第6話 フィールドワーク

 ミラさんへの依頼として、僕は冒険者の仕事を体験すべく、モモル村に接するように存在する大きな森に入っていった。


 いくら僕がビビりでも、冒険者の護衛もあるしどうにかなるだろう──と、そう思っていたんだけど。


「ぜえ、はあ、ぜえ……!!」


 ビビり云々以前に、フィールドワークをするには僕の体力が足りていなかった。


 ……うん、正直舐めてたかもしれない。


「……ソエル、大丈夫かい?」


「だ、大丈夫です。まだ行けます……!」


 僕を気遣ってくれるミラさんに、何とか虚勢を張ってみる。

 でも、流石に誤魔化すにはちょっと足元がフラつき過ぎているので、返ってきたのは苦笑いだった。


「村長は魔導士だなんだ言ってたけど、こりゃあ無理そうだな」


「うん。魔物と戦う以前の問題」


 そんな僕にズバッと意見を口にするのは、ミラさんの現在のパーティメンバーだという二人の冒険者。剣士の男性冒険者ケインさんと、小柄な女性弓使いシルルさんだ。


 魔法が使えるなら冒険者なり魔導士になれよ、と言われないのはありがたいけど、こんな情けない理由で無理そうだと言われるのは流石にちょっと恥ずかしい。


「ええと……に、荷物持ちくらいにはなれるので、見捨てないでください……」


 だからというわけじゃないけど、何とも微妙な弁明で僕は自らの有用性(?)をアピールする。


 それを聞いて、ミラさん達三人は益々困り顔で口を開いた。


「護衛料も貰ってるのに、見捨てるわけないだろう。全く、ソエルは心配性なんだから」


「ミラの言う通りだよ。というか、元々仕事して貰おうとは思ってないから、気にしないでくれ」


「うん。そもそも、その細腕で荷物持ちなんて無理」


 ビシリと、最後にシルルさんにハッキリ言われてしまう。


 僕が細腕なのは間違いないけど、若干勘違いがあるみたいだからそこは訂正しておこう。


「そりゃあ、僕も自分で魔物の死体を運べるなんて思ってないですよ。空間拡張効果付きのマジックバッグを持っているので、よかったら使ってくださいってことです」


「「「……え?」」」


 何気なくそう伝えると、みんな揃って目を丸くする。

 どうしたんだろうと思っていると、三人仲良く僕に詰めよって来た。えぇ!?


「ソエル、あんたマジックバッグなんて持ってたの!? 容量は!? どれくらい!?」


「い、いくらくらいしたんだ!?」


「よかったら、ちょっと見せて欲しい」


「あ、はい、えーっと……どうぞ」


 その勢いに押されながら、僕はマジックバッグを三人に差し出す。

 それを受け取るや否や、みんなで「おお……!」と瞳を輝かせる姿は、端から見てるとちょっと面白い。


「容量は、二頭立ての馬車一つ分くらいです。……そんなに珍しいですか?」


 僕のマジックバッグは、確かに貴族向けのものなだけあって容量は大きいけれど、マジックバッグそのものはさほど珍しくない……というのが、僕の認識だった。


 でも、モモル村みたいな辺境では違うらしい。


「そりゃあね、でっかい隊商を持ってる商人ならまだしも、個人の行商人しか来ないこんな村じゃ、マジックバッグなんて滅多にお目にかかれないさ」


「バッグの容量は、そのまま一度の狩りで稼げる金額に直結するからな。あまり持ちすぎると動きも鈍くなるし、目一杯詰め込んでも重量の変わらないマジックバッグは、俺達にとって憧れなんだ」


「マジックバッグなしでたくさん素材を集めようとすると、何度も往復するか、こんな森の奥まで荷車を引いて来なきゃならない。とても面倒」


「へえ……」


 言われてみれば確かに、僕は仕留めたグレーターベアを一体丸ごとマジックバッグに入れて持ち帰れたけど、冒険者の場合は危険を承知でその場で解体しなきゃならないのか。


 しかも、そんなリスクを負っても持ち帰れるのはごく僅かな素材だけ。それは厳しい。


「ね、ねえソエル。あんたもしかして、マジックバッグとか作れたりは……」


「流石に、そこまでは……それに、作れたとしてもかなり高いですよ……?」


 僕の使ってるマジックバッグなんて、それこそベアル君と同じくらいの値段がする。

 性能を落とせばその分リーズナブルにはなるだろうけど、どちらにせよそれは完全に錬金術師の領分だ。


 ゴーレムならギリギリなんとかなるけど、そこまで出来るほど僕も万能じゃない。


「だよねえ……いや、聞いてみただけさ。気にしないでおくれ」


 気にしないで、と言いつつも、ミラさんも他の二人も残念そうだ。

 つまりはそれだけ、冒険者にとって持ち運べる荷物の量は大事ってことなんだろう。


「……分かりました。マジックバッグとは違いますが、僕の方で役に立ちそうなゴーレムを作ってみます」


「えっ、本当かい?」


「はい、荷物持ちならベアル君のような戦闘能力はいりませんし、十分人形師の領分です」


 要するに、荷物を抱えて所有者マスターの後をついていく人形を作ればいいのだ。

 それくらいなら、人形師の僕でも出来る。


「後は、機能面をどうするか……容量と値段の問題もあるし……」


 頭の中にいくつか設計案を思い浮かべ、その製作にかかる費用と必要な素材をそれぞれ算出する。


 ……うーん、まだしっくり来ない。


「うん、考えるのは帰ってからにします。あ、それに合わせて、試作品が出来たら皆さんに使ってみて貰いたいんですが……いいですか? それと、今は使える素材がほとんどないので、採集依頼を出すことになるかも……」


「もちろん、狩りの役に立つ代物なら大歓迎さ。ただ、その代わりってわけじゃないんだけど」


「はい、なんでしょう?」


 新しい商品の開発にあたって、ミラさん達の協力は絶対に必要だ。


 彼女達のお願いなら、出来る限り聞いてあげたい、と思いながら、僕は身構える。


「たまにでいいから、これからも私達と一緒に狩りに出ないかい? マジックバッグ、使わせて欲しいんだよ」


「もちろんタダでとは言わないぞ! 護衛料とかはいらないし、必要な素材があるなら集めるのを協力する」


「だから……ね? バッグちょうだい?」


「あげませんよ?」


 最後、シルルさんだけ少し本音が漏れていたけど、そういう話なら僕にとっても大いにメリットがある。


 当面の顧客はミラさん達のような冒険者になる予定だし、たまにフィールドワークするくらいはいいだろう。


「そういうことなら、僕の方からもお願いします。一緒に頑張りましょう!」


「ありがとう! ソエル、あんたやっぱりいいやつだね!」


 ミラさんにバシバシと肩を叩かれ、痛みに耐えながらもくすぐったい気持ちを味わう。


 けど、この時の僕はまだ気付いていなかった。


 荷物容量の上限──それを大幅に取り払った冒険者達が、どれほど貪欲に、アクティブに"冒険"をするのかを。


 その日、ありとあらゆる魔物との交戦に巻き込まれ、ボロ雑巾のようになりながら生還した僕は、深く、深く心に刻むことになる。


 やっぱり僕、絶対に冒険者にはならない!!

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