第3話 差し入れ

「さーて、作るぞー!」


 ミラさんやバストンさんに大見得を切った、この村の名物になるような──それでいて、この村を魔物から守る一助になるような、巨大ぬいぐるみ型ゴーレム。


 それを製作するべく、僕はこの村に用意された僕の家で、早速作業に入ることに。


 ……本来、戦闘用のゴーレム作りは錬金術師の仕事で、人形師がやることじゃないんだけどね。

 僕みたいに魔法が使える人形師も、普通なら人形劇用に少し動けるようにするくらいで、こんな実戦に耐える人形なんて作ったりはしない。


 でもまあ、今回は事情が事情だ。少しくらい人形師本来の仕事から外れても、仕方ないだろう。


「使う素材は、来る途中で倒した魔物の毛皮でいいかな。まずはそれの下処理からだね」


 僕の家は、誰も使っていない空き家をそのままポンと渡されたような形で、手入れも不十分。掃除をしないと、中での作業は出来ない。


 だから、まずは外で魔物の解体から進めることにした。


「こういうのは、あんまり、専門外、なんだけど、ね!!」


 倒した魔物──グレーターベアの死体をマジックバッグから取り出し、素材別に解体していく。


 肉は食料に、内臓は薬になるし、骨は武器や鎧、場合によってはゴーレムの素材になったりする。

 人形師の僕にとっては毛皮が最重要だけど、それ以外も決して蔑ろにしていい素材じゃない。特に、今はお金もないしね。


 とはいえ、僕は魔物の解体が専門外といっても、魔法が使える。


 人よりも何倍もの重量と大きさを誇る魔物を風の魔法で持ち上げたり、スパスパと切断したり出来るんだから、魔法を使えない人よりはずっと楽に作業も進む。


「後は、毛皮を洗って、乾くまでは外に干して……その間に、家の掃除かな!」


 毛皮の乾燥には時間がかかるし、その間にやることをやらないと。


 僕の家──現状では、恐らく前の家主が残したのであろうボロい机とベッドくらいしかないその場所を、箒と風魔法、水魔法でせっせと掃除していく。


 人形師は、作った人形だけじゃなくて、お店や作った人の見た目の印象も大事だからね。ちょっとでも清潔感を覚えて貰えるように、念入りに掃除しないと。


 そうやってドタバタと作業を進めていると、玄関の方に人の気配がした。


「やっほー、ごめんくださーい」


「はーい?」


 この声……ミラさんかな? どうしたんだろう。

 そんな風に思いながら向かってみると、予想通りの赤毛の美女が、ニカッと快活な笑みを浮かべながら僕に手を振って来た。


「よっ、ソエル。差し入れに来てやったぞー、喰うだろ?」


「食べます! ありがとうございます!!」


 ミラさんの手に握られたバスケットと、そこからはみ出す肉やパンの塊を見て、僕は条件反射で頷いた。


 ぶっちゃけると、僕は今作ってるゴーレム向けの人形を完成させないと、明日の食事にも事欠く有り様だったからね。こういう差し入れは本当に助かる。


 早速ミラさんを中に案内した僕は、綺麗にしたばかりの小さなテーブルを用意して、対面に腰掛けた。


「へえ、私の記憶じゃ結構なボロ家だった気がするけど、一日で結構綺麗になるもんだね。頑張ったじゃないか」


「あはは、ありがとうございます。でも、まだ中を綺麗にしただけでボロなのには代わりないですからね、お店を開くためにも、そこは早急にどうにかしたいところです」


「人形師になるって、本気だったんだねえ」


「はい!」


 そんな話をしている間に、ミラさんが手際よくバスケットの中身をテーブルに並べていく。


 外から少し見えていた通り、肉! パン! 後は酒!(!?)という、如何にも冒険者らしいメニューだったけど……肉の焼き方が上手いのか、香ばしい匂いがなんとも食欲をそそり、ここに来てから何も食べてなかったのもあって僕のお腹が「ぐぅ~」と情けない音を立てた。


