離を取りました。


「いけない! 里の人たちが!」

「黒狐の連中は後回し! あたしはせんせが一等大事なんですから!」

「お葉さん……けれど――」


 せんせには耐え難いかも知れないけどさ、あたしはせんせを失うのが耐えられない。ここは絶対言うこと聞いてもらうよ。


 丘の上、柱と床だけの姉さんちのとこまで戻ってせんせを下ろし、賢哲さんから話を聞いてたらしい姉さん達に合流。


「大体は分かった。が、無理だ。とりあえず里はもう諦めて逃げるぞ」

「まー三郎太の言う通りかなー。あれはちょっと、菜々緒たちには無理だよね」


 丘を見下ろし、逃げ惑う黒狐の連中を追い回してるヨルを見遣って二人がそう言います。ぶっちゃけあたしもそう思うよ。


 けどその後ろ、賢哲さんに助けられた黒狐のお婆さんが手を合わせ、しきりに賢哲さんを拝んでやがるんです。


「もう良いって婆ちゃん! んな大した事してねえって! 俺はただの坊主で仏様でもなんでもねえんだぞ!」


 いやいや、なかなか出来ることじゃないとは思うけどね。賢哲さんもせんせも突っ込むんだもん。


「本当に逃げる事しか出来ないんでしょうか」

「ないな。元々厳しかったってのに、今のあのヨルの相手は荷が重過ぎる」


 まだそんな事言うせんせに向かって三郎太がぴしゃりと言い放ちます。何度も言うけどさすがにあたしも同意だよ。


「けれど――! ……幸い僕らに対しては積極的に攻撃する素振りもありません。どうにか一人でも多く救う手立てがあるんじゃ――!」


 ヨルがあたしらを襲わないのは、たぶん喰いたがってるから。


「せんせは巫使い、あたしは巫戟使い、あたしを喰おうとしなかったのは巫が邪魔だったからだろうねぇ」


「え? じゃ菜々緒は喰われちゃうじゃん。戟しか持ってないよ菜々緒」

「だから無理だって言ったんだ。さっきはヨルの足元駆け抜けて来たが、喰われなかったのはツイてただけだ」


 唯一戦えそうな武闘派姉さんは絶対近付いちゃいけない。姉さんの戟は相当多い。もし喰われでもしたら……ヨルの暴走に拍車が掛かるの間違いなしさ。


「だったら――やはり僕が!」

「俺もいくぜ良人よしひと! 助けられそうなら助けてえもんな!」


「だからダメですって――」


 丘を駆け下り始めるせんせの袖を掴もうと手を伸ばしたけど、それを遮り逆に姉さんがあたしの袖を引っ張ったんです。


「ちょいと姉さん! ふざけてる場合じゃ――」

「お葉ちゃん! !? まだ寝てんの!?」


「え? かい? 寝っぱなしですよこの大変な時にも!」


 一番いっちばん必要なこの時に寝っぱなしのみっちゃん。

 確かにみっちゃんさえ起きてくれりゃなんとかしてくれそうなもんだけど……


「お葉ちゃん! 尻出しな!」

「尻? こ、こうかい?」


 ちょこん、っとお尻を突き出して姉さんに向け、そしたらそれ目掛けて姉さんが腕を振り上げ……


 ちょ――ちょいとお待ちよ! んな事したってあたしが痛いだけじゃ――


「兄様ーっ! いつまで寝てんのーっ!」


 ばちーーーんっ!! いたーっ! とお尻をぱたかれて飛び上がるあたし……もう百年以上寝っぱなしなのに、こんなでみっちゃん起きるわきゃないじゃないのさ!


 つんのめる様にべちゃりと地べたに崩れ落ち、涙目で姉さん睨んでやったのになんでか手叩いて嬉しそうに喜んでやがったんだ。


 え――? まさか、もしかしてそんなんで――?


「兄様ーー! 久しぶりー!」

「ん? 妹よ、何かあったか?」

「相変わらずちっちゃくて可愛いね、兄様」


 お尻をさすって立ち上がり、百年以上ぶりに起きて来たを真っ直ぐ恨めしそうに睨んでやったよ。


「もう一人の妹よ。なにをそんなに睨む? 儂、なにかやったか?」

「逆です! なんにもしなかったんですよ! この大変な時にぐーすか寝続けててさ!」


 辺りをきょろきょろ見渡すみっちゃん。


 しーちゃんよりも少し小さい男の子、って見た目の少年姿。烏帽子えぼし狩衣かりぎぬ、ぱっと見は昔話に出てくる陰陽師って感じの服装だけど、これがホントに生前は陰陽師だったんだってさ。


 しかも、平安最強だの、稀代の天才陰陽師だの、なんか知らないけどそんななんだって――。


 あたしが産まれる前に死んでっからさ、あたしにとっては兄さんってより尾っぽのなんだけどね。姉さんはよぼよぼだった頃のみっちゃんに可愛がって貰った記憶あるんだって。


「妖狐を喰う妖狐……しかもいま格子ドーマン吐いた? ……なんだか面白い事になっておるなぁ」

「ちっとも面白くないんだってば! 兄様なんとかしてよ!」


「可愛い妹たちのため一肌脱ぐのは当然。しかしまずは――名乗れ、妹たちよ」


「菜々緒はいま菜々緒って名乗ってる!」

「あたしは葉子。葉っぱに子供の子で葉子」


 にやりと微笑むみっちゃん。


「母様の通り名から一文字取ったか?」


 稀代の天才陰陽師を産んだ美しき妖狐、それがあたしらの母様。


 妖狐の母様と人の間に産まれた兄さんは、あたしと違って人寄りの合いの子。ただの人よりゃ長生きだったらしいけど、あたしらみたいに妖狐の寿命は無かったんだ。


 寿命が尽きそうだった兄さんはそれを良しとせず、当時身籠ってた母様のお腹の中の子として再び生まれようと転生の秘術を使ったそう。


 けれど、産まれたのはあたしでした。

 そして百年後、あたしの、みっちゃんとして目覚めたのが兄さんだったんだ。




「よく分かったね。くずじゃちょいと音が悪いから葉っぱの方をね――ってそんなこと話してる場合じゃないんだってば!」

「分かってる。心配いらん、もう手は打ってる」


 すいっ、と丘の下を顎で示すもんだから、そっち見てみりゃ……ありゃなんだい?


 黒狐の連中らしき人影が……めちゃくちゃ増えてる?



「ど――どうなってやがんだよ!? こんなにいたのかよ黒狐!」

「よく見ろ賢哲! 動きが鈍いのは偽物だ! きっとお葉さんが野巫で作り出した式神かなにかだ!」

「やるじゃねえかお葉ちゃんよぉ!」



 増えた黒狐の一人をヨルががぶりと噛むと、はらりと小さな紙切れが舞う。


『満タサレン! モット――! モットダ――!』


 ヨルが遮二無二みっちゃんが作った式神人形を貪る間にせんせと賢哲さんは走り回り、一人また一人と里の者を担いで避難させてる。


 さすがのみっちゃん。


 『見なくても分かる』

 それがみっちゃんのいつもの決め台詞なだけあるねぇ。


「あたしも行ってくるよ! 助かったよみっちゃん!」

「待て葉子。良いモノをやるから手を出せ」


 良いものってなにさ!

 ヨルをなんとか出来るくらいに良いものじゃなきゃ承知しないよ!






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『葛の葉』って名前の妖狐、知名度どんななんでしょうね……

お手数ですけど調べて貰えたら嬉しいっす!

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