第2話 モモル村の現状
到着した村は、長閑な雰囲気のいい村だった。
老人と冒険者しかいないなんて言われていたけど、子供や若い夫婦の姿もちらほらと見えるし、思ったほど悲惨な状況ではないのかもしれない。
「お待ちしておりました、ソエル様。私が村長のバストンです」
そんな村で最初に僕を出迎えたのは、ここモモル村の村長さんだった。
年齢は三十代半ばくらいかな? 角ばった顔と黒い髭、そして筋肉質な体つきが何とも濃い。
一度見たら絶対忘れない顔って、こういう人のことを言うんだろうなぁ。
「そんなに畏まらないでください。僕はパルテイン家を追い出された身ですから、ここではただのソエルとして扱っていただけると助かります」
そして、このバストンさんが、恐らくこの村で唯一僕の事情を詳しく知る人物だ。
僕が実家を勘当されようと、パルテインの血を継いで生きていることに変わりはないからね。辺境に追放するにしても、変なことをされないように監視はつくってわけ。
まあ、僕としては人形師として活動出来れば何でもいいから、細かいことは気にしないけどね。
「そうか、そう言って貰えると助かる。いや、侯爵様からは好きなようにこき使っていいとは言われていたが、やはり本人の了承がないと色々と面倒だからな。がはは!」
「…………」
いや、訂正。これは少し困った。
父様め、魔物だらけの辺境に僕を追放するって言った時から怪しんでたけど、さては僕を戦闘せざるを得ない状況に放り込んで、嫌でも魔導士として身を立てるように誘導するつもりだな?
この村が聞いていた通りの状況なら、バストンさんも戦える人は一人でも多く欲しいだろうし、嬉々として僕を冒険者なり魔導士なりとして使おうとするだろう。
それはマズイ。
「早速だが、この村にある冒険者ギルドへ……」
「そ、その前に、僕の家を手配してくれたんですよね!? まずはそっちから見てみたいなーと!! それから、僕の暮らすことになる村の現状もちゃんと把握しておきたいです!!」
少し早口になりながら、僕はバストンさんの言葉を遮ってまくし立てる。
貴族として扱われるつもりはないけど、僕を戦力に数えられても困るのだ。
「ふむ、それもそうですね。では、軽く村を回って、ギルドは最後にしましょうか」
一応納得してくれたのか、バストンさんは僕の要望通り村を案内してくれることになった。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、けれど油断は出来ない。最後には必ず、冒険者ギルドに向かわされるんだから。
つまり、今僕が早急にするべきことは一つ。
僕が冒険者や魔導士になるよりも、人形師として活動することがこの村の利益になると証明する!!
そのためにも、まずは村の現状を正確に把握しないとね。
「うーん……」
そういうわけで、色々と見て回ったわけだけど……予想通りというか、悲惨ではないだけで余裕のある状況というわけでもなかった。
まず大前提として、お店が少ない。
冒険者のための薬屋や装備屋はあるけれど、町にあるそれと違って薬屋はほぼ医者みたいな状態で、ポーションもほぼ売ってないし、装備屋にしても武器装備のメンテナンスくらいしか仕事はなさそうだった。
宿屋は食堂を併設しているけど、そこで交わされる代金も、お金より狩りで手に入れた肉やら畑で採れた野菜やらの直接持ち込みが多いように見えるし……とにかく、この村はお金がないのだ。
これじゃあ、普通の人形なんていくら作っても売れるはずがない。
その上、この村は魔物が多く出没する危険地帯のはずなのに、村を守る塀も十分とは言い難く、ちょっとした柵で囲まれているだけだった。
これじゃあ、本当にただの気休めだ。その気になったら普通の猪にだって壊される。
事実、何ヵ所か壊されたまま、補修が追い付いていないところもあったし。
「そして、ここが冒険者ギルドだ」
そんな問題だらけの村を一通り回った後、ついに僕は冒険者ギルドに案内された。
多分、この村では一番大きくて良い建物だろう。中に入ると、何人もの冒険者達がテーブルを挟んであれこれと相談していたり、あるいは掲示板とにらめっこしている姿が目に入る。
「おお? 村長じゃない、どうしたのこんな時間に。その子は?」
そんな中、テーブルで他の冒険者と話し込んでいた女性が一人、僕らに気付いて声をかけてきた。
歳は、二十歳前後かな? 燃えるような赤い髪を後ろで乱雑に縛り、体の要所要所だけを最低限守る露出の大きな皮鎧に身を包んでいる。
その上、こう……とにかく胸が大きくて、僕みたいに女性経験皆無の男子にはとても刺激が強いです。はい。
「ミラ、ちょうどいいところに。この子は前に言ってた、新しくこの村の一員になる子だ。良くしてやってくれ」
「ああ、そういえば魔導士の子が来るとかなんとか言ってたけど……へえ、この子が?」
ちょっと村長さん? 僕のこと変な風に紹介しないで貰えません?
抗議の意味も込めて一瞬だけ村長をジロリと睨んだ僕は、すぐさまミラさんの誤解を解くべく言葉を尽くす。
「い、いえ、僕は魔導士じゃないです。ただ魔法が使えるってだけで……」
魔導士は、魔法──特に戦闘用の魔法を用いて生計を立てる人のことで、単に魔法を使える人とは全く違う意味を持つ。
僕は人形作りで魔法を使うこともあるけど、戦闘はメインじゃないから魔導士じゃない。この違いはとても重要だ。
やや腰が引けた状態で必死に説明したのが功を奏したのか、ミラさんは色々と察したようにバストンさんを見る。
「おいおい村長、気持ちは分かるけど、こんな子供を無理矢理戦わせようとしちゃダメでしょ。いくら力があっても、覚悟のないやつが魔物とやり合ったら死ぬだけなんだからね?」
「むむぅ」
魔物との戦闘を生業としている冒険者らしい一言に、バストンさんは反論も出来ず押し黙り、僕は感動のあまり涙を流す。
ああ、初めて僕を戦わせることに反対してくれる人が現れた……! ミラさんは女神かな? もし何かあったら絶対サービスしてあげよう。
「とはいえ、君。聞いた通りなら親もいないんでしょ? この村で食っていくなら何かしら働かなきゃならないのに変わりはないんだ、何か考えてる?」
ミラさんの手が、僕の頭を乱暴に撫で回す。正直痛い。
「もちろん、考えてます。僕の夢は人形師なので」
「はい? 人形師?」
僕の言葉に、ミラさんはポカンと口を開けたまま固まってしまう。
まあ、うん、そんな反応になるのは仕方ない。
男の僕が人形師、っていうのもそうだけど、そもそもこの村に人形を買って子供に与えるような余裕はないのだ。要するに、人形の需要そのものがない。
そんな場所で人形師になりたいと言っても、こんな反応が普通だろう。
「もちろん、ただの人形じゃないですよ。ちゃんと皆さんの役に立てる物を考えています!」
だからこそ、まずはこの村に余裕を持たせなきゃならない。
僕なりのやり方で魔物の問題を少しでも軽減して、この村に人とお金を呼び込むための手。
それは……。
「この村の名物として一つ……巨大熊人形のゴーレムを作って、魔物避けをかねて一日中村を徘徊させましょう!!」
「……はい?」
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