「あはは、まあ話は食べながらでも出来るね、ほら、たんと喰いな」


「い、いただきます……」


 恥ずかしさのあまり少し小さくなりがら、僕は目の前の食事に手を伸ばす。お酒は未成年だからの飲まないけど。


「はむっ……んん……!?」


 美味い。これでも僕は元パルテイン侯爵家の人間だ、それなりに良いものを食べて暮らしてきた。


 でも、そんな僕からしてもこのお肉はすごく美味しい。


「これ、すっごく美味しいですね。なんていうお肉なんですか?」


「こいつは、んっ。この村の近くでよく見かける、ホーンボアって猪みたいな魔物の肉だね。そのまま普通に焼くと固くて喰えたもんじゃないが、ハーブに包んで弱火のままじっくり時間をかけて焼くと、肉も柔らかくなるしハーブの香りも染み込んで、町でもなかなか味わえない上等な味になるのさ」


「へぇ~、詳しいんですね」


「そりゃあ、これ作ってきたの私だからね」


「えっ」


 てっきり、宿に併設されているという食堂の方で買ってきたんだろうと思っていた僕は、予想外の情報に思わず声が出てしまう。


 そんな僕の反応に、ミラさんは苦笑を浮かべる。


「意外かい? よく言われるよ」


「いえ、その……は、はい。正直驚きました……すみません」


 今更誤魔化せないと思った僕は、正直に謝って頭を下げる。


 冒険者がよく野営するのは知っていたけど、それにしてもこんなプロ級の料理が出来るなんて珍しいと思うんだよね。


「あはは、気にしなくていいよ、私もあんまり似合ってない自覚はあるしね。ここだけの話、料理人目指してた時期もあったんだ」


「そうなんですか!?」


「ああ。ま、私みたいなガサツな女に料理人なんか勤まるかって反対されて、気付けば冒険者暮らしだけどね。この村には、一人でも多く冒険者が必要だし」


 今となっちゃこんな暮らしも悪くないさ、と明るく告げながらお酒を傾けてはいるけれど、ミラさんの顔はどことなく寂しそうに見える。


 彼女自身、その自覚があったのか。わざとらしく大袈裟に叫ぶ。


「ああもう、せっかく新しい村の仲間を歓迎しようって時に、こんな辛気臭い話はなしなし! ほら、ソエルももっと喰わないと大きくなれないよ!?」


 このまま、ミラさんのノリに合わせて何も聞かなかったことにするのは簡単だろう。


 でも、僕はそうはしたくなかった。


「諦めるのは、まだ早いと思います」


「え?」


「ミラさんは全然ガサツなんかじゃないですよ! こうして僕を気遣って差し入れまでしてくれますし、その、とっても美人で、料理もこんなに美味しくて……絶対、素敵な料理人になれます!」


 お世辞でもなんでもなく、本心から僕はそう思う。

 僕自身が、魔導士になれっていう周囲の期待を押しきって人形師を目指してるからっていうのもなくはないけど……それ以上に。


 ミラさんが料理人として厨房に立つ姿を、見てみたいと思ったから。


「確かにこの村には冒険者が必要かもしれないですけど、人が増えれば余裕も出来るはずです。僕も頑張りますから……諦めないでください!」


 言い切ってから、僕は何を偉そうなことを言っているのかと、少し後悔した。


 これくらいのこと、ミラさんだって何度も思い返した上で冒険者をやってるんだろうに……怒らせちゃったかな?


 でも、僕だって口から出まかせを言ったつもりはない。

 どちらにせよ、僕がこの村で人形師をやるには、この村全体がもっと豊かに、余裕のある暮らしを出来るようにしなきゃならないんだから。僕の夢は、ミラさんの夢とも重なるのだ。


 だから、自分の発言には何も恥じるところなどない! と思いながらも、やっぱり少しばかり不安を抱きながら恐る恐るミラさんの様子を伺うと……彼女は少しばかり驚いた表情で目を瞬かせた後、思い切り笑い始めた。


「あはは! こんな小さい子に言われちゃ立つ瀬ないね。そうだね、まだ未来がどうなるかは分からないんだ、期待してるよ、人形師君?」


「はい! 頑張ります!」


 まだこの村に来て何もしていない僕に、本気で期待しているわけじゃないんだろう。


 けど、今はそれでいい。

 自分の夢のためにも、ミラさんのためにも……僕のこの村での初仕事、必ず成功させてみせる!


 僕は改めて、そんな決意を固めるのだった。

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