「男の癖に人形遊びばかりしやがって」と魔物だらけの辺境に追放されましたが、素材に困らなくてちょうどいいので夢の人形師になってのんびり生計を立てようと思います
ジャジャ丸
第1話 辺境に追放されて来ました
「坊主、家を追い出されたんだって? そりゃあ大変だったなぁ」
大きく揺れる馬車の中、慣れない環境に戸惑う僕へと、御者のおじさんが声をかけてきた。
十四歳という年齢を考慮してもやや小さい僕の体型、あるいは、よく女の子と間違われるこの中性的な容姿から、放置しておくのを不憫に思ったのか。
あるいは、単に僕以外のお客さんがいなくなって、このおじさんも退屈になったのかもしれない。
なんで、僕が家を追い出されたことを知っているんだと問い質したくなるけれど……多分、ついさっき馬車を降りていった、話好きのおばちゃんとの会話を聞いてたんだろうなぁ。
そんなおじさんに、僕は苦笑と共に答えた。
「はい。でもまあ、仕方ないですよ。僕は家業を継げなかったので、遅かれ早かれこうなってました」
僕の名前は、ソエル・パルテイン。パルテイン侯爵家の三男だ。
パルテイン家は武の家系。アーケイン王国東部に広がる"暗黒大陸"に生息する魔物達の侵攻を押し留め、国の平和を保つ役割を担っている。
そんなパルテイン家にあって、僕は類稀なる魔法の素質を持って生まれてきた。
両親からも将来を嘱望され、いつかパルテイン家の当主になれとさえ言われた。
でも……僕はその期待に応えられなかった。
とにかく、僕は"戦い"が苦手なんだ。
模擬戦として剣を向けられるだけでも足が竦むし、生まれて初めて魔物を前にした時は呼吸すらまともに出来なかった。
五歳くらいの時の話だし、訓練を積んでいけば克服出来る類のものなのかもしれない。
でも、幼かった当時の僕にはそんな度胸もなく、家に引きこもるようになり……そこで、妹と一緒に遊ぶようになったぬいぐるみや人形に思い切りハマった。
それはもう、侯爵領にあるありとあらゆる人形やぬいぐるみを可能な限り買い漁り、両親に止められてからはついに自作すら始めるレベルでハマりまくった。
そのクオリティは、もはや貴族の息子の道楽という粋を越え、侯爵領でも密かに有名になりつつあったくらいなんだけど……まあ、僕を最強の魔導士に育て上げたかった父にとって、それが面白いはずもなく。僕と父は、事あるごとに衝突していた。
僕としては、兄二人が僕なんか目じゃないくらい強くて勇敢だし、僕一人くらい魔導士にならなくたっていいじゃないかと思うんだけどね……父は嫌だったらしい。
そしてついに先日、僕は父から勘当を言い渡されたのだ。「男の癖に人形遊びばかりしやがって、お前などもう息子とは思わん!!」とかなんとか。
そうした話を、僕は自分が貴族であることをぼかしつつ、御者のおじさんに伝えた。
すると、返ってきたのは空まで響くような大笑い。
「あはははは! そりゃあ災難だったな。だがまぁ、気にすんな。ちゃんと頑張って生きてりゃあ、いつか親父さんも認めてくれるさ」
「だといいんですけど……」
「おうよ、俺もなぁ、この仕事を始める前は色々あったもんよ」
そこからは、ひたすら御者のおじさんの自分語りが始まった。
やれ元は農家の子だっただの、相棒の馬と一緒に家を飛び出しただの、そこから今の仕事に辿り着くまでの紆余曲折。
普段から、同じような話をしてるんだろう。慣れた口調は聞いているだけでなんだか面白くて、僕は些細なことで悩むのがバカらしくなってきた。
「あはは。ありがとうおじさん、なんだか僕、元気が出てきました」
「おう、そりゃあ良かった。んでまぁ、どこから話したっけか……ああ、そうそう。お前さんがこれから向かう"モモル村"な、村の中と街道はまだ良いが、変な路地には絶対逸れるなよ? 恐ろしい魔物がうじゃうじゃいるからな」
「ええ……知ってますよ。ご忠告、ありがとうございます」
モモル村。僕がこれから生活することになるその村は、アーケイン王国の東の果てにある。
暗黒大陸にもっとも近いその村は、常に魔物の危険に晒される最前線にありながら、騎士や魔導士のような常駐戦力がおらず、魔物の対処を冒険者に任せきりにしている──いわば、"放棄寸前の村"だ。
まともな人間はとっくに村を出ていき、残っているのは頭の固い老人と、魔物との戦いを生き甲斐にしている狂った冒険者くらいって聞くけど……うーん。
……僕、人形作りしか出来ないんだけど、そんな村でちゃんと生活出来るのかな?
