第一集 玉蘭、華清宮にて毒妃に出逢う㉕
終
だけどここで、
巧鈴は確かに
どんな理由があろうとも、それを許すだけの価値は存在しない──命に勝さるものは、存在しないのだ。
わかっていても、自分と関わったせいで誰かが罰される事に、胸がざわつく。
でもすぐに、そんな甘いことを言っている場合でないことにも気がついた。
翠麗はまだ帰らない。そう遠くないうちに僕は後宮に行かねばならないだろう──
正体が明るみに出れば、罰せられるのは僕も、そして
僕に害がないとわかると、ドゥドゥさんは後宮に帰ってしまった。
巧鈴を捕らえた夜の後、結局一度も
それに──正直、気が進まなかった。
あの美しくて
彼女と何を話して良いかもわからない。
僕はそれから毎日、必死に訓練を重ねた。
何かに取り
もちろんその毎晩の麗人修業が可能だったのは、他でもない桜雪や茴香が、嫌がるそぶり一つ見せず、何時間でも付き合ってくれたからだ。
桜雪は相変わらず厳しかったし、茴香は、麗人の所作だけでなく、美しい衣の合わせ方、百種類を超える髪の結い方、
そうして花満る春から、少し寒い雨の季節を前にして、まだ
「もう、私がお教えする事はありませんわね」と。
気がつけば一ヶ月以上が過ぎ、僕はもう鈴を鳴らさずに歩き、美しく床に拝し、翠麗のように笑い、食事も
そうなれば、長くここにいても逆に悪い噂が立つだけだ。
いよいよ、後宮に移る時が来た。これから先は、今の何倍もの女官と
後宮に移る前夜、すっかり見慣れた天井をぼんやり眺めていると、ひょっこり茴香が僕を訪ねてきた。
「小翠麗様、お茶にしませんか?」
「そうですね、頂きます──僕が
「えー? 小翠麗様がですか?」
茴香が苦笑いした。笑っているけれど、本気で
「なんで笑うんですか。前より少しは上手になったんですけどね……」
「まぁ、でも大丈夫ですよ。翠麗様もお茶を淹れるのはお上手じゃなかったので」
「えええ……」
……正直そこは、似なくても良かったのに。
「じゃあ
そうお願いするまでもなく、絶牙は茶器を広げはじめていた。
彼はいつも、まるで僕の頭の中をのぞき込んだかのように、その時一番飲みたいお茶を淹れてくれる。
そうして程なくして用意されたのは、僕好みの熱々の
あの日靴の中に小石を忍ばせた犯人は、やっぱり絶牙だった。
けれど彼がやったのは、靴の中に忍ばされていた、もっと鋭い小石を取り除き、角の丸い優しい小石に入れ替えることだった。
取り除いて、彼らが警戒している事を犯人に気がつかれないよう、できるだけ犯人の思い通りになるように、僕が少しは痛がる姿を犯人に──巧鈴に見せつける為に。
茴香と桜雪が僕に謝る姿を見て、巧鈴は嬉しかっただろうか?
花にも毒があるならば、後宮の花である女性達も毒をもつのだろうか……。
でも少なくとも今、僕の周りに毒の匂いはしない。
茴香に呼ばれて、桜雪もやってきた。
お茶請けは、あのイワクツキの
三人でからいからいと笑いながら、それを食べているうちに、急に桜雪の目から、大粒の涙が
「え、どうしたんですか!?」
そんなに辛すぎましたか? お茶が熱すぎましたか!? そうやって焦る僕達を前に、ますますこみ上げてくる涙を
あの、冷静で、時には鬼のように厳しい桜雪が、だ。
「お……桜雪?」
「いえ……ただこれまで、本当によく、毎日耐えてくださいましたなと……そう思ったら、私……もう……我慢が……」
それ以上はもう言葉にならないように、ぼろぼろと泣きはじめた桜雪にびっくりしていると、気がつけば隣で茴香も両目からだばだばと涙を流しはじめていた。
慌てて絶牙を見たけれど、さすがに彼は泣いていなかった。
だけど彼は僕を
そのせいで、今度は逆に僕の
僕と桜雪、茴香は三人、顔を寄せ合うようにして、おいおいと泣いては、お互いを労い、
茉莉花茶の香りと、日ごとに夏を運ぶ夜の風の中。きっとこれからどんなに
後宮の毒華 太田紫織/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun
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