第5話 辺境のお風呂

 無事に村長さんとの契約を結ぶことが出来た僕は、ホッと一安心。


 次に作る人形の構想を練りながら、もうひと眠りしようかな──と思ったところで、ミラさんに捕まった。


「えっ、あの、ミラさん……どうしましたか?」


「いや、さっきから気になってたんだけどねソエル。あんた、もうずっと風呂入ってないでしょ」


「…………」


 そう言われてしまえば、否定は出来ない。

 うん、気を付けてはいるんだけど、一度人形作りを始めると寝食その他色々すっ飛ばしがちなのは良くないよね。


「ダメだろう? お店開くならちゃんと綺麗にしないと、お客さんに逃げられるよ?」


「わ、分かってます。ただその、今回は早急に収入源を手に入れたかったので……」


「言い訳無用! ほら、行くよ」


「えっ、行くってどこに?」


 僕の首根っこを引っ張りながら、ミラさんがどこかへ引き摺っていく。


 戸惑う僕に、ミラさんは何を言っているのかとばかりに告げた。


「風呂に決まってるだろう? 洗ってやるから、ついてきな」


「……え?」




 モモル村にも、お風呂はある。

 ただし、それは井戸水を求めて地面を掘ったら、たまたま湧き出した温泉をそのままお風呂として利用したもので、一つしかない。


 加えて、この村は常時魔物の脅威に晒されながらも、まともな塀や柵の整備すら覚束ないほどにお金がない。


 つまり、浴場をしっかり整備するお金も当然ないわけで……何が言いたいかというと。


 この村のお風呂、なんと混浴露天風呂が一つあるだけだった。


「何恥ずかしがってんの、これくらいさっさと慣れないと、この村でやっていけないよ?」


「いやいやいや、む、むむむ、無理ですって!?」


 瑞々しい肌。しなやかにスラッと伸びた手足。一歩踏みしめるごとに揺れ動く豊かな双丘。

 湯気が濃いお陰で少し視界は悪いとはいえ、この光景は目に毒っていうレベルじゃない。


 ただでさえ人付き合いの乏しい人生を送ってきた僕にとって、いきなりミラさんみたいな美人と一緒に裸で入浴というのはハードルが高過ぎだ。


 田舎ではこういうのも普通だとは聞いていたけど、だからっていきなりこれは予想外だよ!?


「ほーら、暴れない暴れない。隅々まで洗ってあげるからねー」


「いいですから! 自分で洗いますから!」


「つれないねえ」


 けらけらと笑うミラさんには、からかっているのを隠そうとする気配すらない。


 これ以上ミラさんのペースに巻き込まれてなるものかと、大急ぎで一人体を洗い始めた。


 洗うと言っても、石鹸に似た泡で体を消毒してくれる、一風変わった草の煮汁で汚れを落とすくらいだけど。


「ちゃんとゆっくり丁寧に洗いなって。本当に手伝っちゃうよ?」


「いらないです!!」


 口ではそう言いつつも、ミラさんも本当に無理矢理僕を洗おうとはしなかった。


 ありがたいような、ちょっぴり残念なような。なんとも複雑な気持ちを味わっている間に、体も一通り洗い終えた僕は、既に入浴しているミラさんの下へ向かう。


「ふぅ……気持ちい……」


 あーだこーだと騒いでいたせいで、すっかり頭から抜けていたけど……こんな風にゆっくりお風呂に浸かれるのは、辺境の村としては破格の贅沢だ。


 今は真っ昼間だからか人もいないけど、夜になればもっと騒がしくなるだろうし、その意味ではミラさんに感謝すべきかもしれない。


「ありがとね、ソエル」


「ほえ?」


 そんな風に考えていたタイミングで、まさかミラさんの方からお礼を言われるとは思っていなくて、僕は間の抜けた声を漏らす。


 それに気付いたのか気付いていないのか、ミラさんは微笑を浮かべたまま言葉を重ねた。


「まさか本当に村のためになるような人形を作り上げるなんて思わなかったよ。ソエルのこと、少し見直した」


「あ、ありがとうございます」


 見直したって、僕のことどう思ってたんだろう……。


 若干聞くのが怖くなる感想に、どう答えたものか迷っていると、ミラさんは何を思ったか、僕の肩に腕を回して抱き寄せた。


「ソエルなら、案外本当にこの村の現状を変えられるかもしれないね。期待してるよ」


「ちょっ、ミラさん、あの、ええと……!」


 胸!! 胸、当たってるから!!


「なーに赤くなってんの、男なら女の裸くらいで慌ててないで、もっとどっしり構えなって!」


「そ、そう言われましても……!!」


 本当に、ミラさんは大胆過ぎて困る。

 僕の反応を面白がっている節はあるけど、そもそもとして異性に裸を見られることを大して気にしていない感じだ。


 曲がりなりにも貴族社会で生きてきた僕には、ちょっと理解しがたい感覚だよ。


「ともかく、私も協力出来ることがあればしてやるから、なんか困ったことがあったらいいな。分かったかい?」


「は、はい……あ、そうだ。そういうことなら早速一つ、いいですか?」


「うん? なんだい?」


 慣れないけど、もうこの村で暮らしていく以上は慣れるしかないんだろう。

 ゼロ距離で感じるミラさんの肌の感触を努めて意識しないようにしながら、僕はベアル君を作っていた時から考えていたことを打ち明ける。


「ミラさんの狩りに、僕も同行させて欲しいんです。護衛料は支払いますので」


「それは構わないけれど……どうして?」


「冒険者向けの商品を作りたいので、この村の冒険者に何が必要かを見極めたいんです」


 僕は村長さんとの契約で、ひとまずの収入源は得た。

 けど、それはあくまで村長さんから貰うお金だ。村の中でお金が移動するだけじゃ、いつまで経っても村は大きくならないし、人形の需要だって生まれない。


 だから、まずはどうにかして村の外から外貨を稼いで来なきゃならない。


 この村で現状その外貨獲得の役割を担っているのは、冒険者ギルドだ。

 魔物の素材を得て、ギルドが仲介して外で売り捌く。そうして得られた利益を、冒険者達が村で使ったり、外から塩なんかの生活必需品を買うことで回している。


 つまり、冒険者がより大きく稼げるようになれば、この村の生活水準も少しは改善するはずだ。


「ふーん、色々と考えてるんだねえ……分かった、そういうことなら引き受けるよ。私に任せな」


「ありがとうございます!」


 こうして、僕の次なる目標は決まった。

 正直、冒険者についていくなんて怖いけど……夢のお店を持つために、頑張るぞ!!

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