でも、父様の手でそこへ追放されてしまった以上、まずはそこで生活拠点を構えなければどうしようもない。
「あー、ダメダメ、弱気になってたら。そういう場所なら人形作りに使える素材も自由に取り放題だろうし、今は前向きに考えよう」
パンパン、と自分の頬を叩きながら、気合いを入れる。
そんな僕を、御者のおじさんがどこか微笑ましげな眼差しで見守っているのがちょっと恥ずかしかったけど、僕は努めて気付いていないフリをした。
「……うん? なんじゃありゃあ」
そんな時、おじさんが前を見て訝しげな声を上げる。
どうしたんだろう、と僕も前を確認して──その姿を確認するのとほぼ同時、おじさんが叫んだ。
「やべえ、魔物だ!! クソッ、こんなところにも出やがったか!!」
「ヒヒィィン!!」
急な魔物の出現に、おじさんが慌てて馬車を止める。
現れたのは、大きな熊の魔物だった。
馬車よりも大きな体は、まだ距離があるのに見ているだけで押し潰されそうなほどの迫力があるし、正直ちびりそう。
でも、ちびって見ているだけというわけにもいかない。
その熊の魔物は、完全に僕達を獲物と見定め、こちらに向かって来ているのだ。
「あまりやりたくなかったけど、仕方ない……!」
僕は、持ってきたカバンを開け放つ。
空間系の魔法で内部容量を拡張されたそのカバンの中にあるのは、これまで僕が作ってきた人形達。
一部は売り物にしたけど、特にお気に入りの子達はここに残ってる。
中でも、こういう場面──父の手で半ば強制的に危険な状況に見舞われた時、それを打破するために作り上げた人形達は、肌身離さず持ち歩いているのだ。
「ユニ、お願いね」
取り出したのは、一抱えほどの大きさのペガサスを模したぬいぐるみ。
デフォルメされたその外見はとても可愛くモフモフしていて、こんな状況にはとても不釣り合いに見えるけど……この子には、秘密がある。
製作に用いた糸に、魔法陣の構築に使われるのと同じ特殊な魔法文字を刻みながら編み込むことで、この子一体で十人の魔導士が数日かけて組み上げる儀式魔法陣と同等の効力を持つ。
儀式魔法陣を一人で組み上げられるほどの膨大な魔力と、それを"ぬいぐるみ"という細かく立体的な形に編み込む手先の器用さをあわせ持つ僕以外に、今のところ出来る人のいない技術だ。
この子を介することで、僕も少しだけ戦闘用の魔法を使うことが出来るのだ。
「《ライトレイ・イレイザー》」
僕の手を離れ、馬車の前までふわりと浮かび上がったユニから放たれる、光の魔法。
一瞬にして空を焼き切ったその一撃は、熊の魔物の胸を貫いて完全に沈黙させていた。
「……はあぁ、良かったぁ」
その結末を見届けて、僕はホッと胸を撫で下ろす。
不安や恐れで萎縮した心臓を落ち着かせるには、少し時間が必要だった。
「い、今の……坊主がやったのか? はは、すげーんだな、坊主……助かったよ」
「全然、大したことないですよ……本当に、今の一回でいっぱいいっぱいですから」
引き攣った顔でお礼を言うおじさんに、僕は乾いた笑みを返す。
父様や兄様達からも、「それだけの力があってなぜ魔導士になりたくないんだ!?」と散々言われたけど……僕から言わせれば、だからなんだという話なのだ。
戦いにすらなってない、これほど一方的な撃滅ですら、こんなにも怖い。
それなのに、父様達が普段戦う魔物には、これよりもっと強くて恐ろしい魔物達がうじゃうじゃいるというのだ。
力があるからって、誰が好き好んでそんな恐ろしい魔物と進んで戦いたがるのか。僕には、そっちの方が理解出来ない。
「でも、そんだけの力があるなら、あの村でも歓迎されそうだな。ええと、お前さん、何の商売するって言ってたっけか?」
「人形師です。こういう人形やぬいぐるみを作って売る職人になりたいんです」
「はは、そうか。店の名前が決まってるなら教えてくれ、今日のお礼に、出来るだけ広めといてやるよ」
おじさんからの厚意に、僕は「ありがとうございます」と頭を下げる。
その上で、僕は戻ってきたユニを手に、考えていた名前を口にした。
「人形専門店、"テディエール"です。よろしくお願いします」
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