第4話 初契約

 ミラさんの差し入れで元気を取り戻した僕は、その後ノンストップで作業を進めた。


 全体の造形を決めて設計図を作り、型紙を引き、更にはゴーレム化するための魔法陣を縫い糸や詰め物に刻んでいく。


 この魔法陣製作がかなり厄介で、"ぬいぐるみ"として形になった時に機能するように部品ごとに細かく分けて作らなきゃならない上、全部手作業だ。こればっかりは魔法で簡略化も出来ない。


 まあ、僕の護衛代わりに作ったユニや他の人形で慣れてるし、苦ではないんだけど、とにかく時間がかかる。


 結局、材料の下準備を終えるだけで三日を費やしてしまった。


 更にそこから、巨大ぬいぐるみとして組み上げるのにまた二日。いやー、時間かかるねー。


「ふう……やっと出来た……」


 そうして出来上がったぬいぐるみを前に、僕は深い満足感を抱きながら大きく息を吐いた。


 家に入りきらないほどの、見上げるような巨大熊。

 本来の魔物の姿は厳つくて怖かったけど、そこはデフォルメして可愛らしく見えるように作り替えた。


 モモル村防衛用ゴーレム、ベアル君一号。我ながら、渾身の出来栄えだ。五日も徹夜して作った甲斐があったよ。


「まだ、細かい調整とか、所有者マスター登録とかあるけど……それは、ひと眠りした後にしよ……」


 この五日間、食事の方はミラさんが差し入れしてくれたり、グレーターベアの肉や内蔵を売ったお金でどうにかしたけど、睡眠時間ばかりはちゃんと寝ないとどうしようもない。


 そういうわけで、僕はこの村に来て五日目にして初めて、ベッドで横になった。

 メキッ、と、体重をかけただけで今にも壊れそうな嫌な音がしたけれど、疲れ果てた僕にそれを気にする余裕はない。

 

 全身から力を抜いた僕は、着の身着のまま眠りに落ちていき──


 ──どれくらい、経っただろうか。微睡みに浮かぶ僕の意識が、誰かの声を耳にした。


「うん……?」


 誰だろう、と思いながら、薄っすらと目を開ける。


 よく聞こえないけど、家の外から声がしてる気がするな。……外で何かあったのかな?


 まあ、何があったにせよ、今この家はベアル君一号が守ってくれてるし、何も問題は──


「って、問題大ありだぁーー!!」


 ベッドから転げ落ちるように飛び起きた僕は大急ぎで家の外に飛び出した。


 すると案の定、そこには忠実に"この家を侵入者から守ろう"としているベアル君一号と……そんなベアル君に片足を掴まれ、宙吊りになっているミラさんがいた。


「いやぁーー!? ちょっと、なにこれぇ!? 剣は効かないし力強いし、全然振りほどけないんですけどぉ!?」


 身の丈ほどもある大剣を振り回し、ベアル君の拘束を振りほどこうと暴れるミラさん。


 けれど、ベアル君の体に使われているのは魔物の外皮。そんじょそこらの布とは訳が違う、皮鎧にも使われるほどの強度を持つ代物だ。


 その上、ベアル君は戦闘モードに入ると全身の縫い糸に刻まれた魔法陣が起動し、強度と筋力を倍増させる魔法を発動させるようになっている。


 つまり今のベアル君は、全身鋼鉄の塊で出来ているに等しい強度を持ってるんだ。不安定な姿勢で振った剣なんて、役に立つはずがない。


「ミラさん、ごめんなさい!! ベアル君、ストップ!! その人は侵入者じゃないから!!」


 僕が慌てて停止命令を出すと、製作者権限に従いミラさんを解放する。


 頭から地面に落ちたミラさんは、「きゃっ!?」と思ったより可愛らしい声を上げて尻餅を突く。


 そんな彼女を、僕は急いで助け起こした。


「す、すみません。細かい調整はひと眠りしてから、って後回しにしてしまったせいで……以後気を付けます……」


「いや、私もここ何日かは早く寝ろって言い続けてたし、対処出来なかった自分の未熟さが原因だよ。しかし、これがソエルの作ったゴーレムか……強いねえ」


 改めて、ミラさんが僕の作ったベアル君を見上げてしみじみと呟く。


 それはもう、魔物から村を守ることを想定してますから。強くなきゃお話になりませんって。


「けど、こんなに強いゴーレムだと、相当お金かかったんじゃない? うちの村、多分こんなに高価なものを買い取るお金はないよ?」


「ああ、そこはちゃんと考えているので大丈夫です」


 確かに、ベアル君は高い。


 原価だけで考えても、製作に使ったのはグレーターベアの毛皮の他、魔法陣を刻み込むのに耐えられる特殊な糸や綿、それに塗料までそれなりに厳選した高価なもので……まあ、うん、辛うじて実家から持ち出せた材料のほとんどは使い果たしてしまっている。


 これを買い取りとなれば、パルテインの領都で一等地に家が建つんじゃないかな?


