第13話「妖魔がうろちょろ」
「聞いたかよ良庵先生」
今日は朝から熊五郎棟梁がお見えになってます。
聞けば真っ白小狐なっちゃんの噂を耳にしたもんでやって来たそうです。
やって来て早々になっちゃんを見つけた棟梁が、じいっと見詰めたかと思うと厳つい顔をふにゃりと崩し、人懐っこいなっちゃんを抱えて一言ぽつり。
「この子は
どういう意味かは判りませんが、その気持ちは解りますよ。
あたしに似てなっちゃんはほんと可愛いですからねぇ。
そしてその後に続いた棟梁の言葉が冒頭のもの。
「聞いたかよ、って何をです?」
「おお、それよ。どうも妖魔がうろちょろしてるらしくってよ」
妖魔がうろちょろとは聞き捨てなりません。この六尾の妖狐のお葉さんに挨拶もなくうろちょろなんて許せませんねぇ。
って冗句ですよ。どちらかと言えばここに根付いて半年のあたしが新参ものの妖魔ですからね。
「妖魔……。僕はまだ出会ったことないんですが、それってどのようなものなんでしょう?」
「俺だってねえけどよ。噂じゃ狸やら
二人とも思いっきり出会ってますけどね。
しかしなんですそりゃ。そりゃ狸も鼬も犬猫鼠もそれぞれの妖魔ってのはいますけどね、でもそんなだとギョッとはするかも知れませんが単に微笑ましいだけなんじゃないですか。
「だからなっちゃんを見ての、違わぁ、だったんですか」
「そういうこった。けどまぁなっちゃんは違わぁな。こんな可愛いんだもんよ」
いまだに胸に抱いたなっちゃんにでろでろと蕩ける笑顔を向ける熊五郎棟梁。逆になっちゃんが怯え始めて笑っちまいますねぇ。
それ、
「特に実害は出ていないんですか?」
「出てねんじゃねえかな。驚いて腰抜かした爺ぃだか婆ぁがいるとかどうとか聞いたくれえだ」
「でしたらあまり気にしなくっても良さそうですね。ね、お葉さん」
「そうですねぇ。なんだったら少し見てみたいくらいです」
「おぅ。二人と喋ってたら俺もちょっと見たくなってきたぜ」
熊五郎棟梁をお見送りして、冷や飯にあつあつ味噌汁をかけたものとお新香で軽くお昼をとって、良庵せんせはやっとう道場。
良い折りだしあたしはちょいと出掛けてきましょうかねぇ。
「良庵せんせ」
「どうされました?」
「ちょいと魚屋にでも行ってこようかと」
「今夜は魚ですか! ……あ、この間の棟梁の?」
そうそう。
どちゃりっ、と支払って頂いた熊五郎棟梁の
あたしがその気になれば
「ええ。ですから良庵せんせはお仕事頑張って下さいな」
「任せてください!」
木札の下がった門を潜ろうとすると、可愛らしい声があたしの背中に届きました。
「きゅー!」
「めっ。なっちゃんはお留守番。良庵せんせのことお願いするよ」
不満そうにしながらも、了解! と言わんばかりに前足をあげるなっちゃん。可愛いねぇ。
なっちゃんももう十年ほどのうちですからね、今のうちに可愛いさを堪能させてもらわなくっちゃ。
魚屋へ向かう前、少し寄り道してうらっ
神社ってもすっかり廃墟と化したお
ここの何が良いってねぇ、ほとんど誰も来ないのと、無駄に長い石段があるってことの二つだけ。
さて、今度は誰に任せようかしら。
向こう見ずなみっちゃんか、しっかり者のしーちゃんか、それとも臆病なごっちゃんか。
うーん、と悩んだあたしはそっとお尻の上あたりをひと撫でして、また一つ大きな毛玉を手に取ります。
「さ、
ぽよん、とひとつ弾んだごっちゃんが狐の姿をとりました。
そしてごっちゃんは辺りをきょろきょろ窺い、恐る恐るの
じゃ、あたしは魚屋へ寄って帰りましょうか。
「お葉ちゃん、そんなとこで何してんのさ?」
石段を降り切ったところで
「足が
「あぁ、無駄に長いもんね、その石段。体動かすのも良いけど
そう言った女将さんがお腹の前で上から下へ手をやる例の仕草とにやにや顔。
「もう! 女将さんたら!」
ぽっと頬を染めたあたしはシシシと笑う女将さんと別れ、
良庵せんせと半分こも良いですけど、たまには贅沢させてあげるのも良いですよね。
あたし明日っからまた家計のやり繰り頑張りますから。
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