第14話「お昼寝、ごろつき」


 あの神社でごっちゃんと別れて数日、定期的にごっちゃんの視界を覗いてたんですけど、どうやらお目当てのものを見つけられたらしいです。


 折よくお昼が済んでまったり時間の良庵せんせとあたし、これはもうありませんね。


「良庵せんせ」

「どうしました?」


「その……、一緒にお昼寝しませんか?」


 何度誘っても慣れません。ついうっかり赤面しちゃうのなんとかなりませんかねぇ。


 でもしょうがありませんよね。

 夜は二つ並べたお布団で寝るんですけど、二つ敷くのが面倒でいつからかお昼寝の際はお布団一つだけなんですもの。


「そ、そうですね! 今日はなんとなく急患もなさそうな気がしますし!」


 急患なんて普段からほとんどありませんけど、あたしとおんなじように頬を染めてる良庵せんせが可愛くってしょうがありませんから頷いておきましょ。


 いそいそとお布団敷いて、眼鏡を外して横になる良庵せんせ。

 その胸の前のところでころんと寝転んで、さりげなく伸ばされた良庵せんせの腕で腕枕。


 触れ合う体温とか良庵せんせのどきどきいう鼓動とか、あぁ……、このまま微睡まどろんでいたいですけれど、ごっちゃんだけじゃ心配ですし――


 うーーん…………


 ――よし、とっととやる事やってお昼寝楽しむとしましょうか。


 ちょいと良庵せんせにゃ悪いですけど、半刻ほどぐっすり眠っててもらいます。

 良庵せんせのお顔にあたしの顔を少し近付けて、より一層頬を染めた良庵せんせの顔へふぅっと吐息を一つ。


 呪符なしでもあたしくらいの巫戟の遣い手なればこれっくらいは訳ありません。

 ぽぉっと良庵せんせの瞳の焦点が合わなくなって、こてん、と眠られました。



『ごっちゃん。こっち頼むよ』


 心の中でそう告げて、お尻をひと撫ですればあっという間にあたしとごっちゃんの意識が入れ替わります。


 産まれた時から一緒の二つの尾っぽとは離れられませんが、こないだからやってる様にみっちゃんからなっちゃんは切り離すことが可能です。

 三四五なっちゃんたちには自我がちゃんとあって、けれどそうは言ってもあたしですからこんな事だってできるんです。便利でしょう?



 あたしはと言うと、ごっちゃんが化けていたらしいたすき掛けして手拭いをあねさんかぶりにしたどこぞの若い女房姿。

 そばかすが可愛らしいけど渋いの選んだねぇごっちゃんたら。


 途中で覗いた時は背の小さな小僧さんだったから、きっとお昼を過ぎた頃合いで姉さんかぶりに化け直したんだね。


 さすが臆病ごっちゃん、芸が細かくって頼もしいねぇ。



 そいで辺りを見回してみれば――いたいた、あのおつむの足らなそうな大男。

 茶店の縁台にぐでっとだらしなく腰掛けて、ちびりちびりとのんびり甘酒なんて飲んでやがります。


 二十歳はたちを二つ三つ過ぎたころってとこかしら。なのに昼間っからあんなとこでぼんやりしてるなんて大丈夫なんですかねぇ。


 ちょいと休憩の素振りで茶店の暖簾のれんをくぐってあたしも甘酒を一つ頼みました。



「やい与太郎。うちの甘酒が好きなのはありがてえが、昼間っからそんなんで平気なんかよ?」

「う、うるせえやい。お、おらちゃんと仕事やってるから平気だ」


 茶店のご隠居らしきお爺さんが大男に声を掛けました。

 あたしと同じ意見のご隠居さん、もっと言ってやって下さいな。


「ほぅ。お前さんが仕事だと? 一体なんの仕事してるんだ?」

「お、おらもよく分かんねえけど、こ、こないだから、ご、破落戸ごろつきって仕事やってんだ」


 いま、って言いました?

 破落戸ってお仕事なんでしょうか。


 はぁぁ、と深いため息のご隠居さんが続けます。


「なぁ与太郎。悪いことは言わん、その仕事は止せ」

「な、なんでだよ甘酒屋の爺ちゃん。お、おらやっと働けるとこ見つけただのに」


 おつむの足らなそうな、とは思っていましたけどどうやらやはりおつむが足りていないようです。


「うーむ、そうだなぁ……。よし、はっきり言うぞ。破落戸ごろつきってのはな、悪者だ。町の者はみんながみんな、破落戸は嫌いなんだ」

「う、うぇっ!? ご、破落戸ってそんなだか!?」


 けれどどうしてなかなか面白そうな人ですねぇ。

 おろおろおろと、辺りを見回し首を竦め、着物の襟を引き上げて少しでも隠れようとされてます。

 大きな体も頭もちっとも隠れていませんよ。


「そのな与太郎。お前さん、破落戸んなってどんな仕事させられた?」


「こ、こないだ初めて仕事させてもらっただよ。って」


 ぶち当たられた綺麗な女の人って言やぁあたしですね、きっと。

 ちなみに言っておきますけど、あたしがただ人に化けるとこの姿になるんですよ。だからあたしが選んでこの姿になってる訳じゃありませんからね。


「それで幾ら貰った?」


 ご隠居さんに与太郎さんが指を一つ立ててみせます。


「……きんでか?」

「い、いや銀でだ。い、一朱銀ひとつ」


 ふぅ、とご隠居さんが吐息を一つ溢しました。そのお気持ち分かりますよ。

 一人の女にぶち当たって貰った報酬が金一両じゃあ多すぎて、大きな事件に巻き込まれてんじゃないかって心配になりますもの。


 一朱銀ひとつなら、まぁそこまで大事件ってえこと無さそうですからホッと胸を撫で下ろしたってとこでしょう。


 けどま、狙ってぶち当たられた本人としては大事件も小事件も関係ないですから。

 なんだか面白そうな与太郎さんですが、どんなお灸を据えてやりましょうね。




〜〜〜

金一両は八万円くらいで、

一朱銀ひとつは五千円くらいです。

特に作者はそこらへん詳しい訳じゃないんで突っ込まないでやって下さいね。

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