 この村に、そんなお金の余裕がないことくらい、一通り案内された時点で気が付いてる。


 ならどうして、そんなに高価なものを作ったのかといえば、これくらいしないと需要がないからだ。


 魔物に勝てないゴーレムじゃ、この村では高価な置物にしかならないからね。


「ともあれ、まずは村長さんと交渉ですね。ミラさん、村長さんが今どこにいるか知っていますか?」


「あー、それならまあ、もうすぐ来るんじゃないかい? 結構騒ぎになっちゃったからね」


「あ、あはは……」


 家よりも大きな熊のぬいぐるみが、ミラさんを捕まえて振り回している光景なんて、事情を知らなければ新種の魔物でも現れたのかと思うもんね。


 そんなミラさんの予想を裏付けるように、間も無く村長さんが息を切らせて走ってきた。


「ふう、熊の化け物が暴れていると聞いたから急いで来たんだが……これは、なんだ?」


「村長さん、僕の方から説明させていただきます」


 ひとまず、ミラさんにしたのと同じ説明を村長さんにした上で、ベアル君の扱いについて交渉を進めることに。


 その中でまず真っ先に問題になるのは、予想通りベアル君の値段だった。


「ミラでも敵わないゴーレムが村を守ってくれるっていうのはありがたいが、流石にこんな高性能なゴーレムに見合う金は用意出来ないぞ」


「それなんですけど、僕は無料でこの村に寄贈しようと思っています」


「なにっ!? タダで!?」


 流石にタダというのは予想外だったのか、村長さんは目玉が飛び出しそうなほど驚く。


 そしてすぐに、傍にいたミラさん諸共止めに入ってきた。


「ソエル、ありがたいのは確かだが、これほどのものをタダでポンと出すのは良くねえぞ。一方的な関係はすぐに崩れちまうからな」


「そうだよソエル、技術の安売りなんてするもんじゃない、報酬はちゃんと受け取るべきだ」


 僕が子供だから、そういうのにまだ疎いと思ってるんだろう。二人して、如何にお金が大切かを延々と説いて来る。


 ……僕を丸めこんで、不平等な契約で巻き上げることだって出来るだろうに、こんな風に誠実に取引しようとしてくれるなんて。


 村長さんも、ミラさんも、良い人だなぁとしみじみと思いながら、僕は首を横に振った。


「心配しなくても、慈善事業じゃありませんよ。本体は無償で提供しますが、定期メンテナンスは僕と専属契約を結んでください。それと、毎日の稼働魔力を補給する業務も、僕に担わせていただければと」


「メンテナンスは分かるが、魔力の補給?」


「ゴーレムも、作ったら無限に動き続けるわけじゃありませんから。定期的に魔力を補給してやらないと、すぐに動かなくなります」


 そう、ゴーレムの厄介な点は、本体価格もさることながら、維持費に相当なお金を取られることだ。


 僕はこの"維持費"に関して専属契約を結ぶことで、本体の製作にかかった費用を回収して元を取ろうと考えていた。


「一通り見た感じだと、この村でベアル君に魔力を単独補充出来るのは僕だけだと思うので。一ヶ月ごとの契約更新で……メンテナンス費用と合わせて、これくらいのお値段でどうですか? 修繕費は、都度相談という形で」


「ふーむ」


 村の現状を鑑みて、ひとまず出せるであろうギリギリのラインを攻めてみた。

 これなら、元を取るのに十年……いや、十五年かな?

 耐用年数を考えると、もう少し妥協するにしても二十年以内には回収しきりたいんだけど……。


「よし分かった、それで契約しよう」


「いいんですか?」


 もっとゴネられるかと思っていた僕は、予想以上にあっさり決まったことに目を丸くする。


 けれど、村長さんは気の良い笑みを浮かべ、僕の頭を乱暴に撫で回した。


「本体をタダにしてくれた時点で、相当に譲歩して貰ってるんだ。だったら、これくらいは言い値で受けなきゃ信用が成り立たねえってもんだろう。この村に必要な代物なのは間違いないしな」


 そう言って、村長さんは僕に手を差し伸べる。

 今の時点ではまだ契約書もないけど、その代わりと言わんばかりに。


「これからも、よろしく頼むぞ。ソエル」


「……! はい!」


 こうして、僕はこの村に来て初となる契約を結び、人形師としての第一歩を踏み出すのだった。

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